「火花」 又吉直樹(文春文庫)

芥川賞受賞作が文庫本になっていたので読んでみた。悪くない。なるほどよく出来ている。自分にはないものを持っている先輩への思い。そして、先輩の彼女の母性への感謝。漫才(笑い)への純粋な思考など、何者にもなりえない中途半端さを無理せず書いている印象。自分の立ち位置に近い世界を、素直にしかし凡庸でもなく、丁寧にそれぞれの心情や描写の工夫など、読んでいて厭味がない。次回作も読んでみようと思った。
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ジャンル : 小説・文学

「騎士団長殺し」村上春樹

屋根裏の絵画「騎士団長殺し」の発見、みみずく、深夜の鈴の音、穴=石室、免色渉、雨田具彦の謎、「ドン・ジョバンニ」、古いオペラのレコード、絵画教室の人妻、白いスバル・フォレスターの男、女の首を絞めるセックス、免色渉の豪華な屋敷、免色のオフィスでのセックス、13歳の美少女秋川まりえ、12歳で死んだ妹コミチ、ウィーンでのナチ高官暗殺未遂事件、南京事件、雨田継彦の屋根裏での自殺、イデアとしての騎士団長、顔なが、二重メタファー、夢魔としての柚とのセックス、生まれてくる柚子のお腹のコドモ、etc・・・。

村上春樹は、ある意味で同じ小説を書き続けている作家である。同じ構造といっていいかもしれない。大切なもの、その存在の喪失感、不在感から主人公は逃れられず(妹コミチの死、妻の柚の喪失)、そんな主人公の身の回りに謎の人物が現れ(免色渉の肖像画の依頼、白いスバル・フォレスターの男)、事件が起こり(深夜の鈴の音、石室、イデアとしての騎士団長の登場、秋川まりえの失踪)、その謎をめぐってサスペンスが物語を駆動する。

現実世界との裂け目、それは穴や井戸だったり、高速道路の非常階段だったり、森だったりする(今回は屋根裏と石室の穴)。そんな現実の裂け目としての入り口からパラレルワールド的な異世界への冒険が始まる。異世界の不思議な存在、メタファー的な存在が現れ、主人公はその奇妙なものたちと会話をしつつ、旅を続ける。羊博士、影、やみくろ、リトル・ピープル、そして騎士団長。そこには、冥界めぐりのテーマがあり、死の世界があり、時空を超えた歴史や戦争の記憶などがあり、現実世界に何らかの影響を及ぼす異世界の旅となるのだ。

村上春樹の短編で『かえるくん、東京を救う』というものがある。東京を大地震から救うために、かえるくんとともに地下にもぐり、眠りから目覚めてしまった怒るみみずくんを鎮める物語である。言うまでもなく、かえるくんは、無意識下の想像上のメタファーであり、その異世界(地下)での旅と冒険が、大地震から現実世界を救うという寓話である。まさに村上春樹の典型的な構造だ。

村上春樹のあらゆる異世界での旅と冒険は、現実の何かを変え、あるいは自分を変え、何かを救う(今回は失踪した秋川まりえを)。村上春樹の物語とは、現実とパラレルに存在している異世界での旅と冒険活劇と言えるだろう。そして、そこには奇妙な異世界のメタファー的存在が暗躍する。『羊めぐる冒険』も『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も『ねじまき鳥クロニクル』も、『1Q84』も。そして、その異世界は、個人の意識下を超えて、過去の事件や歴史ともつながっている。邪悪なる暴力や歴史的事件。満州のノモンハン事件や、今回で言えば南京事件やナチスが跋扈するウィーンとつながる。あるいは新興宗教的な団体などが暗躍する。個人の意識下に眠る邪悪なる暴力性は、過去の人類の邪悪なる暴力的な事件や戦争とつながっていく。

さらに、村上春樹の小説がベストセラーになる要素の一つにセックス描写があると僕は睨んでいる。かなり具体的でリアルなセックス描写が小説序盤に展開され、多くの読者はその文学的な美しくも露骨なセックス描写に惹きつけられていく。代表作の『ノルウェイの森』がそうだし、この『騎士団長殺し』でも、妻と別れた後でつきあうことになる人妻たちとのセックス交流。あるいは、旅先での一夜限りの暴力的なセックス。そして、妻の柚との夢の中での夢魔としてのセックス。この小説で特徴的なのは、これまで描いてきた快楽や結びつき、エロスとしてのセックスから、子供が生まれる、子孫を残すという意味でのセックスが描かれるところにある。色を持たない免色さんという謎の人物が、女性と別れる前にオフィスで過激に行われたセックスは、女性による子供を残すためのセックスだった。免色は、そのセックスで出来たかもしれない女の子(秋川まりえ)のことを、自分の子供かもしれないと思い、その存在に憑りつかれていく。あるいは、この「私」もまた同じように、夢の中での柚とのセックスで出来たかもしれない子供の存在を確信する。現実ではあり得ないことも、夢の世界が現実を凌駕する。ラストのところで、そんな子供のことを、「私」は免色とは違うと語る。

なぜなら私には信じる力が具わっているからだ。どのように狭くて暗い場所に入れられても、どのように荒ぶる荒野に身を置かれても、どこかに私を導いてくれるものがいると、私には率直に信じることができるからだ。

それが、異界との旅を通じて「私」が学びとったものごとだった、と。

想像力を信じること。目に見えないことを描くこと。「言葉にできないのだとしたら、それを絵にすればいいじゃないか」と友人の雨田政彦に言われ、「無から何かを創りあげることではあらない。今そこにあるものの中から、正しいものを見つけ出すことなのだ。目に見えることだけが、現実だとは限らない」と騎士団長からも言われる。表象そのものが真実であり、その表象をそのまま呑み込んで、描くこと。何かに導かれながら。

つまり、これは「表現のあり方について」の小説論でもある。<肖像画を描くこと=小説を書くこと>であり、音楽⇒絵画⇒小説の表現の違いこそあれ、通じるものがある。何かを表現することとは、何かに導かれるようにして描くこと。自発的自己表現の発露ではないということだ。そして、それは大いなる力のようなもの。それは目に見えないものを描く(書く)ことであり、簡単に言葉にすることが出来ないことを描くこと。顔のない男の肖像画を描くこと。あるいは、いつか自らの内なる暴力性とでも呼ぶべき「白いスバル・フォレスターの男」の絵を完成させること。描くことで何かを乗り越えようとすること。あるいは雨田具彦のようにある事件への抑えられない思いを絵を通じて描き、鎮めること。

村上春樹の面白さは、謎の異世界に滑り込んでいくサスペンス的な冒険活劇にある。そういう意味では、この小説は、雨田具彦の病室で繰り広げられた「騎士団長殺し」までがピークで、それ以降の地下の世界に潜り込んだ「私」の孤独な旅は、モノローグが多くなり、活劇としてのダイナミズムが失われていく。「イデアとしての父親殺し」で何かが成し遂げられ、抽象的な地下世界の旅はそれほど危機的でもなく、あまり面白くない。それは空白の4日間のまりえの免色邸への潜入もそうだ。だから、柚の子供を受け容れる「私」の成長譚として機能したこの壮大な物語も、やや単調な後半で物足りないものを感じた。

秋川まりえと妹のコミチの二重性の描かれ方が少し弱かったのか、彼女を救う旅の動機づけが弱く感じられてしまった。村上春樹的道具立て満載のこの小説、いつも通りに面白くもあり、物足りなくもありという感じでしょうか。

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「忍びの国」和田竜 (新潮文庫)

忍びの国


『のぼうの城』、『村上海賊の娘』など時代劇の活劇描写が上手い和田竜。大野智主演で映画化されることが決まっているので、読んでみた。

なるほど、楽しめる。忍者と言えば、白戸三平の『忍者武芸帳 影丸伝』『サスケ』『カムイ伝』などが思い出され、特にTVアニメの『サスケ』には、その忍者の変幻自在ぶりに子供心ながらワクワクしたものだ。忍者とスパイは子供にとっては憧れの存在だった。

和田竜の小説は、映像が目に浮かぶような描写なのだ。とても活劇的で映画的。だから映画化がすぐ思い浮かぶ。それぞれの登場人物たちのキャラクター造型と構成がうまいのだ。

この小説は、4人の騎馬武者が、伊勢の国の支配者、北畠具教の暗殺に向かう場面から始まる。織田信長の次男、信雄とその家臣、日置大膳、長野左京亮、柘植三郎佐衛門。しかも、日置大膳、長野左京亮は、殺しに行く北畠具教の元家臣。敵と味方が時代の変化とともに入れ替わる戦国時代の複雑さ、それぞれの思惑が絡まり合う中で戦いが展開されていく。そして、織田信長が登場して、次男の信雄を黙殺する場面で、偉大なる父親を持つ次男のコンプレックスなども描かれる。

物語は、天下統一を推し進める信長が「安易に攻め入るな」と忠告した忍びの国である伊賀の国へ、自らの誇りと意地をかけて伊賀征伐を目論む織田信雄率いる織田軍と、無頼な地侍たち、忍びの者たちの戦いの物語である。忍びの世界の極悪非道ぶりを、「あいつらは人間ではない」と見限って、織田軍に加わった元伊賀忍者、柘植三郎佐衛門や下山平兵衛の恨みも描かれ、戦いは因縁めいてくる。伊賀の国では、忍びの技が冴えわたる天下無敵の忍者、無門、その無門が想いを寄せる女・お国、さらに後の石川五右衛門となる文吾など、忍びの者たちが山々や森や土の中や木々の上、そして城の天井裏や屋敷を駆け巡るのだ。

忍者がいかに情け容赦なく残酷で個人主義的で、掟などない無法者たちであることがこの小説では強調される。武士とは一線を画した秘術の数々。武士たちはならず者の忍びを見下している。騙すことが忍者の技に通じるため、武士道的な主従関係など無視。己の技のため、そして銭のために活躍するのが忍者なのだ。今の時代で言えば、共同体に属するのではなく、グローバル自由主義的個人主義者だ。自己利益のみ追求し、損得勘定だけで動く金銭至上主義者。義理や人情など一切関係ない。人を騙しながら技を磨き、生き延びて報酬を得る。そんな情け無用な男が、ある女性を好きになることで守るべき存在が生まれる。忍びの世界の無頼者の魅力が描かれる一方で、守るべき存在がいるという共同性の価値も描かれている。主従関係の忠義を重んじる武士の世界と、そんな縦割りのしがらみから自由に動き回る忍者たち。どちらにも美徳はあり、どちらにも醜悪さがある。

「天正伊賀の乱」の史実を参考にして描かれたエンタメ忍者時代劇。さてさて、この小説がどんな風に映画化されるのかも楽しみなところだ。

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「死生観を問い直す」広井良典 (ちくま新書)

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広井良典氏は、これまで「これからのコミュニティのあり方」に関する提言などを読んで、とても興味深い議論を展開していたので、この「死生観」に関する本も読んでみた。やや抽象的な「時間」に関する記述が多く、「死生観を問い直す」までの議論が深まっているようには思えなかった。

物質的な富の拡大、死を背景に退けさせ、死生観そのものが「空洞化」している現代、まさに「死生観の構築」が求められていると著者は指摘する。

キリスト教的な時間観は、世界ないし宇宙には「始まりと終わり」があり、「絶対的な救済」、あるいは神の国の実現といった、この世界全体の「究極の目的」に向けた歩みであり、世界ないし宇宙の歴史は明確な「意味」をもったものとして、理解される。宇宙の歴史の全体が一つのストーリーをもった「物語」となる。<終末論的モデル>

「価値の源泉」は、絶対的な救済である終末にあり、それを光源として(またイエスというメッセンジャーを通して)「現在」あるいは「今、ここの生」も価値を得る。「存在の負荷性」(私たちの生がマイナスの価値を帯びていること)が「未来からの光」によって、再び新しい価値を与えられる。

それに対して、<直線的な時間モデルー近代的な時間観>は、宇宙や世界に「始まり」も「終わり」もなく、直線的な時間そのものが独立している。そして、世界や宇宙はそれ自体「意味」を持たない。

しかし、ニュートンの時代に考えられていたように宇宙や世界は未来永劫変らない存在ではなく、それ自体が歴史をもった変化していくものと現代の宇宙論では考えられている。

「時間は一元的なものではなく、時間には“層”がある」という考えをとると、「永遠」というのは、時間と別に存在するのではなくて、いまこうして流れている時間の一瞬一瞬の、いわば根底に常に存在しているようなもの――ちょうど、表面の速い水の流れの底の奥深くにある海流の層が、ほとんど動かないように――と考えられる。<円環的/重層的時間モデル>

<現在充足性>――人生のどのような喜びや悲しみも、快も苦も、最終的には「現在」に帰ってくる。あらゆる価値の源泉が究極的に「現在(いま、ここ)」にある。時間とは、根源的な現在からの派生物であり、仏教は「内在」という方向に突き抜けることを目指すから、時間や現在が生まれ出る前の次元、というべき場所を目指す。端的に言えば、「現在の底にある永遠(=無・時間性、超・時間性)」を目指す。円環的/重層的な時間のイメージとなる。

<未来志向性>――いかに「現在」が苦難に満ちたものであっても、「未来」に希望を持ち、希望する存在が「人間」である。キリスト教は「苦難を通じての救済」というモチーフが中心にあり、「超越」という方向に突き抜けることを目指す。「未来の果てにある永遠(=無・時間性、超・時間性)」を目指す。

キリスト教も仏教も、この世界の「時間」を超えた次元を目指し、またはそれを確かめることを通じてこの世界に価値を見い出す、という意味では共通している。「永遠」を位置づける場所が違う。「現在の底にある永遠」か「未来の果てにある永遠」か。

著者は「現在充足性」と「未来志向性」、あるいは「内在」と「超越」という両方が必要なのだと書く。キリスト教と仏教の時間観は、内容的には互いに対立しつつも、人間あるいは個人にとっては両立ないし共存可能なものである。キリスト教と仏教は、一人の人間にとって「二者択一」の関係にあるのではなく、補完的な関係にあるのではないか、と。

永遠、死とはなにか。著者は「たましいが帰っていく場所」と呼ぶ。時間を超え出た世界。「死とは(永遠とは)有でも無でもない何ものかである」。「生が有であり、死が無である」のではなく、生は「相対的な有」と「相対的な無」が入り混じった時間のある世界であり、死とは絶対的な無=絶対的な有=永遠の世界である、というのが著者の結論になるという。

生と死に断絶があるのではなく、生者と死者がともに属する場所に「たましいが帰っていく場所」があり、それが回帰する「自然」の世界か、転変してやまない「輪廻」の世界か、より理念的な「永遠」の世界か、その人の育った環境や文化や信仰によって違ってくる。生者と死者の時間は連続しているのであり、「生者と死者の共同体」ということの意味を問い直す必要があると著者は書く。

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「戦後入門」加藤典洋 (ちくま新書)

加藤典洋の自らの著書『敗戦後論』を受けて書いたこの『戦後入門』は、「戦後の国際秩序にフィットした・そして持続可能(サスティナブル)な・「ねじれ」をうまく生き抜く・「誇りある国づくり」こそが、大切だ。」ということを書いたつもりだと「あとがき」で著者自らが吐露している。

「戦前と戦後は断絶している。そのことを残念に思うこころが、「ねじれ」を作る。私たちは、その「ねじれ」をうまく生き抜く技法、作法を身につけるべきだ」と加藤は書く。戦後の日本人は、戦争の死者たちを、その考え方において、裏切った。連合国といと元の敵の価値観に転向した。それで戦前の価値観に殉じた戦争の死者たちを、うまく弔うことができない、どう弔えばいいのかわからいようになった。戦前の価値観を否定し、占領軍に押し付けられた平和憲法を、どう自分たちのものとして選び直すことが出来るか。経済発展の名のもとに隠蔽された対米従属。失われた主権。経済発展がこれ以上望めなくなった今の日本は、「経済」で「誇り」を見い出すことが出来なくなった。メッキが剥げて、対米従属が表に現れてくるようになった。ならば、どうやって対米自立を獲得できるのか。そのための方法論とは?

その糸口を加藤は、憲法9条の戦争放棄規定の成り立ちにあると考える。1946年1月、国際連合は産声を上げたばかりで、国連に国際警察軍的な機能をどう与えるか、世界を破滅させかねない核=原子力の管理をどうすべきかが議論されていた。憲法9条と、国連原子力委員会と、国連安全保障理事会のもとでの軍事参謀委員会とは、同時期に同じ第二次世界大戦の終結時の「夢」から生まれた、互いに他を支え合う、双生児ないし三つ子的な存在だった。

対米自立の鍵とは、一国的平和主義でも、「戦前と戦後のつながり」を復活させるようなナショナリズムに立脚するのでもなく、国際主義インターナショナリズムに徹することにある。米国と敵対関係に入ることなしに米国から独立し、平等な友好関係を維持しながら、中国、韓国、ロシアとも健全な信頼関係を築き、持続可能な経済的安定と安全保障を目指すには、憲法9条とインターナショナリズムに鍵があると加藤は主張する。

この本を書くにあたり大きく影響を受けたのは、英国の社会学者で知日派でもあるロナルド・ドーアであり、東西冷戦直後に書かれた著書『こうしよう」と言える日本』で、「外交の目的の一つは国民に「誇り」の気持ちを与えることで、その「誇り」とは、ああ、この国に生れて良かったなと思えることだ」、とドーアは書いている。そして、「なぜに日本は世界のことを考えないのか」と。国際連合の初期理想の追求の営為とともに生まれた憲法9条を持つ日本は、国連改革の中心的存在となって世界に貢献すべきである。「日本人たちよ、もっと本腰を入れて悲惨のうちにある世界の人々と連帯せよ」と主張する。

核兵器の管理についても、ドーアは「核不拡散」による核国際管理ならぬ「核拡散」による核国際管理を提案する。現行の大国中心の「核の傘」システムと核兵器管理「NPT」システムに代えて、これを一本化し、一定の条件のもとで、どの国も核兵器国になれるが、求められればいずれの国にも「核の傘」をさしのべなければならず、他方、どの国もが非核保有国になっても、いずれの国にも「核の傘」提供を要請でき、各国平等の双方向システムを創設しようというのだ。やや理想主義的な夢物語にも聞こえるが、核を無くすことも、減らせることもできない以上、こういう考え方も一つの方法論だろう。

また米軍基地の撤去問題に関しては、矢部宏治の『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』という本を引き合いに出している。鳩山民主党政権が、沖縄米軍基地を「最低でも県外に」と、対米自立を目指した自主外交、東アジア共同体志向を目指すや否や、あっさりと対米従属体制に逆らうものとして排除されたことは記憶に新しい。矢部は、憲法を改正することで、米軍基地を撤去させたモデルを、フィリピンの先行事例に見る。フィリピンの19世紀以来の植民地支配への抵抗という反米機運の高まりがあったとはいえ、自国の憲法を改正し、基地撤廃条項を書き込むことで、米軍基地を撤廃させ、新たな軍事基地協定を締結させた。その後、フィリピンは98年、中国との間に南シナ海海域への領有権問題が発生し、訪問米軍との地位協定を結んだが、これまでの不平等条約とは明らかに違う国と国との対等な地位協定になったという。

加藤は、憲法9条を改定し、「国内に外国基地をおこないこと」を明記し、「陸海空軍は、国土防衛隊に編成し、国境に悪意を持って侵入するものに対する防衛の用にあて、残りの全戦力は、国際連合待機軍として、国連の平和維持活動及び国連憲章第47条による国連の直接指揮下における平和回復運動への参加以外には、戦力を発動しない。国の交戦権は、これを国連に移譲する。」と九条改定私案を提起している。

非武装中立やら絶対的平和主義のような現実性のない理想論しか左翼側から聞こえてこなかった中にあって、加藤典洋は、親米ナショナリズムでも、復古的ナショナリズムでもなく、「国連中心主義」に基づくインターナショナルな方向での対米自立、憲法9条改定による平和精神維持を提案する。国連による世界平和を守る軍隊など成立するのだろうか。グローバリズムの反動で、一国主義が台頭する中、そんな国際協調など実現できるのだろうか。これもまた、理想論でしかないような気がするが、対米従属と憲法9条の平和主義、安保法制や自衛隊と米軍基地のジレンマを抜け出すには、こういう具体的な議論が必要な時代に入ったというべきだろう。

時は、トランプ政権のもと、「アメリカ第一主義」を突き進むアメリカ。日本は今後どうアメリカと向き合っていくべきなのか。日本の主権回復はいつ成し遂げられるのだろうか。アメリカとの対等な関係を築ける日は来るのだろうか。米軍基地の不平等な地位協定や「核の傘」という防衛問題とともに、憲法問題は具体的に議論していかなくてはならない時代に突入した。

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プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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