グローバリズムの落とし穴

グローバリズムってなんだろう?と考える。貿易自由化の流れ、金融・資本の世界市場化、交通手段が発達して世界が近くなった、インターネットで情報化が進んだ・・・などなど考えられる要因はいっぱいある。世界的な経済の発展とともに避けられない事態ともいえる。ヨーロッパの金融危機は、日本にも大きな影響を与えるし、アラブ革命だって石油価格に影響が出る。どこかの国が異常気象で干ばつになれば、小麦価格が影響される。良くも悪くも、これがいまの現実だ。ただ、グローバル化ってこのまま進めるだけいいの?とも思う。

たとえば、南太平洋の小さな美しい島で、独自の文化を守りながらささやかに暮らしている民族がいるとしよう。そこに経済自由化の波が押し寄せたらどうなるか。当然、その島の固有の文化は失われ、島は観光地化され、巨大資本が島に入り、ホテルが建ち並び、道路が整備され、コンビニさえできてしまうかもしれない。グローバル化っていうのはそういうことだ。世界各地の固有の生活・文化が、同じように平準化されることではないだろうか。強い力によって。豊かで便利な社会。効率的で豊富なモノが溢れ、交通手段が便利になり、時間は節約される。でも、それは高度に文明化された側からの価値観でしかない。果たして、便利でスピーディーで豊かな物資に囲まれることが、その土地に暮らす人々にとって必要なことなのかを考えなければならない。それが個々の社会や文化などの生活を守ることだ。グローバリズムは必ずしも正しくはないのだ。なんでも自由化すればいいってもんじゃない。

フランスに行ったとき感じたのは、コンビニやファーストフード店や自動販売機が少ないことだ。フランスは独自のカフェ文化を築いてきた。外国資本からそのカフェ文化を守ろうとしているのだと思った。確かにコンビには便利だ。いつでもなんでも手に入る。だけど、本当に必要なのか。街がコンビニの風景とともに均一化してはいないか。路地裏の商店街だったり、馴染みの魚屋さんや八百屋さんが減ったのは、郊外型のスーパーの乱立によるものだ。巨大資本が弱小商店街を駆逐する。強いものが勝つのは、自由競争では当然の帰結だ。生産効率を上げ、人件費を削り、売り場を拡張し、大量生産して単価を安くする。地方のシャッター商店街は、その結果だ。

農業を産業として強くしろ!と言う。もちろん、農協のあり方も含めた規制を緩和し、自由競争によって世界市場に勝てる強い農業は必要だろう。やる気のある農業者が、どんどん世界に勝負していける環境づくりは必要だし、若い人たちが農業で儲かる仕組みをつくる必要があるだろう。そうしないと就農人口は増えない。

だが一方で、農業は経済効率を推し進めるだけでいいのか?と疑問を持つ。米や果物、肉や野菜や加工品など、アジアや世界市場で付加価値をつけて勝負できるものはいい。一方で、世界の市場で勝負にならないものもある。麦や砂糖や豆などは、巨大な農地面積を持つ国には勝てない。あるいは、大規模化できない農業もある。大規模化して、機械化し、人件費を減らし、生産効率を上げることが農業の本当の姿なのか。農業製品は工業製品とは違う。効率化すれば、大量生産で品質が落ち、安全性にも疑問が出てくるかもしれない。有機農法など手間をかけて、値段が高くても売れる農作物はまだいい。しかし、ほとんどの農産品は、そこまでの付加価値はつかない。輸入品とそんなに差はない。つまり世界市場に太刀打ちできないのだ。農業は儲けるために作物を作っているのではなく、人々に食べさせるためにつくっているからだ。食は生きる基本だ。輸出に貢献できて、付加価値をつけて儲かる農業は、どんどんやればいいと思う。だけど、それが全てではない。

農業は生きていく上での循環のひとつだ。土から作物を作り、食べ、排泄し、それを土に返し、豊かな土を作る。あるいは草を育て、動物を飼育し、命をいただき、感謝をし、堆肥を土に返し、土を育てる。人間が自然に生かされているという営みの循環のひとつ。農業は産業にならなくていいと思う。農業が廃れ、外国の食糧に依存することなく、地域で作られ、地域で食べられる。それが維持できればそれでいいのだ。農業のGDP比率が1.5%と低くてもそれでいいのだ。農業は、国民の食料を確保するためにあるのだ。GDP比率が低いからと言って、全くそんなことは関係ない。農業は国民が生きていくための基本の営みとしてあるのだ。農作物は、金で買えればいいというものではない。

グローバル化で豊かで便利になることもあるだろう。だけど、グローバル化や経済効率化とともに、大切なことを失ってはならない。大切なものを奪ってはならない。われわれは、これまですでに多くのものを失っているのかもしれないのだから。


スポンサーサイト

テーマ : 独り言
ジャンル : 日記

橋下徹が嫌いだ!

橋下徹が嫌いだ。

日本人は「争いごとを好まない、争いとなると腰抜けになる、なるべく波風立てないでやりすごそう」という事なかれ主義が多く、はっきり自己主張せずに空気ばかり読んでいる傾向にある。だから、既得権益にしがみついて、組織が硬直化したまま変わらない。官僚の硬直化も槍玉に上がる。そういうところにもってきて、橋下徹は、過激な主張で構造改革を迫る。大阪都構想。小泉純一郎とよく似ているのだ。郵政民営化も「自民党をぶち壊す」も、ハッキリしない日本人の中にあって注目を浴びた。わかりやすいフレーズ、過激な自己主張と変革への意志。そういうものが期待感を持って受け容れられ、歓迎されるのだ。彼なら、この閉塞した社会を変えてくれるかもしれない・・・。

石原慎太郎や、名古屋の河村たかしも同じだ。強いリーダー待望論。そういう日本人の曖昧さが危険なのだ。強いリーダーに何かを期待し、その空気に流される。

橋下徹は、既得権益へのパッシングによって民意をひきつけ、強い支持率に支えられて「独裁」の必要性を叫ぶ。彼の主張は「イエス」か「ノー」かという二者択一に集約されるのだという。自分の価値観と異なる人間は「敵」と見做し攻撃する。平松市長によれば、対話が成立しないのだと言う。

地方の閉塞感にうんざりした市民は、単純化された強い言葉に惹き付けられる。「地方政治の劇場化」だ。公務員や地方議員を執拗に攻撃し、「高給取り」として憎悪の感情を煽る。それが構造改革と結びつき、大阪が都になれば、無駄が削減され社会は住みやすくなるという幻想を抱かせる。

しかし、物事の単純化は危険だ。空気に流されず、じっくりと一人ひとりが考え、議論をすることからしか何も見えてこない。独善的な主張ではなく、他者の意見に耳を傾けることからしか対話は始まらない。大阪のW選挙がどうなるのかが気になる。

テーマ : 独り言
ジャンル : 日記

世界の行き詰まりと秋の風

北海道は夏が終わり、もうすっかり秋の風です。

さて、世界はいろんなところで行き詰っています。

緊縮財政策と失業者の増加が若者たちの怒りに火をつけたのか?イギリスの暴動は、黒人だけではなく白人も暴動に加わっていたという。仕事を持たない低所得者の若者たちだけではなく、中産階層の子弟も便乗して暴動に加わっていたと言われている。なにか苛立つような不満と暴力的な空気が若者たちに蔓延しているのか。

ノルウェーの連続テロ実行犯のことがいろいろ報道されているが、単なる極右やキリスト教原理主義者の一個人の狂気では片付けられない事件のような気がする。ヨーロッパがアラブ化されてしまう危機感からの反イスラムへの思いが、移民化を受け容れるノルウェー労働党の青年部のサマーキャンプが攻撃対象になった。彼もまた時代の申し子なのか。偏狭な人種差別とナショナリズム。寛容さを人々が失い出した。

ギリシャ経済破綻を受け、ヨーロッパが行き詰まっている。アメリカも財政赤字で行き詰まっている。そして、日本も震災と原発事故と財政赤字と政治の混迷で行き詰まっている。

高岡君や「まんべくん」のようにネットはちょっとした政治的発言ですぐ炎上する。過剰に怒りが増幅される。苛立ちがネットに溢れる。
日本の場合はデモや暴動に発展しないが、自殺の増加や暴力事件、苛立ちの空気は広がっている。

世界が行き詰っている。経済成長が終わり、政治も混迷している。特に先進国は先行きが見えない不安を抱えている。日本はその最先端を行っているのかもしれない。
そしてその結果、寛容さが失われている。

いったい未来に希望はあるのか。

どん詰まりの今だからこそ、何かを考え直さなければいけない時のような気がする。
人を受け容れること、人を認めること、人とのつながり、地域的コミィニティ、社会的包摂のことを考える。

秋のような澄んだ青空を見上げながら。


先日、もう16年ほど前に一緒に仕事をした歌手の二葉あき子さんが96歳で亡くなられました。美しい声の持ち主で、戦後その美しき高音の声を失った時の哀しみ、それでも歌い続けたこと、広島で列車がトンネルに入った瞬間だったからこそ助かった原爆体験、いろんな話をうかがいました。

彼女のご冥福を祈り、戦後の名曲「夜のプラットホーム」をお聴きください。服部良一の名曲です。
夜のプラットホーム 二葉あき子

テーマ : 独り言
ジャンル : 日記

感情表現と多様性の魅力

海江田経産大臣の涙について、内田樹氏が興味深い意見をブログに載せていた。

内田樹の研究室 感情表現について
(興味ある方はこれを読んでください)

簡単に抜粋すると・・・

感情とは、心の内面にあって、それを身体表現に外化することではない。例えば、「怒り」という感情は、怒っている人間の表情や声の出し方や身ぶりを模倣することによって内面化し、学習される。
他人の身体表現の模倣に熟達するにつれて、子どもたちの感情は深まり、多様化する。

感情とは、観客の必要な社会的記号だと言うのだ。
自分の内面には「そんな感情」がなくても、それを演じているうちに「そんな感情」が自分のうちにも、自分を見ている人のうちにも生まれてくるのである。
だから、他人の内面をダイレクトに操作しようと願う人間-つまり、「政治的な人間」-は、演技的な怒りや演技的な悲しみや演劇的な苦悩に熟達するようになる。

石原慎太郎や橋下大阪府知事の「怒り」は、衆人の耳目を最優先させる戦略なのだ。共同体において「怒っている人をそれ以上怒らせないこと」は、共同体の安全のための人類学的ルールなのだ。

そこから「子どもらしく/大人らしく」「男らしく/女らしく」ふるまわなければならないという社会的規範がどれほど人の心を抑圧し、傷つけているかについて、私たちは飽きるほど聴かされてきたという話に展開する。

「らしく」の呪縛からの解放が必要だと僕も考えてきた。規範から自由になり、「自分らしく」あればいいのだ、と。確かにそういう抑圧的側面もあるだろう。だけど、「らしさ」を身につけることで「感情の成熟」が出来る。身体表現や思考が多様化し、深められるのだ。

「感情の学習」を止めて、「自分らしさ」の表出を優先させてゆけば、幼児期に最初に学習した「怒り、泣く」といった「原始的感情」だけを選択的に発達させた人間が出来上がる。

つまり「感情を抑制できない」人が増え、「過度に感情的であることの利得」を得ようとする人たちが増えるのだ。そして「大人のいない社会」になるのだと内田樹氏は指摘してる。


ここから僕は、先日の「アンドロイド演劇」の平田オリザ氏と石黒浩氏の対談を思い出す。

「演じ分けること」・・・このことこそ人間の豊かさであり、その総体として「自己」があるのだ、と。「男らしさ」「父親らしさ」「上司らしさ」、それ以外にもいろんな顔があっていい。時には意外な顔も。それぞれのシチュエーションで、その役割を演じ、それぞれの感情を熟成させていく。その多様性こそ、その人の魅力ではないのか。
貧しい人ほど一面的だ。いろんな「顔」を持っている多様性にこそ、その人の魅力があるような気がする。

テーマ : 独り言
ジャンル : 日記

組織の縄張り意識と個の従属

昨日、NHKで「グリコ・森永事件」をドラマで捜査場面を再現し、ドキュメンタリー的に警察関係者の証言で構成している検証番組を興味深く見た。
あの事件の「かい人21面相」を取り逃がしたのは、大阪府警と滋賀県警の連携のなさがすべてだったことがよくわかった。大阪府警があれだけ、キツネ目の男と接触しながらも犯人グループを一網打尽することばかり考えて、捕り逃がした捜査本部の方針の愚かさ。その捜査方針にやむなく従わざるを得なかった現場刑事たち。自ら考え行動することを禁じられている日本の組織的な捜査の限界を感じるが、最大の問題点は、それぞれの「縄張り意識」だ。大阪府警と滋賀県警が情報を共有し、連携していれば、きっと犯人は捕まっただろう。見ていてイライラするほどだった。

日本の組織は縦割りで、個人の考えは組織に従属する。九州電力の「やらせメール」問題のように、組織を守るために、社員は嘘を平気でつくし、組織の利害がすべてだ。個人の考えは組織の方針の前では無力なのだ。その組織的な個人こそ、日本人的な会社人間である。

さらに、それぞれの組織が「縄張り意識」を持ち、お互いが協力できない。組織やグル―プができると、必ず対立や争いが起こる。つまらない「縄張り意識」は、ヤクザも警察も政治も同じだ。政局の派閥やグループ闘争も官僚と政府の対立もすべて同じだ。組織の力学が個人の考えに優先される。どんな会社でも、縦割りになりがちで、横の連携が出来なかったりする。うちの会社でも同じだ。自分が属している組織をまず優先する。そこから離れて、大きな視野がなかなか持てない。目先のことばかり考え、近視眼的にどんどんなっていく。大局的に、未来を見据えた大きなビジョンが持てない。組織を超えたビジョンを持てないのだ。

「人間は自分が見ることを欲望しているものしか見ない」と言われる。「原発はを安全だ」と我々は考え、それ以上疑うことをしなかった。「原子力の平和利用」と言葉を信じ、思考を停止した。それは、我々が考えなかったのではなく、考えたくなかったのだ。原発が危険であることを知っているからこそ、それ以上考えたくなかったのだ。疑うことを自らに抑圧したのだ。考えたくないから考えない。見たくないから見ない。人間は欲望に忠実なのだ。脳は簡単にだまされる。

中国の列車事故報道は、「中国の情報統制はひどい。日本はやっぱりまだマシだ」と安心したい日本人の欲望が垣間見られるような気がする。日本だって原発問題では同じなのだ。

組織や縄張り意識を超えて、どれだけ遠くを見据えながら、自らを客観視して、冷静に考えられるか。同じ空気ばかりになる日本的思考に疑いを持ち、安易に同調せずに疑い、考えつづけることこそ必要なのだ。

テーマ : 独り言
ジャンル : 日記

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
121位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
49位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター