「ゴーストライター」ロマン・ポランスキー

ゴーストライター

2011年のロマン・ポランスキーの話題作、やっと観ました。ヒッチコックのようなミステリーにロマン・ポランスキー的な孤島での閉塞感、面白かったです。

1933年仏・パリに生まれ、第2次世界大戦を目前に両親に連れられてポーランドへ。戦時中はナチスから身を隠しながら生き延び、戦争が終わるとポーランドの映画学校に通い、『水の中のナイフ』(62)でデビュー。ハリウッド進出作『ローズマリーの赤ちゃん』(68)は大ヒットを記録するが、当時妊娠8カ月だった妻で女優のシャロン・テートがカルト集団「マンソン・ファミリー」に殺害されるという悲劇を体験。1978年、未成年の少女に性的暴行を加えたとして有罪判決が下ったためフランスに逃亡。以来、アメリカの地は踏めない。2009年、スイス・チューリッヒ映画祭に参加した際、アメリカの要請を受けたスイス警察に身柄を拘束されたが、翌年釈放。この映画の編集は獄中から指示を出したとか。

流浪の経歴である。数奇な人生を歩んでいる。居場所をなくした男。殺人事件の被害家族であり、性的犯罪者でもある。まさに映画のような波乱万丈の人生。だがしかし、数々の優れた映画を作り続けている才能のある映画監督でもある。僕はロマン・ポランスキーの初期の映画『水の中のナイフ』と『袋小路』は傑作だと思うし、大好きだ。そして『チャイナタウン』『赤い航路』も忘れらない。
『水の中のナイフ』『反撥』『袋小路』


冒頭の降りしきる雨とフェリー(フェリーは『赤い航路』を思い出す)。フェリーに残された車と海辺に打ち上げられた男の死体。ミステリーを予感させ映画が始まり、ゴーストライターのことが会話で語られる。元英国首相アダム・ラングの自伝執筆を依頼されるゴーストライターの出版社での面接。I’m your ghost.と自己紹介する名前のない男(ユアン・マクレガー)は、まるでポランスキー監督自身のような居場所が定まらない幻の男だ。

ヒッチコック的な巻き込まれ型のサスペンスである。ゴーストライターは、ラングの自伝執筆をしているうちに、前任者の死に不信を抱き、独自に調査を進めていくが、やがて国家を揺るがす恐ろしい秘密に触れてしまう。

ラング(ピアース・ブロスナン)が滞在する真冬のアメリカ東海岸にある孤島。これはどこでもない場所のような抽象的な島だ。なぜ元英国首相が、このアメリカ東海岸の孤島に住んでいるのか、まるで説明されない。男はこの孤島に連れて来られる。

このシチュエーションがとてもポランスキー的だ。閉塞された場所。まったく何もない淋しい冬の孤島。『袋小路』のまわりは何もないお城のような屋敷を思い出す。あの映画は古いお城に住む夫婦とそこへやってきたよそ者たちの奇妙な行き詰まりの物語だった。乗ってきた車が海水に沈んだりするような閉ざされた場所だった。

ロマン・ポランスキーはいつも閉鎖的空間のなかで、追い詰められ不安定な関係になっていく人々を描くのが得意だ。雨や水もまた登場人物たちを閉じ込める要素としてよく使われる。物語は晴れ渡るような青空の下で、解放的な展開には向かわないのだ。閉じられた場所で登場人物たちはどんどん行き詰まり、不安になっていく。

この映画の孤島も、全くなにもない寂れた島だ。空は曇天ばかりで、時々雨が降り出す。元英国首相アダム・ラングは、やがてある事件で追い詰められて、その島から逃げ出す。残されたゴーストライターとラングの妻ルース(オリビア・ウィリアムズ)。二人きりになることで、二人の関係が微妙に変わっていく。そして、カーナビに導かれるようにして行き着く秘密の場所。ゴーストラーターは、自ら主体的な考えの下に動く存在ではない。さまざまなモノたちに導かれるのだけなのだ。車のナビやフェリーや飛行機、自転車などの乗り物によって。さらに写真や電話番号や原稿に残された秘密が、彼を導びいていくのだ。

エンターテインメント性を含んだサスペンス物語で、観るものを引き込みつつ、政治的な風刺もきかせ、何もない閉鎖的な空間に追い込んでいくポランスキー的世界観を十分楽しめる作品に仕上がっている。



原題: The Ghost Writer
製作国: 2010年フランス・ドイツ・イギリス合作映画
配給: 日活
監督: ロマン・ポランスキー
原作: ロバート・ハリス 『ゴーストライター』
脚本: ロバート・ハリス,ロマン・ポランスキー
撮影: パヴェル・エデルマン
衣装デザイン: ダイナ・コリン
編集: エルヴェ・ド・ルーズ
音楽: アレクサンドル・デスプラ
キャスト: ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン、キム・キャトラル、オリビア・ウィリアムズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・ハットン、ジョン・バーンサル、デビッド・リントール、ロバート・パフ、イーライ・ウォラック

☆☆☆☆4
(コ)
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : サスペンス

「パレルモ・シューティング」ヴィム・ヴェンダース

パレルモ

僕の映画体験はある時期からヴィム・ヴェンダースとともにあった。『ゴールキーパーの不安』『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』『アメリカの友人』『ことの次第』そして『パリ・テキサス』。彼の映画の中での「魂の彷徨」に共感し、僕には彼の映画が一番ピッタリくる感覚があった。撮ること、風景、記憶、時間、停滞、孤独、死・・・。ヴィム・ヴェンダースは、ある意味変わらないテーマを描き続けている。僕のベストムービーが『パリ・テキサス』であるのは、空っぽの風景と彷徨い続けた果てのヒリヒリするような孤独感と失った愛の深さが、いまだに泣きたくなるほどピッタリくるからなのだ。

さて、この『パレルモ・シューティング』だが、まさにヴィム・ヴェンダース的テーマである<旅と撮影>そして<時間と死>についての映画だ。撮影とはまさに<shoot>なのだ。『ベルリン・天使の詩』で天使を出現させたのと同じように、ここでは死神を登場させている。同じような図書館のような場所で、死神は現れる。

物語としてはとても陳腐な定型ものではっきり言ってつまらない。されどヴェンダースはやはりヴェンダースなのだ。パレルモの美しい街角や自然と時間、そして輝かしい女神の顔が描かれる。

ドイツのデュッセルドルフで第一線で活躍している世界的な広告カメラマン・フィン(カンピーノ)。彼はデジタル処理で風景をどのようにでも加工処理し、時間までも一枚の写真に凝縮させようとする傲慢な男だ。町をパンツ一枚で仁王立ちで見下ろす後姿。そんな自信たっぷりで、<自らの目=視ること>を信じている男が<死>にとり憑かれている。生きている実感がないと言うのだ。オープンカーに乗りながら、彼は風の音ではなく音楽をイヤホンで聴いている。虚構の中で生きている男。そして交通事故にあいそうになり、<死神>を撮影してしまう。そんな彼がライン川でたまたま見た船に書かれていた地名に導かれて、南へと移動し、イタリアのシチリア島のパレルモで仕事をする。ミラ・ジョヴォヴィッチが本人役で出演しているが、自らの妊婦姿をデジタル加工処理ではなく、自然そのままの姿で撮り直して欲しいと彼女に言われたからだ。彼女の中に宿る<生命>と、その後パレルモの町で出会う<死神>が対置される。

パレルモでフィンは<視ること>から<視られること>へと変わる。ベンチで居眠りしていたところを美女フラヴィア(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)にスケッチされるのだ。何度か自分を矢で射ようとする<死神>を<視る>のだが、結局彼は死神に<視られていた>ことが後半に描かれる。フィンの身振りが、ドイツとパレルモでは全く違うのだ。デュッセルドルフでは高級車のオープンカーを乗り回していたが、パレルモでフィンはひたすら歩き回る。デジタルカメラではなく、フィルムカメラを持って。公園で出会った地元の女性カメラマンに撮影までされてしまう。(この後姿の写真がとてもいい。彼女は実在の女性カメラマンらしい。)

<視ること>を信じていた男が、<視られる>立場になり、<撮ること>から<撮られること>へ。パレルモで出会ったフラヴィアは、デジタル写真の加工処理とは対極のアナログな中世の壁画の修復を行なっている。この壁画のタイトルが「死の勝利」だというのだから、まぁストレートだ。矢で射られる権力者たちの絵。時間を一瞬で圧縮・加工することとは対極の壁画の修復。過去の時間と対峙するフラヴィアは、フィンが<見るもの>を信じるのに対して、<見えないもの>を信じる。神、愛、生命。「夜を分かち合えるってステキね」と彼女に言われるシーンがいい。加工された夜ではなく、静かな闇の時間を共有すること。パレルモでフィンは、音楽のイヤホンをガサガサというノイズとともに外し、自然の音に耳を傾ける。

そして最後に死神(デニス・ホッパー)と対峙する。なんとここでデジタル写真論が語られる。「デジタル画像は実在を保証しない、好き勝手に手を加えられる、すべてが混乱している・・・」と。このあたりが、ヴェンダースどうなっちゃてるの?とあまりのストレートさにビックリしてしまう。デニス・ホッパーがこの映画撮影の数年後に亡くなったことを思うと、この死神役がなんとも皮肉なめぐりあわせだ。ヴェンダースにとって『アメリカの友人』以来のデニス・ホッパーとの再会。デニス・ホッパーそのものである<死神>は、自らの肖像を撮ることを促す。「死」は恐怖の対象として彼岸にあるのではなく、あなたとともに、「生」とともにある・・・というわけだ。

つまりこの映画はいたって観念的図式的なのだ。デュッセルドルフとパレルモ。デジタルとアナログ。時間を操ることと時間に寄り添うこと。視ることと視られること。撮影することと撮影される(矢を射られる)こと。妊婦と死神。生の誕生と死。信じる主体とわからない世界、見えるものと見えないもの。

それらの二元的に見えた対立は、同じものとして包含され、ラストの美しいパレルモ郊外の丘の上の景色へとつながっていく。どのくらい時間が経過したのかわからない・・・とフィンは混乱し、さまざまな風景が高速度撮影で描かれる。そして、朝日に照らされたフラヴィアの美しい顔が彼の傍らにある。『愛の勝利』でも見事な美しさを披露していたジョヴァンナ・メッツォジョルノがいい。
パレルモ2

かくしてヴェンダースは、いかにもヴェンダース的テーマをパレルモを舞台に描いた。写真を撮ること、現実のフィルムに焼き付けることは、時間や死を閉じ込めること=描くことでもある。過ぎ去る一瞬の時空間をこの世にとどめ置こうとして、人々は絵を描き、写真を撮り、映画を撮影する。ただ世界はあまりにも大きく広く、流れ続けている。つまり<撮影=shoot>とは、捉えきれない世界への人間のささやかな抵抗でもあるのだ。

観念的図式的な物語は、まさに興醒めであり、面白くない。そんなことはきっと百も承知で、ヴェンダースはありきたりの物語を差し出しつつ、映画的一瞬の時間を創出する。パレルモの街角の美しさや丘の上の町の懐かしさ、そして一瞬の輝く時間。死神のデニス・ホッパーとジョヴァンナ・メッツォジョルノの女神ぶりは見るだけでも楽しめる映画だ。

ちなみにこの映画はイングマル・ベルイマンとミケランジェロ・アントニオーニに捧げられているらしい。2人の監督は、この映画のロケハン中に死んだのだそうだ。ベルイマンの『第七の封印』の「死神」、アントニオーニの『欲望』の写真家。中世の古い絵画が映画と呼応しているように、映画は、いくつもの映画と呼応している。


英題: PALERMO SHOOTING
製作年: 2008年
製作国: ドイツ/イタリア/フランス
日本公開: 2011年9月3日

監督・製作・脚本 ヴィム・ヴェンダース
撮影 フランツ・ラスティグ
美術 セバスティアン・ソウクプ
音楽 イルミン・シュミッツ
キャスト カンピーノ、ジョヴァンナ・メッツォジョルノ、デニス・ホッパー、ミラ・ジョヴォヴィッチ、ルー・リード

☆☆☆☆4
(ハ)

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生

「ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー」

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ゴダールとトリュフォーの友情と決裂の軌跡である。そして二人の申し子、ジャン=ピエール・レオ。

カンヌ映画祭に登場して大反響を呼んだトリュフォーの『大人は判ってくれない』の衝撃。長い移動撮影の最後に海にたどり着いたアントワーヌ・ドワネル少年(ジャン=ピエール・レオ)が、カメラを見つめるストップモーションで映画は終わる。このジャン=ピエール・レオの視線からヌーヴェルヴァーグは始まった。ゴダールの『勝手にしやがれ』のラストもジーン・セバーグのカメラを見つめる顔だ。スクリーンの向こう側の観客に投げかけるこの視線。これは、イングマール・ベルイマンの『不良少女モニカ』(1952)の少女の魅力的な表情を捉えた挑発的な顔のアップが影響を与えているらしい。(ベルイマンのこの映画は残念ながら観ていない。)

ゴダールの『勝手にしやがれ』は、トリュフォーが事件の切り抜きで原案を作り、ゴダール自らが台詞を書いて映画化した。ベルモンドがよたよたと道路をつんのめるように倒れる有名なラストシーン。路上を歩く人々は明らかにエキストラではなく、一般の通行人であり、映画がゲリラ撮影であったことがよくわかる。「路上でまだ名の知れていない俳優を少数のスタッフだけで追いかけて撮影した」と説明がされるが、なんだか当時の熱い若い映画青年たちの情熱があらためて伝わってくる。

ヌーヴェルヴァーグは、カメラを町に持ち出して「現実を盗む」ように、映画をスタジオの虚構からリアルな現実の中に解放した。

その後、トリュフォーもゴダールも興行的には失敗し、ヌーヴェルヴァーグの熱も冷めていくが、二人は協力し合ってそれぞれの映画を作り続けた。しかし、5月革命前夜のカンヌ映画祭中止を求めて活動する頃から亀裂が生まれ始める。激しく檄を飛ばすゴダールとトリュフオーの温度差が撮影されている。どんどん政治的になっていくゴダールと映画そのものにこだわり続けたトリュフォー。その後、『アメリカの夜』を撮ったトリュフォーにゴダールが批判をこめて書いた手紙とそのトリュフォーの返信内容が紹介される。これで二人の決裂関係が決定的になったのだ。

あらためて二人の映画を見直したい欲望に駆られた。それと同時に二人が敬愛したフリッツ・ラングやニコラス・レイやハワード・ホークスもちゃんと見ないとなぁと思った次第です。

それから、ジャン=ピエール・レオが言っていたけれど、ゴダールが俳優に細かい台詞の言い方や仕草にまで演出をつけるという話はちょっと驚きでした。

ドキュメンタリーとしては、それほど面白くもなかった。若きゴダールとトリュフォーが観れたというだけです。二人が一緒に作ったりした初期の短編を観てみたい。ロメールやリヴェットやシャブロルなど、他のヌーヴェルヴァーグのメンバーは、ほとんど出てこなかった。ヌーヴェルヴァーグそのものとは何か?というドキュメンタリーというよりも、ゴダールとトリュフォーの関係を中心に過去の映像を構成した映画です。


原題:DEUX DE LA VAGUE
製作年:2010年
製作国:フランス
日本公開: 2011年7月30日
監督・製作: エマニュエル・ローラン
脚本: アントワーヌ・ド・ベック
撮影: ニコラス・ド・ペンシエ/ エティエンヌ・カルトン・ド・グラモン
キャスト:フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ピエール・レオ、イジルド・ル・ベスコ

☆☆☆3
(フ)

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : ドキュメンタリー

「サヴァイヴィング ライフー夢は第二の人生―」ヤン・シュヴァンクマイエル

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今年最後?の映画は、チェコの切り絵アニメーション、精神分析コメディーである。冒頭で監督自らが、予算がないので切り絵のアニメになったと言い訳している。そして精神分析医が出てくる笑えないコメディーだと。

「動く映像表現としてのシュルレアリスムを確立した男、今年77歳になるチェコのヤン・シュヴァンクマイエル」という宣伝コピーがあるけれど、夢を具現化した切り絵アニメがとにかく楽しい。からまる舌、転がるリンゴ、口元のアップ、鶏と割れる卵、割れるスイカ、カラス、蛇、夢の世界への儀式、フロイトとユングの写真の対決、エロスとタナトス、胎内回帰願望。謎の美女の正体が後半わかるようになっていて、それなりに物語としても楽しめる。

部屋をわざわざ借りて、鞄を口にくわえて、導眠剤を飲んで、音楽をかけて夢の世界へ入っていく儀式は、なんだか微笑ましかった。あんな風にして、夢の中の美女にいつも会えるのなら僕もやるだろうなぁ。夢が現実を浸食する。ジェラー・ド・ネルヴァル「夢は第2の人生だ!」



『サヴァイヴィング ライフー夢は第二の人生―』
英題:Surviving Life
製作:2010年/チェコ

監督・脚本:ヤン・シュヴァンクマイエル
撮影:ヤン・ルジチュカ、ユライ・ガルヴァーネック
アニメーション:マルティン・クブラーク、エヴァ・ヤコウプコヴァー、ヤロスラフ・ムラーゼック
音楽:イヴォ・シュパリ
編集:マリエ・ゼマノヴァー
衣装:ヴェロニカ・フルバー
プロデューサー:ヤロミール・カリスタ
出演:ヴァーツラフ・ヘルシュス、クラーラ・イソヴァー、ズザナ・クロネロヴァー、エミーリア・ドシェコヴァー、ダニエラ・バケロヴァー

☆☆☆☆4
(サ)

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「さすらいの女神(ディーバ)たち」マチュー・アマルリック

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今年とても楽しみにしていた映画だ。期待が大きすぎたせいだろうか。面白かったんだけどどこか物足りなかった。カサヴェテスのようにドキュメンタリー的に日常を切り取り、フェリーニのような女神たちと哀れな男の祝祭。

芸人たちの巡業ロードムービーだ。とにかくダンサーたちの存在感が素晴らしい。だって本物のダンサーたちなんだから、そこいらの女優では出せない肉体の貫禄が違う。圧倒的な肉体が、闇の中から現れる楽屋のファーストシーンが素晴らしい。鏡や光、そして彼女たちの振る舞い、それをカメラはじっと見つめ続ける。

そう、これは安易に作られた物語ではない。だから安易な感動も、これ見よがしな起伏のある物語もない。画面のちょっとした端っこや瞬間に、物語が凝縮して入り込んでくる。それを見逃すと、ただの凡庸な日常のエピソードにしか見えない。

トラブルを起こし全てを捨て逃げるようにアメリカに渡った、かつては敏腕プロデューサーだったジョアキム(マチュー・アマルリック)は、ショーの成功によって晴れてパリに凱旋するつもりだったのが肝心のパリ公演がブッキング出来ずに窮地に追い込まれる。

物語はこれだけだ。ジョアキムがどんなトラブルをかつて起こしたのか、彼がパリ公演にどんな思いがあるのか、それは、観客が想像するしかない。ジョアキムと子供たちの再会シーンに、彼の家族の物語を想像し、かつての仕事仲間を訪ねるシーンで、彼の過去へと思いをめぐらせるしかない。

家族に会いに行く途中の夜のガソリンスタンドで、女の子に「人を殺しに行くんだ」と声をかけるシーンはいい。大袈裟な物語を誇張して描くのではなく、物語と物語のすき間の日常のちょっとした場面から、物語を立ち上がらせるその力。どこでもBGMの音を下げさせるジョアキムの神経性は、どこから来ているのか、われわれは想像する。また、スーパーのレジで、おばさんが突然、昨夜のショーの興奮を語り出し、胸を見せようとして叶わず、モノを投げつけるシーンも笑える。そんなシーンのあとに、バーレスクダンサーのミミ(ミランダ・コルクラシュア)との関係が変わっていく。ヨーグルトを食べ、ミミの運転の助手席でくつろぐジョアキム。そして船で島に渡る場面は、もう恋人たちのようだ。

誰もいないシーズンオフの島のホテルでのシーンがこれまた素晴らしい。コトを終えたあとでのジョアキムの涙を見せ、バーレスクダンサーの仲間たちが砂地を歩いてくる場面は、フェリーニの映画のように美しく愛おしい。ジョアキムとともに巡業で彷徨い続ける踊り子たちは、まさしく擬似家族のようだ。空っぽのシーズンオフのホテルこそ、彼女たちの心の風景に相応しい居場所なのかもしれない。ただ、何かが物足りない。残念ながら、全体的にやや散漫な印象はぬぐえなかった。


原題 TOURNEE
製作年 2010年
製作国 仏
公開日 2011年9月24日

監督 マチュー・アマルリック
脚本 マチュー・アマルリック、ラファエル・ヴァルブリュンヌ
撮影 クリストフ・ボーカルヌ
美術 フレデリック・ブリュム
出演 マチュー・アマルリック、ミミ・ル・ムー、キトゥン・オン・ザ・キーズ、ダーティー・マティーニ、ジュリー・アトラス・ミュズ、イーヴィ・ラヴェル、ロッキー・ルレット

☆☆☆☆4
(サ)

テーマ : 映画レビュー
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プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

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映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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