悪夢を希望に・・・物語を信じて、いま

「世界で唯一つの被爆国」なのになぜ日本は原発を推し進めたのか?という外国人の疑問に対して、「被爆国だからこそ」だったという話が新聞に載っていた。日本の原発史を紐解く中で、「被爆国だからこそ」破壊的な戦争兵器になる原子力を、「平和的に」利用すれば人間にとってとても有益な未来のエネルギーになるという逆説にみんなが飛びついたという話だ。被爆への「呪詛」のようなものがあったからこそ、逆転の発想によって「悪魔の物語」を「未来の光の物語」に変えられると信じたのだ。「悪夢」を「希望」に変える。「モノは使いよう」、「使い方さえ間違えなければ」いいという考え。素晴らしい逆転の物語だ。資源の少ないこの国の希望の光になるという「素晴らしい物語」をみんなが信じたかったのかもしれない。様々な困難を切り拓いてきた人間の科学の力への絶大なる信頼がそこにはあった。だから原発推進派に取り込まれた科学者の言葉を信じたのだ。

科学の力は未来の希望の力だった。不可解なる自然をコントロールし、「死」さえも乗り越えようとする現代の科学や医学。人間の力への信頼。しかし、いつしかそれは人間の驕りへとなっていった。遺伝子組み換えやクローン技術。人間はどこまで行こうとしているのか。科学の新しい発見も「使い方」次第だ。人間が手におえない新しい科学技術が次々と開発されつつある。理解不能なものを科学的に解明し、理解していくこと。それはそれで必要なことだ。しかし、なにが「正しい」のか、どう使うべきなのか?しっかりと考えなければいけない時代になっている。

そして安易な「物語」に騙されてはいけない。「物語」は人間に希望と力を与えるが、一方で「物語」の力に取り込まれて、冷静な判断力を見失うこともしばしばだ。宗教やイデオロギーという「大きな物語」もそんな力の一つだ。「原子力の平和利用と安全神話」もそういう「物語」のなかで人々は思考停止に陥った。地球温暖化を食い止める「CO2削減」という「環境保護」の物語に「原子力発電」はうまく乗っかった。

「物語」に乗っかることは、とても気持ちがいい。とてもスッキリする。だけど、その「物語」をもう一度あらゆる角度から疑い、検証しなおすことも必要なことなのだ。

武田徹氏の『原発報道とメディア』(講談社現代新書)が、マスメディア、ネットメディアの問題点を指摘していて興味深い。この本については、後ほどまた書きます。
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イタリアも脱原発へ・・・日本はいつ舵を切るの?

ドイツ、スイスに続いて、イタリアも脱原発に舵を切った。

冷静に考えれば当然のことだ。その当然のことが、なぜできないのか?
ここには、目先の利益や効率や組織の利権が関わっている。
組織の渦中にいると、いつの間にか、遠くを見渡せなくなってくるのだ。

先日、札幌で開かれたフォーラムで、今最も忙しいとも言われる自然エネルギーの第一人者、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏の話を聞きにいく。

よく原発推進の原子力村を太平洋戦争時の日本の軍部と比較されながら語られる。同じ構造をしているのだと。つまり、一度方向が定まると、誰も「全体像を考えなくなる」ということだ。「戦争ありき」で進んでいくと、目の前のレンガを積んでいくだけ。ひたすら、与えられた任務を遂行していくその勤勉さ。上の立場になればなるほど、無能で臆病でダメになる。空気を読んで、場をなだめる人ばかりが上に立場になり、思考停止オヤジになるというのだ。だから、全体像か語られないまま、誰も止められない。

政治とは、メンツを保つことだと言われる。メンツを潰さないことが大事。思考停止の中で、合理性が歪められていく。学者の責任、メディアの責任もある。そして、未来に向けた「全体像を考える」ことは、政治家の責任だ。

映画『100,000年後の安全』を観た。フィンランドで世界初の高放射能核廃棄物を地中深くに埋めるため、巨大な地下施設を作っているドキュメンタリーだ。その絶望的な巨大プロジェクトを目の当たりにすると、とても空しくなる。不毛ともいえる穴を掘り続ける作業を延々と続ける作業員たち。こんな原始的な方法でしか、高放射能廃棄物を処理できない。しかも10万年後の未来まで、掘り起こさないで封印するという無謀な計画。10万年後って、いったいどれだけ未来なのか?再び地球に氷河期が訪れて、さらにその先の地球の未来にまで、われわれは放射能の危険を封印しなければいけないのか?そんな厄介なものを生み出し続ける原発の効率性って一体なんなんだろう?

世界は自然エネルギー開発へとどんどん進んでいく。第四のエネルギー革命。グリーン・ゴールドラッシュとも言われる時代に日本は乗り遅れるのか?これだけの技術力がありながら。

菅おろしで政界は混乱が続いている。そこには、経産省や電事連などの原発推進派の思惑も動いているとも言われる。仙石さんは、原発輸出に熱心だったしね。自民党の推進派と一緒に揺り戻そうとしているのでしょうか。

高速増殖炉「もんじゅ」だけで毎年200億、六ヶ所村再処理工場もお金ばかりかかって、ちっとも進められない。プルサーマル計画だって、まるで現実性がない。高レベル廃棄物処分はいったいどうやろうというのか。福島原発の汚染水は溜まり続けているし、使用済み核燃料はプールに溜まり続けている。

段階的に未来に向けて、原発をどう止めて、自然エネルギーをどういう方針で開発していくのか、発送電分離や全量買取制のスタートはいつやるのか。そろそろちゃんと方向性を出して欲しいんだけどなぁ。

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未来の夢のエネルギーだった原子力

「3.11大震災をどう乗り越えるか」というフォーラムに先日行き、作家・池澤夏樹氏の講演「天災と人災」を聴いてくる。池澤氏の講演を要約すると・・・。

多くの災害を経験してきた日本人にある「無常」の観念。すべては動き、すべては変わり、時にすべては奪われる。それでも日本人はその変化を受け入れて生きてきた。
ただ福島原発事故は人災だ。やたら安全だという形容詞で必要以上に修飾する原発パンフレット。それは安全でないことを知っていたからだ。核エネルギーは異質なものであり、原子と分子の世界とは違うもの。人間が永遠に封じ込めることなど出来ないもの。その安全神話を日本人はこれまで信じるフリをしてきたのだ。そして、いま、北海道から流れを変えよう。風力をはじめとする豊富な自然エネルギーで、原発を段階的に止めていこう・・・というような内容だった。

パネルディスカッションは、そのほか科学ジャーナリストの柴田鉄治氏、北大大学院教授、社会哲学・経済思想が専門の橋本務氏などが参加した。

このフォーラムで面白かったのは、原発の歴史についての話だ。

1950年代に手塚治虫が「鉄腕アトム」を書き、原子力は未来の夢のエネルギーと思われていた。人類の希望だった。原子力は、マイナスから出発した。原子力爆弾という破壊的な戦争兵器としてまずは生まれたのだ。しかし、1954年、世界初の原子力発電所がソ連で平和利用目的でスタートした。1957年、日本では東海村で原子炉が臨海となった。原子力を戦争という暴力=悪にではなく、正義の力として平和利用すれば、未来の夢のエネルギーになると誰もが信じた。マイナスからの出発が逆作用を起こしたのではないかと科学ジャーナリストの柴田氏は指摘する。

1970年の大阪万博では、原子炉の火で開会式をしたのだという。原子力の平和利用という言葉に誰もが騙され、危険性をメディアも指摘しなかった。今でも廃棄方法さえ見つからない原子力。しかし、当時は夢の未来エネルギーとして原子力は多くの人々に歓迎されていたのだ。

1979年スリーマイル島事故が起きて、やっと安全対策が見直されるようになった。それまでは絶対安全なのだから、防災対策すらしなかった。

これはある意味では水俣病問題とも似ている。日本は工業化によって高度経済成長を推し進め、走り出した日本というブルドーザーを誰も止めることができなかった。公害などの環境問題が社会問題化されたのは、1960年代後半から19770年代にかけてだ。科学技術はずっと経済の発展と結びついてきた。しかし、必ずしも「科学技術の発展が人を幸せにするとは限らない」ということを知った。

北大教授の橋本務氏は言う。日本人は天災に慣れている。これまで様々な災害を乗り越えてきた。だから敗戦もまた、天災と同じように受け止めたのではないか。「一億総懺悔」して戦争責任を抽象化したのだ。だからドイツのように戦争責任を厳しく自ら追及することをしなかった。原爆を落とされるまで、負けるとわかっていた戦争を誰も止められなかった。

原発もまた同じように、誰も止めなられなかった。事故後の対応を見れば、責任の所在がいかにあやふやであるかがわかる。日本人は強い個人の力で社会は動かない。いつも集団の利害を大切にし、和を尊び、集団や組織の力学の中で個は埋没し、社会が動く。逆に言えば、組織に異を唱えれば、個人は組織から外されていくのだ。原子力村のように。

藤田省三氏の『安楽への全体主義』という本があるそうだ。不安なものは見たくないという考えだ。安楽な暮らしへの欲望。不快なもの、不愉快なものから目を背けて生きる全体主義。また、丸山真男が言うことろの「無責任の体系」。「全体への献身」「全体への同一化」。集団への服従を強制され、競争原理によって支配されるため、自分が追い落とされないためには、集団の規範や行動に従わざるをえない。横並びの競争を強いられているうちに、いつしか物事を決断し、自己責任への自覚を失っていく。

このような日本人の精神的土壌が、もしかしたら原発の推進を止められず、無責任体制を作り上げてしまったのかもしれない。かつて未来のエネルギーとして礼讃した時代も、同じようにみんなが同調した。原子力の平和利用という言葉に、未来を信じた。安全神話を疑わなかった。あるいは、組織への同一化のもとで安全への疑いは抹殺されてしまった。誰の責任というものではなく、なんとなくみんなで同じ方向に進んでしまう日本の社会。

だからこそ、全体への同一化しないようにしながら、批評的視線がいつだって必要なのだ。

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節電と追いかける犬

やっと我が家の梅の木も満開である。
北海道は梅も桜も全部一緒に咲くので、今が花のピークである。
毎年生えてくるアスパラもニョキニョキ出てきました。
春の息吹を感じる季節です。
まだちょっと肌寒い天気が続いてるけどね。
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この夏の節電はどうなんでしょうね。
節電をみんなで協力し合うというのは、悪くないと思うんですよ。
もちろん何不自由ないことにこしたことはないのですが、困っときに助け合う心は、今回の災害で「希望」でした。『災害ユートピア』の本の話を書いたけれど、どこかで誰かのことを考えて生きるということは、とても大切なことなんだろうと思うのです。

それなのに、こんな記事が出ました。
「計画停電」はヤラせだった・・・という東京新聞の記事です。
計画停電はヤラせ?

真実のほどはよくわかりませんが、電力会社に地域独占をさせておくのは、こういう面からも問題かもしれません。

ネットで評判を知ったETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」を
見る。原発事故直後から丹念に放射能汚染調査を続けている科学者に密着したドキュメンタリーだ。いかに政府の対応が後手にまわっているかをハッキリと
映像で検証した素晴らしい番組だ。

ラスト、汚染地域に置いてきたワンコが飼主の車を必死に追い続ける姿が目に焼きつく・・・。きっと餓死してしまうだろうと思った飼主は、少しでも生きのびられるように、首輪を取れるようにしたのだ。エサをあげで車で家を後にすると、車を必死になって追いかける犬の姿が…。
「ネットワークでつくる放射能汚染地図」


先日、何回か仕事で知床に行った番組が今度の日曜22日午後4時から放送されます。
TBS系列13局ネットなので、見られない地域もあるかもしれません。
「奇跡の流氷~オホーツク海が生み出す命の源」

僕はちょこっとタレントまわりのロケを手伝った程度ですけれど。
流氷の世界は、とても別世界で美しく見ているだけで癒されます。

原発でアタフタとしている人間たち。
一方で自らの命を紡ぐことに必死な動物たち。
ともに地球という自然の中でつながっているのです。

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問題の未来に先送りするのではなく、未来に責任を

昨夜、震災後の社会を考えるフォーラムを聞き札幌時計台に行く。
北大の教授で政治学者として有名な山口二郎氏と社会学者の大澤真幸氏だ。

大澤真幸氏は、「偽ソフィーの選択としての原発問題」と題して興味深い話をしてくれた。レベッカ・ソルニットの『災害のユートピア』を紹介しながら、災害地では人間は利他的(他者のために動く)になるという。略奪や強盗が起きて生存競争が置き、「自然状態」(トーマス・ホッブス『リヴァイアサン』)のようになり、人間は利己的になると思われているが、実は「友愛コミューン」とも呼ぶべき、助け合いの美しいつながりが生まれるという話。ニューオリンズのハリケーン・カトリーナの時でさえ、人々は実際には助け合っていたのだと。今回の東日本大震災では、それは顕著に現われ、世界的にも助け合いの「希望」が示された。それこそが「災害のユートピア」であると。

しかし、人間の命を危険に晒す原発問題で、<脱原発>を目指すべきなのは自明の倫理的結論でありながら、なぜか現実はそうではない。それはなぜなのか?という問いについて語っていた。

哲学的難題「ソフィーの選択」とは、ユダヤ人であるソフィーはガス室送りのために二人の子供のうち、どちらかを選ばなければいけないという究極と選択を迫られる。兄か弟か、そんな選択は誰にだって出来るわけがない。

しかし今の原発問題は、「子供」を選ぶか、「エアコン」を選ぶかというような単純な問題のはずである。誰もが自明な選択である「子供を選ぶ」ことが出来ないのはなぜか。それは原発問題とは、「1000年後の子供」か「現在のエアコン」か?という選択だからだ。原発は今の問題でありながら、未来の問題なのだ。だかしかし、「現在のエアコン」をわれわれは手放せない。人とは未来の問題は先送りにしてしまいがちなのだ。今の便利さや今の豊かさを享受することと未来の安心を考えること、それを間違って選んできたから、今の原発問題がある。

リスク社会とは、いつでも「想定外」を呼び寄せる。「想定外」とは、知識や技術が足りなかったから、「想定外」なのではなく、「わかっているけれど信じていなかった」から、「想定外」なのだ。可能性はわかっていても、「そんなこと起きるわけがない」と信じなかったから。「知」と「信」の間には大きなギャップがある。

1000年に一度かもしれない未来の破局の可能性に向けて、どの程度の準備をすればいいのか?もはや中途半端な準備など意味がない。

今の問題だけではなく、未来に向けた世代を超えた責任をどう担えるのか?それが政治的にも社会学的にも大きな課題だと語られてフォーラムは終わった。

菅首相は、思い切った決断で「浜岡原発」の停止を訴えた。たぶん政財界の根回しをしていたら潰されていただろう。彼のフライングなのだと思う。それでも、このフライングこそが、新たな一歩なのだ。

浜岡原発が停止すれば、夏の電力不足や景気の低迷やその影響など、話し合いが足りないと批判される。でも批判するだけでは何も変わらない。批判されても前に進み出すビジョンがなければ、潰されて終わりである。

未来のことを語るのは、いつても理想論で「現実の利害」の前では後回しにされる。しかし、「今」と「未来」とをどう結びつけて語るかが、今こそ問われているような気がする。

※参考  
大澤真幸「浜岡問題の隠喩的な拡張力」

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
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<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
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2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
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    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
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    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
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<日本映画>
    1、ディア・ドクター
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    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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