一円でも安く買うことと成熟した消費者

ギリシャやイタリアの経済危機、TPP問題、先進国での格差社会への反発デモ、中国にはびこる拝金主義などなど、世界のあらゆるところで行き詰まっている資本主義社会と自由競争について考える。

アメリカ経済の行き詰まりをアメリカの消費者が「未成熟」であることに起因していると内田樹氏は指摘している。

内田樹ブログ

「すべての人間は一円でも安いものを買おうとする(安いものが買えるなら、自国の産業が滅びても構わないと思っている)」という価値観から来ていると一円でも安ければそちらを買う、というのは、私の定義によれば「未成熟な消費者」ということになる。
「成熟した消費者」とは、パーソナルな、あるいはローカルな基準にもとづいて商品を選好するので、消費動向の予測が立たない消費者のことである。

資本主義は「単一の商品にすべての消費者が群がる」ことを理想とする。
そのときコストは最小になり、利益は最大になるからである。
けれども、それは「欲望の熱死」にほとんど隣接している。
商品の水位差がなくなり、消費者たちが相互に見分けがたい鏡像になったところで、世界は「停止」してしまう。
資本主義はその絶頂において突然死を迎えるように構造化されている。
私たちは現に「資本主義の突然死」に接近しつつある。
その手前で、この流れを止めなければならない。
それはとりあえず「消費者の成熟」というかたちをとることになるだろう。
「パーソナルな、あるいはローカルな基準によって、予測不能の消費行動をとる人になること」、資本主義の「健全な」管理運営のために、私たちが今できることは、それくらいである。


成熟した消費者がいれば、一円でも安く買うという消費行動ではなく、地元の八百屋さんから野菜を買い、シャッター商店街が増えずにすむというわけだ。先日「ガイヤ夜明け」で、野菜の目利き達人の八百屋さんや、老人たちへの宅配をして町の憩いの場になっている八百屋さんを紹介していた。

競争力をあげること、能力主義的再編、社会的流動化。本当に、それで社会は豊かになったのだろうか。中間層が減り、格差が広がっただけではないだろうか。

「無能な既得権益の受益者」の問題は確かに存在している。電力会社や官僚機構、そして農業も大きな改革が必要だろう。

ただそれら既得権益団体を叩き潰すことと、自由競争の正義とは別の問題だと思う。自由競争とは、結局は強いものが生き残る社会だ。

アメリカのように自由診療が取り入れられ混合診療が進めば、高度な医療技術で、金持ちだけが手術を受けられる世の中になってしまう。

市場を過度に信用すべきではない。国にとって、市場を優先するより国民を守るために必要なものがあるはずだ。市場のグローバル化とは、強いものの価値基準に統一されてしまう社会だ。ネット社会が英語に席巻されたように。価値基準は地域によって違うべきだし、さまざまな文化や価値が地域ごとにあるべきだ。その多様性をわれわれは失ってはならない。

慶大教授の金子勝さんが、頑張って発言していますが、野田首相はどういう決断を下すのでしょうか。

金子勝(慶大教授)TPP 米国が行っているのは近隣窮乏化政策
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経済効率化とTPPと大切にすべきもの

ヨーロッパの旅番組などの映像を見ていると、必ず出てくるのがマルシェのような市場だ。新鮮な野菜が昔どおりに対面販売で売られている。ヨーロッパでは、地元の食材を守る食文化が維持されているんだなぁと思う。

一方アメリカなどの先進国では、経済効率を求めて、巨大スーパーが流通に大きな役割を担っている。経済効率優先の時代、果たして食料もまた効率化を推し進めればいいのだろうか。人件費を削減し、遺伝子組み換え作物を推進し、手間がかからない農業を模索する。農業も工業のように大規模化、機械化を進め、流通の効率化をはかれば対面販売のマルシェや手作りの野菜などなくなるだろう。大量生産、大量消費の一律な食品。

しかし、一方で健康ブームのなかで、有機栽培も付加価値を高めて見直されている。ほとんどの大量消費農作物と一部の富裕層のための値段の高い健康にこだわった手作り農作物。でも庶民にとっては、日々安いものを買わないと生活できない。

何を食べているのか知らないことは、やっぱり怖い。食べることは生きることと密接に関わっている。毎日食べる食料は、安ければいいというものではない。効率化だけで、食の問題を考えるべきではないのは自明だ。そして、国民の食料を確保することは国の責任だ。安全保障的観点から考えないと、30億に達した人口増加、水害や干ばつなどの気候変動による飢饉など世界的食糧難問題と日本は無縁ではない。

TPPのことがとても気になる。なぜ推進派はアメリカ追随ばかりするのだろうか。日本の食料の安全保障は確保されるのだろうか。アメリカよりも日中韓の自由貿易協定やEUとの貿易協定の方が、日本と立場が近いだけに交渉の意味はあるのではないだろうか。アメリカは雇用と輸出を増やしたいだけだし、TPPに加盟しても日本の輸出産業がそんなに増えるとも思えない。安全や環境保護など、さまざまな規制がアメリカ基準になるだけだ。非関税障壁といわれる規制が取り払われ、アメリカ基準でどんどん輸出攻勢をかけてくるのは目に見えている。保険や金融もルールが変わっていくだろう。グローバル化といいながらも、強いものの価値基準を押し付けられるだけではないか。

日本の農業は、稲作、小麦、ビート(砂糖)、大豆などの土地利用型農作物は、アメリカやオーストラリアのような巨大な大規模農地がある国とでは勝負にならない。狭い日本の農地では効率化に限界がある。また、牛肉、乳製品などにも大きな影響がでる。それらの農家がみんな野菜農家に変わっても、値崩れが起きるだけだ。そして主食である米や多くの農産品が外国からの輸入に依存する率が高くなる。

もちろんJAの体質や補助金依存体質からの脱却、後継者問題も含めて日本の農業の抜本的改革は必要である。国際競争力を高め、付加価値を高める努力はもっと必要だ。その議論とTPPを一緒に論じるべきではない。問題は、どうすれば自由貿易を進めながら、農業を守り、発展させていけるかだ。消費者が、高くても国産の農産物を買い支えられるかの意識の問題もある。その差額を国がどこまで埋められるか。

アメリカで、いま、地方の新聞がダメになっているらしい。地方都市で取材空白地帯が生まれているという。広告費が地方新聞では削減され、地方都市の記者が消えている。だから官庁などチェック機能が低下しているという。地道に取材活動をする記者は、ネットでは育っていないらしい。ネットは、どちらかというと新聞やテレビが伝えたことを広めることや口コミの拡散が得意だ。メディアの基本は地道な取材活動であることに今も昔も変わりはしない。

自由競争、経済効率化がすべて正しいのだろうか。経済格差拡大が社会問題化する中で、資本主義社会の行き詰まりがあちこちで指摘されている。

効率化だけではない地域のあり方、地域で必要な食やエネルギーやメディアのあり方を考えること。自由という美名の下に誤解されている「自由貿易」の落とし穴に、そろそろ気づく時が来ているのではないだろうか。先進国では少なくとも、経済規模がこれ以上発展しないところまで来ている。人口は増えない以上、消費は減り、経済は縮小していくばかりだ。ヨーロッパもアメリカも日本も同じだ。

経済という意味では、中国やインドなど新興国の市場拡大に、どうやって関わっていくか、そこにしか発展の道はない(ベトナムへの原発輸出など論外だ!)。一方で、経済発展ばかり追いかけるのではなく、地域の社会に合った仕組みづくりが求められているはずだ。

一方、中国の競争社会は凄いと聞く。学歴、偏差値など徹底したスパルタ教育を推し進め、海外に出て行ける人材育成に躍起だ。そして、拝金主義はすさまじく、袖の下といわれる賄賂が横行していると聞く。メディアでさえ、お金をもらって取材を取りやめることもあるらしい。金こそすべての世界だ。

中国人は強くたくましい。最近テレビでよく見かける中国でのブログが大人気の日本人青年の話によると、中国人は他人を気にしない。自分のことばかりだという。だから格差についてもそれほど気にしていないのだという。自分さえ良ければよくて、他人はどうでもいいのだ。だから、日本のようなイジメや陰湿な無視はないらしい。一方でケンカは激しいと言う。怒鳴りあいのぶつかり合い。自己主張が強く、競争心や対抗心を燃やし、見栄を張るのだという。話を聞いていると、とても日本人では太刀打ちできないような気がする。そんなしたたかな中国とどう付き合っていくのか、これからの課題だ。

世界はグローバル化し、ギリシャの債務危機によるヨーロッパ問題も、アメリカの不況と格差問題もタイの洪水も、中国やインドなどの出来事もすべて日本と関わっている。自由化の流れは押し留められないかもしれない。グローバル化され、より緊密につながり、狭くなった世界。しかし、市場や国家に過度に依存しない、地域のつながりのある社会を目指し、守るべきもの、大切にすべきものを見失わないようにしないと、すべては均一化され、強いものばかりが生き残る社会になってしまうかもしれない。

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TPP システムからの脱却 誰かのために

われわれは、韓国のあとを追いかけるべきなのか?
TPP参加に意欲を示す経団連と野田政権。
日本は置いてきぼりを食らうのか?

「宮台真司がTPPやむなしの意見を反対に変えた理由」は示唆的だ。

<宮台真司がTPPやむなしの意見を反対に変えた理由>

社会学者の宮台真司氏の著作は読んだことないのだが、音楽家・小林武史との対談を読むと、彼の思考が辿れて、共感できる内容だった。ちょっと長いので、興味ある方はどうぞ。「世界の手触りを失うな」
<世界の手触りを失うな」小林武史×宮台真司>

宮台真司氏によると「スローフードはロハスと違うのだ」という。
スローフードは「食の共同自治」の問題で、「ソーシャルスタイル」だが、「ロハス」は個人的嗜好の「ライフスタイル」にしか過ぎない。

「うまい、速い、安い」もいいけど、それだと地元商店が潰れ、地元農家が潰れて、自立的経済圏が崩れて、町の人間関係や街並みや文化や匂いまで失われてしまうから、「うまい、速い、安い」を追求する個人的選択肢は放棄しよう。そういうのが、ソーシャルスタイルとしてのスローフードの呼びかけだったはずです。別の言い方をすると、ライフスタイルは、資本主義的な市場への盲従的依存ですけど、ソーシャルスタイルは、仲間の絆が失われないように資本主義的な市場に是々非々でどう対処するべきなのかという話なんですよね。だから、まず「ライフスタイルからソーシャルスタイルへ」っていう話をリアルに理解してもらうための仕掛けが必要です。


そこで彼は、消費や投資をする経済的主体が「社会にいいことをすると儲かる」と思えるようにする必要性を説く。「共同体自治を支援するような投資」がマネーゲームのプレイヤーになるような税制や補助金の提案が大切なのだ、と。

つまり「便利」や「快適」よりも深いところに「幸福」があって、「幸福」よりもさらに深いところに「尊厳」があるってことが分からないといけません。「快適」で「便利」だけど「幸福」じゃないこともあるし、「家族の幸せを満喫している」けど「何か物足りない」っていう実存の問題が人間にはありうるわけです。ところが、日本人はこのことに鈍感です。


かつて宮台真司氏は「終わりなき日常をまったりと生きろ」と言った。
彼は今、「不可能性を知りつつ、絆を求めて生きろ」と語る。

すべてがフラット化した街。渋谷も新宿も同じような街になり、90年代に入り危険な場所は除去され、スキマや余剰は消去された。

空間からあらゆるスキマや余剰を消去してフラット化することで、子供たちは幸せになるのか。何もかもを行政に「依存」することで、僕たちは幸せになるのか。違うでしょう。自分たちで自分たちをハンドリングする「自立」なくして、強度はなく、幸せもあり得ません。ノイズやリスクを消去した環境こそが子供には良い、といった思い込みの延長線上に、東京都の条例改正にみられるような有害メディア規制があります。


「システムに依存した社会」からの脱却。スーパーフラットな街が自明だと、余剰やスキマのない環境、ノイズやリスクのない環境で育つことは、ノイズレスな〈システム〉への「依存」が当たり前になること。

便利」と「快適」があれば大丈夫というのは短見で、実はそんなことでは人は「幸せ」も「尊厳」も得られません。似た話で、「絶対安全」な堤防や原発を作れば大丈夫というのは短見で、実はそんなことでは人は自分も社会も守ることはできません。むしろ社会は、そこそこ不便、そこそこ不快、そこそこ危険なのが良いのです。

社会が「そこそこ危険」であれば、僕らは自明性に「依存」せず、危険に対処する知恵を獲得し、「自立」できる。さもないと、僕らは「依存」した結果、「世界の手触り」を失うんですよ。

日本ではあらゆる主体が中央行政に依存しすぎ、「任せる政治」になっています。原発事故の問題も、「任せてるんだから、もっとちゃんとやれ、原発なんか使うな」という話に短絡している。そうじゃなく、「任せていられない、自分たちでファンドを作って、地域電力会社を引き受けます」という具合に、自立した「引き受ける政治」が必要です。


「世界の手触り」を失わないように、地域ごとに自立したシステムをどう構築できるか?巨大な「システム」に依存するのではなく、自分たち同士の顔が見える「食の共同体自治」「エネルギーの共同体自治」を築くこと。


長くなってしまったが、僕がいつも意見を参考にする内田樹氏が格差問題についてこんなことを書いている。
<内田樹の研究室>

格差が進行している最大の理由は「社会上層にいる人間たち」がその特権を自分の才能と自己努力に対する報酬であり、それゆえ誰ともわかちあうべきではないと信じ込んでいる点にあります。

人間が努力をするのは、それが「自分のため」だからではありません。「他の人のため」に働くときです。ぎりぎりに追い詰められたときに、それが自分の利益だけにかかわることなら、人間はわりとあっさり努力を放棄してしまいます。「私が努力を放棄しても、困るのは私だけだ」からです。でも、もし自分が努力を止めてしまったら、それで誰かが深く苦しみ、傷つくことになると思ったら、人間は簡単には努力を止められない。自分のために戦う人間は弱く、守るものがいる人間は強い。これは経験的にはきわめて蓋然性の高い命題です。「オレがここで死んでも困るのはオレだけだ」と思う人間と、「《彼ら》のためにも、オレはこんなところで死ぬわけにはゆかない」と思う人間では、ぎりぎりの局面でのふんばり方がまるで違う。

日本の若者が非活性的なのは、「自己利益の追求に励め。競争相手を蹴落として社会上層に這い上がれ」というアオリが無効だったからです。


人は「誰かのために」何かをする時に強くなれる。「自分のため」に頑張るのではない。自由競争による格差社会が問題なのは、「自分ために」に勝ち抜くという価値観に問題があるのだ。地域の公共性や絆の問題が、深く必要とされている価値観なのだ。

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TPP 食と命のつながり

映画や本の話題ではないのですが、いま政治的に問題になっているTPPと「食」についてひとこと言わせてください。

「食」の問題は、単純な経済だけの問題ではないと思うのです。安ければいいという問題ではないと言うことです。

まず食べることは自然とのつながりにおいて命をいただくということです。
自然に感謝しつつ、私たちは生かされていることは言うまでもありません。
金で食糧なんか何とかなるというのは傲慢な考え方です。自然とのつながりにおいて、その循環の中で人間は生かされていることから逃れることはできません。

そして「食」は農業者の問題ではありません。消費者自身の問題です。何を買い、何を食べるかという問題は、どう生きていくかということです。

一方で、関税が撤廃され貿易が自由化されることによるメリットもあるでしょう。輸出していくことで、あるいはモノや金や人が動くことによって経済が活性化される部分もあるでしょう。

ただ、TPPに参加を表明している国で、日本が輸出できそうなGDPの大きい内需依存度の高い国はアメリカとオーストラリアぐらいです。あとの国は、日本に人材を輸出したかったり、農産物を輸出したい小さな国ばかりです。アメリカはすでに自動車産業は現地生産に転換しているから、日本の輸出はそんなに増えないと言われています。そして関税を撤廃してアメリカは安い農産物を日本に輸出したいのです。つまり、TPP参加はアメリカが喜ぶだけなのです。貿易自由化を考えるなら、日本はそれぞれの国とFTAで条件付きでメリットを探りながら、個別交渉をしていくべきなのです。

農産物が自由化されれば、国内農業では高く売れるものしか作らなくなります。野菜とか。乳製品や小麦や大豆や砂糖やコメの生産者は激減するでしょう。農業がどうなっていくかは、これから国がどのような農業政策を行っていくかにかかっています。

世界的人口増加や食糧危機などの不安を考えると、自国で食糧を自給できないことがどれだけリスクを抱えるか誰にもわかることです。食糧問題は、国の大切な危機管理の問題です。食べることは命をつなぐことなのですから。

「第三の開国」と言って管首相は、貿易自由化(開国)を推し進めています。そこには右肩上がりの経済成長への幻想が産業界にいつまでもあるからでしょう。経済が行き詰まり、日本の人口は減っていて、これから経済は縮小していくしかないのに。いつまでも経済成長の夢を捨て切れないのです。

農業の就農者は高齢化し、減反により耕作放棄地も広がっていく中で、農業のあり方をもう一度見直すべき時に来ているのは間違いありません。法人化や農地の効率的な運用、兼業農家の問題など、保護するだけではなく、自由化に向けて強い農業を作っていくべきなのは言うまでもありません。農業をやりたい人が増えないと、国の未来はないからです。

この関税撤廃、自由化の流れはある意味で世界的な時代の流れで、防ぎようがないのかもしれません。問題は、消費者に国内の農産物を買い支える意識があるかどうかなのです。安い輸入品が入ってきても、消費者が国内農産物を日本の農業を守るために、買い続ける意識があれば自由化にも負けないはずなのです。

要するに貿易自由化は農業者の問題ではなく、消費者の意識の問題なのです。
ヨーロッパの国々は高くても自国の農産物を買い支える意識が高いと聞きます。スイスでは60円もする自国の卵が20円の輸入の卵に負けてはいないそうです。自国の農家を守るために、スイスの消費者は高い卵を買うのだそうです。そこには生産者と消費者の確かな信頼関係があるのです。

「食」の問題は、自然と命の問題です。そして絆、つながりの問題でもあるのです。

経済効率優先の考えの下では、自国の農業は潰れます。広大な農地で大量生産できるアメリカやオーストラリアの規模に日本の農業は、限られた産品以外は太刀打ちできません。付加価値のつく高く売れるものだけ作っていればいいのでしょうか?手に入らないものはお金で買えばいいのでしょうか。「食」は自国民の命の問題です。備蓄や複数国との関係だけで、本当に食糧は維持できるのでしょうか。日本は工業国だから、農業はいらないのでしょうか。地方の田畑は荒れ地になっていいのでしょうか。

TPPについては、さまざまな意見があると思います。ただ僕は、今の政府の貿易自由化の進め方に疑問を感じます。僕がいる北海道は日本の食糧基地であり、TPP参加による影響は大きいと言われていて、今大きく揺れています。

食の未来を考えることは、私たちの命の未来を考えることでもあるのです。

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プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

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映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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