「湖中の女」レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

フィリップ・マーロウもの4作目。1943年発表。戦時中という設定であり、ちらっとそんな描写もあるが、それが大きな要素にはなっていない。最近、村上春樹訳「水底の女」が出たらしいのだが、読んだのは清水俊二訳。湖の中に美しき女性の死体が沈んでいるといういかにも映像になりそうなシチュエーション。本作は映画化もされたらしい。

その湖の中の女性死体がキーワードになるミステリーだが、やや単調で散漫な印象もある。アクションがなく、マーロウが女性と絡む場面が少なく、粋な会話のやりとりがあまりないのが残念だ。女性は二人とも失踪中で、直接マーロウと絡む場面が少なく(殺人現場やラストでのやりとりはあるが)、絡むのは化粧品会社の美人秘書の方が多い。全体的に登場人物が、他の作品に比べてやや魅力度に欠ける気がする。

「大いなる眠り」のエキセントリックな美女姉妹やスターンウッド将軍、「さらば愛しき女よ」の大鹿マロイと悪女のヴェルマ、「高い窓」の老女エリザベス・マードックや潔癖症の秘書のマール、そして「長いお別れ」のテリー・レノックスなどなど、チャンドラーの小説にはクセのある魅力的な人物が度々登場する。しかし、この「湖中の女」は、依頼主の化粧品会社の社長キンズリーもその愛人秘書フロムセットも、いなくなった妻クリスタルや湖畔の管理人ビルやその妻ミュリエルなど、どれもくっきりと人物が浮きあがってこない。湖畔の老保安官パットンや女に騙された警部デガーモが、いい脇役になっている程度だ。

失踪した妻クリスタルの色男レイバリーの隣に住む医者が最初の方から怪しげな存在として登場するが、この悪役もどこか抽象的だ。マーロウと直接やりとりする人物たちとの会話にこそ、チャンドラーの小説の魅力があるので、この作品はミステリーの辻褄合わせはうまくいっていても、どこか人物たちが生き生きと動き出している感じがない。失踪した二人の女性の謎のトリックという点が強調され過ぎた分、いつもの哀しき人物像が浮き上がって来なかった。失踪した二人の女も謎めいたままで終わってしまった感じ。
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「大いなる眠り」レイモンド・チャンドラー/村上春樹訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

フィリップ・マーロウものの第1作。1939年に発表されたレイモンド・チャンドラーの初めての長編小説。もともと遅咲きだったレイモンド・チャンドラーが職業小説家としてデビューしたのは45歳。アルコール依存症、18歳年上の妻を持つチャンドラーが、手っ取り早く生活費を稼ぐために書き始めたのは「パルプ・マガジン」と呼ばれる大衆向け読み物雑誌。ミステリーやSF、恐怖小説などジャンルものが「パルプ・マガジン」で量産されていた。探偵ミステリーものを書き散らしていたチャンドラーが、いくつかの短編をつなぎ合わせて51歳の時に完成させたのが、この「大いなる眠り」だそうだ。だから、途中で物語が終わったかのようなところもある。話は一段落しつつも、解決されない謎をめぐって、マーロウは探り続ける。そんなつなぎ目も感じられるが、一気に読む楽しさを味わえるミステリー探偵小説であるのは間違いない。

なによりもトラブルメーカーの謎の美女姉妹が物語の吸引力になっている。さらに、マーロウのタフな活劇的なアクションもあるし、高級猥褻本を扱う怪しげな本屋や麻薬や女性の全裸写真、強請り屋にホモセクシュアルな関係、会員制賭博場とルーレットに夢中になる女。警察も味方にしているヤクザなオーナーに、消えた男の謎と匿われた女、殺し屋の用心棒に拳銃と死体…。映画にもなりそうな物語性は存分にある。冒頭の依頼人、スターンウッド将軍のキャラクターとお屋敷の温室での描写から、ゾクゾクするほど楽しい。

言い回しの比喩や描写のディテイール、フィリップ・マーロウのひねくれているけど、タフでどこまでも依頼人に律義なキャラクターはすでに完成されている。地方検事局の捜査官のバニー・オールズから情報を引き出しつつ、一匹狼のマーロウとのやりとりも面白い。イカレた美しき妹カーメンが、裸でマーロウのベッドに潜り込んでいたり、夜の海辺での姉ヴィヴィアンとのキス、あるいはシルバー・ウィグにマーロウが救われる場面など、名場面はいろいろだ。いつものことながら、脇役に至るまでの人物キャラがお見事。ミステリーの謎よりも、とにかく読んでいることそのものが快楽であるチャンドラーの探偵小説である。

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「夜の樹」トルーマン・カポーティ/川本三郎訳(新潮文庫)

カポーティ―の都会の孤独、内へ内へと閉じ籠っていく閉塞感と幻想性。どの短編も読みごたえがあり、ひんやりとした寂しさが感じられる。「ミリアム」はクリスマスの雪の夜に孤独な初老の女性が、映画館の前で少女と出会う物語だが、ドッペンゲルガ―のような幻想譚として味わい深い。「夜の樹」は、汽車の中で小人の大道芸人の男女に出会う若い女性の物語。生きたまま埋められる小人の男とおしゃべりな女の存在感が怖い。小さい頃聞かされた、夜の樹に子どもをさらっていく魔物が潜んでいるという話を少女が思い出すように、心の闇と魔物を抱えている人物たち。「夢を売る少女」は、怪しげな人物に本当に夢をお金に替えてしまう孤独な少女の話で、彼女の唯一の話し相手がアル中の浮浪者だ。社会に適応できない異端者たちが、孤独な主人公のそばに寄り添う。

一方、南部の田舎町の物語はちょっと不思議な幻想性と温かさがある。「誕生日の子供たち」は、田舎町に引っ越してきたミス・ポピットという10歳の女の子の話。魅力的で大人っぽく、踊りもうまい。田舎町の子供たちを魅了するミス・ポピットは、スターになれるという触れこみのオーディションに参加して、町の人たちを歌と踊りで魅了するが、そのコンテストというのは詐欺だった。彼女が町を出ていこうとする日、最後にあっけなくバスに轢き殺されてしまう結末。魔法から覚める現実がなんとも皮肉だ。「銀の壜」は、ドラッグストアの客寄せのために、壜の中の硬貨の金額を当てるというゲームで町中が大騒ぎ。クリスマスの日の抽選会までに、いろんな町の人が金額を予想するのだが、壜の中を何日も見続けて、金貨を数える不思議な少年と妹が現れる。奇跡のようなクリスマスの田舎町のエピソード。「感謝祭のお客」もまた、カポーティ―の南部のアラバマの子供時代の思い出がベースになっている。カメオを盗んだいじめっ子と優しい老婆。孤独な少年の唯一の友だちの老婆の存在が温かい。

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「高い窓」レイモンド・チャンドラー/村上春樹訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ご存知、探偵フィリップ・マーロウもの。裕福な老女エリザベス・マードックから、出奔した義理の娘リンダが夫の遺品を持ち出したと思われる貴重な金貨を取り戻してほしいと依頼される。ろくでもない息子レスリーや潔癖症の秘書のマール、ヤクザなチンピラのバニアーや古物商や歯科技工士を使ったニセ金貨づくりなども登場し、物語として面白い。派手でタフなマーロウの活劇はないが、展開が面白いし、比喩的な描写が抜群。古物商のある古いエレベーター案内の老人や刑事やヘボ探偵など、脇役のキャラクターの造型も活き活きとしている。

マーロウが行くところに死体あり、という感じで次々と殺人事件が起き、彼が物陰に隠れて真実を知るという都合のいい展開もいろいろあるが、そんなこと差し引いても十分面白い。マールの純真無垢さがいい。



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「高い城の男」フィリップ・K・ディック

第二次世界大戦で勝ったのは、アメリカやイギリス連合国ではなく、ドイツや日本だったら・・・というアイディアで描かれたSF小説。アメリカがナチスドイツと日本の分断国家となり、日本支配下のサンフランシスコが舞台。易経の「卦」が行動原理の重要な役割を果たし、東洋の神秘的な日本観が描かれていたりするところが、ちょっと変な感じ。美術商やユダヤ人工芸職人、田上という日本人官僚、アメリカ人女性などそれそれの登場人物が絡まっていく物語は面白い。小説のなかで秘かにベストセラーになっている連合国側が勝利した逆転の逆転小説も登場し、虚構と現実を複層させる。フィリップ・K・ディックは、「道(タオ)」の東洋的世界観に惹かれたようだが、いま一つだった。

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ヒデヨシ

Author:ヒデヨシ
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オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
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映画ベスト10 2009~2017年
2017年ベスト10
<洋画>
    「パターソン」
    「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
    「誰のせいでもない」
    「ありがとう、トニー・エルドマン」
    「オン・ザ・ミルキー・ロード」
    「パーソナル・ショッパー」
    「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
    「マリアンヌ」
    「婚約者の友人」
    「セールスマン」

<日本映画>
    「散歩する侵略者
/予兆 散歩する侵略者」
    「三度目の殺人」
    「南瓜とマヨネーズ」
    「光(大森立嗣)」
    「息の跡」
    次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
    次点「幼な子われらに生まれ」
    次点「バンコクナイツ」


2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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