「映画 夜空はいつも最高密度の青色だ」石井裕也

(C)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会
これがキネ旬のベスト1か?とも思うが、良く出来た映画であるのは間違いない。若い二人の閉塞感が大袈裟な物語ではなく、日常を見つめる中で描かれている。「何か嫌な予感がする」という漠然とした不安。東日本大震災、原発事故を経て、若い二人に未来の希望はない。広がる所得格差、新宿や渋谷での雑踏と孤独、スマホばかり見つめる人たち、腰を痛めて失業する先輩(田中哲司)や仕事仲間の突然死(松田龍平)・・・などなど、決して明るい未来は描かれない。「生」よりも「死」の気配が満ちている日常。
どこにでもいそうな石橋静河がいい。美人でもなくブスでもなく、昼は看護師、夜はガールズバーで働き、失業中のパチンコ三昧の父のために実家に仕送りをする。工事現場で働く池松壮亮と同じく、どこか無表情で不機嫌。誰かと仲がいいわけでもなく、楽しそうでもない。無口と過剰な饒舌さは、二人とも共通しており、その不器用な人との関係は、いつでもしっくりこない。石橋静河の母は田舎で自殺したことがほのめかされ、彼女が働く病院は死といつも隣りあわせだ。日常の死。死の哀しみもすぐに忘れてしまう。そして池松壮亮の先輩は突然死し、隣のインテリ老人も孤独死して腐乱死体で発見される。道端の子犬は保健所に送られ、殺される。殺された犬の火葬場の煙が空に立ち昇り、桜の花びらが舞うアニメが挿入される。世界に「死」は満ちており、その「嫌な予感がする死」の気配から、逃れることはできない。
象徴的に街頭で歌う女が登場し、東京の孤独を歌い、「ガンバレ」と呼びかける。池松壮亮の閉ざされた半分だけの視界。彼が彼女のもとに唯一本気になって走る場面がいい。田中哲司が片想いのコンビニのおねぇちゃんのもとに浮かれて走るように、どうなるか分からないけれど「走ってみること」、結果など気にせず動いてみること、やってみること、そのことが唯一の希望なのだと映画は語っている。わかりきった閉ざされた未来でも、まずは「走ってみること」、「一緒にいること」からしか何も始まらない。町を漂流する二人の単純な恋愛映画になっていないところがいい。あくまでも孤独と閉塞感の中からしか、浮き上がることなどできない。明るい未来などどこにもないけれども、昨日よりましな朝を二人で迎えられれば、この街で生きていくこともなんとかできる・・・そんな映画だ。
製作年 2017年
製作国 日本
配給 東京テアトル、リトルモア
上映時間 108分
監督:石井裕也
原作:最果タヒ
脚本:石井裕也
プロデューサー:有賀高俊、土井智生、五箇公貴
撮影:鎌苅洋一
照明:宮尾康史
美術:渡辺大智
編集:普嶋信一
音楽:渡邊崇
キャスト:石橋静河、池松壮亮、松田龍平、市川実日子、田中哲司、佐藤玲玲、三浦貴大
(ヨ)
☆☆☆☆4
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「光」 大森立嗣

今年は同じタイトル「光」で、河瀬直美監督の映画もあるが(未見)、こちらは三浦しをん原作で、大森立嗣監督の作品。大森立嗣監督は、舞踏家、麿赤児の息子で、俳優の大森南朋は弟。「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」、「まほろ駅前多田便利軒」、「かぞくのくに」、「さよなら渓谷」、「俳優 亀岡拓次」など佳作、力作が多く、特に「ケンタのジュンとカヨちゃんの国」は暴力描写も含め、傑作だ。
三浦しをんの原作は以前に読んでいた。東日本大震災が起きる数年前に書かれた、津波で島の多くの人々が亡くなり、生き残った子供たちのその後の物語だ。
三浦しをん「光」
ほぼ原作を踏襲して映画は作られている。大森立嗣のこれまでの映画と同様、この作品も力強く、人間の闇と暴力を描いた佳作だ。オープニング、島の大きな木が映し出され、そこにビートの効いた切迫した音楽が流れてくる。ジェフ・ミルズの音楽がいい。大きな木、自然の荒々しさと強さ、力のようなものが感じられる。そこには人間が持っている闇、暴力の不吉さも暗示させている。津波という圧倒的な自然の暴力とそれ以上に根深い人間の闇。
少年時代の島での生活。信之という中学生の少年と篠浦未喜という少女。二人は神社の片隅でしばしば抱き合う関係のようだ。島の自然と少年たちの性の目覚め。そして、父親に虐待されている年下の幼い輔という少年が、信之の後を追いかけるようにして慕っている。そんな3人が、ある事件を共有する。そして、その後やってきた津波で家族も島の生活も、すべてを失う。
物語は、25年後、過去を閉じ込め市役所で淡々と生きている信之(井浦新)とその妻南海子(橋本マナミ)とその娘の3人家族の描写へと移っていく。どこにでもある日常。古い団地。しかし、その家族にも何やら不吉なものが忍び込みつつある。保育園に娘を預け、どこかに向かう妻、南海子の歩く後ろ姿が長く映し出される。安アパートでの若い男とのセックス。彼女の満たされぬ思いは、どこにあるのかが次第に浮かび上がっていく。そして、浮気の相手である若い男が、あの島での少年、輔(瑛太)であることがわかり、物語は封じ込めた過去が、輔によって再び現在へと炙り出されていくのだ。女優として有名人になった篠浦未喜こと中井美花(長谷川京子)のもとにも、輔から手紙が届く。過去に引き戻される3人。封じ込めた暴力の闇が再びうごめき出す。
信之は美喜を求め、抜けられなくなり、輔は信之を求めて、抜けられなくなる。封じ込めて生きてきた過去の亡霊。しかし、美喜は、誰も信じられず、何も感じられなくなり、近寄ってくる男を利用するだけの女になっていた。信之に助けられたとさえ思っていない。「助けて」ともあの時言わなかったと冷たく言い放つ。輔は、父の暴力の現実から逃れるために、小さい頃から信之を求め、信之に助けて欲しかった。しかし、信之は見て見ぬふりをした。その少年期の想いが、大人になって、複雑な愛憎関係へと屈折していく。誰かの必死に求めている瑛太演じる輔の存在がせつない。井浦新は、無表情に自らの心を封印し、長谷川今日子も誰も信じられない寂しい女を好演している。意外だったのは、妻役の橋本マナミが妖艶な空っぽさを見事に演じていたところだ。4人のそれぞれの闇の深さが見事に描かれている。愛と渇望。犯されながら少年を見ていた少女は笑っていたのか。女の魔性ぶりが妖しく、わからない謎として描いているところも、大森立嗣監督ならではの視点だ。
「ケンタのジュンとカヨちゃんの国」
「さよなら渓谷」
製作年 2017年
製作国 日本
配給 ファントム・フィルム
上映時間 137分
監督:大森立嗣
原作:三浦しをん
脚本:大森立嗣
撮影:槇憲治
照明:野村直樹
美術:黒川通利
編集:早野亮
音楽:ジェフ・ミルズ
キャスト:井浦新、瑛太、長谷川京子、橋本マナミ、南果歩、平田満
☆☆☆☆4
(ヒ)
「南瓜とマヨネーズ」冨永昌敬

誰にでもある不器用な青春期の疼き。懐かしくもあり、恥ずかしくもあり、痛々しくもあり、せつなくもある。自己顕示やプライド、強がりばかりで、直情的で、自分でも止められないバカなことをする。人を傷つけ、傷つけられ、自己嫌悪に陥るそんなあの頃が描かれている。青春期の3人の男女、ツチダ(臼田あさ美)、せいいち(太賀)、そして色男のハギオ(オダギリジョー)の物語。薄汚い中年男・安原役で、バイプレイヤーとして大活躍の光石研がハマっている。
原作が魚喃キリコ(なななんキリコ)の漫画。『blue』、『strawberry shortcakes(ストロベリーショートケイクス)』など映画化作品も多く、等身大の女性目線での漫画は定評がある。岡崎京子とは違った意味での才能、シンプルな絵のタッチは林静一の「赤色エレジー」を思い出させる。
みんな不器用でバカなのがいい。主役のツチダは、鬱陶しいほどに自分の「好き」を押し付ける女。臼田あさ美が、あまりパッとしないダメ女を見事に演じている。ミュージシャンとして成功してほしい同棲相手のせいいち(大賀)のために、せっせと風俗店で働き金を稼ぐ。男に貢ぐ女。「せいいちはお金のことを心配しないで、家で曲を作って欲しい」と彼のために奮闘する。せいいちは、そのツチダの想いが重荷になっていく。ツチダが中年男の愛人にまでなってお金を稼いでいたことを、せいいちに知られて咎められ、二人の間に距離が生まれる。そんな時に、昔、好きで夢中になって追いかけた色男のハギオに出会う。この享楽的な軽い男をオダギリジョーが好演。昔の想いを取り戻すように、ハギオに夢中になって、三角関係に悩み、自己嫌悪するツチダ。
せいいち役の太賀が、ラストの自作の歌を唄う。その太賀の歌の上手さ、声の良さにビックリ。彼のバンド仲間への自己顕示欲の描き方や、ツチダに浴室越しに別れを切り出す場面の演出などがいい。微妙な距離感。そして、ラストの歌。彼女と横断歩道で別れる場面の素っ気なさなど、二人の距離感がなんともニクい。ハギオのバイクがトラックに積まれてなくなってしまう場面のツチダの感情、ラストのせいいちの歌を聴く涙と別れのシーン。3人のそれぞれの微妙な感情が見事に描かれて、無理なハッピーエンドや感情に流された演出じゃないところが好感が持てた。なんだか懐かしくて、ちょっとせつなくて疼くような感じ。好きな映画です。
製作年 2017年
製作国 日本
配給 S・D・P
上映時間 93分
監督:冨永昌敬
原作:魚喃キリコ
脚本:冨永昌敬
プロデューサー:甲斐真樹
撮影:月永雄太
美術:仲前智治
編集:田巻源太
キャスト:臼田あさ美、太賀、浅香航大、若葉竜也、大友律、清水くるみ、岡田サリオ、光石研、オダギリジョー
☆☆☆☆☆5
(カ)
「8年越しの花嫁 奇跡の実話」瀬々敬久

試写会で観ました。TBS出資映画でレビューを書くのは『ビリギャル』以来かな。難病モノでブライダルもので、奇跡の実話は以前もあった(『抱きしめたい』)し、お涙頂戴のハッピーエンド恋愛企画に目新しさを感じなかったので、正直、期待していなかった。ところが、この映画、侮るなかれ、よく出来ています。さすが、職人監督、瀬々敬久。この監督は、『64ロクヨン』や『感染列島』などのメジャーな娯楽映画を撮る一方で、『ヘブンズストーリー』や新作の『最低。』、『菊とギロチン 女相撲とアナキスト』(新作2本は未見だが楽しみ)などという作家性の強い個性的な作品を作っている骨のある監督だ。そして、脚本はテレビドラマ界では最も安定感のある岡田惠和ということで、作り手がまずしっかりしている。そして好青年を絵に描いたような佐藤健、さらに難病のヒロインに挑戦した土屋太鳳。杉本哲太、薬師丸ひろ子、北村一輝、浜野謙太などが脇を固めている。
積極的でアクティブなヒロインが好青年と出会い、婚約して幸せ絶頂の時に、突然倒れる。卵巣がんで出来た抗体が脳を攻撃したと説明されるが、あまり例がない突然の難病に襲われる。実話なので、なんとも皮肉な人生というしかない。幸せの絶頂から地獄への転落。昏睡状態がしばらく続き、婚約者の尚志(佐藤健)は、両親からもう見舞いに来なくていいよと言われる。彼の人生を寝たきりの病気の娘から解放してあげたいという親心だ。そこから、この二人のドラマが始まる。
車での二人のドライブから一人で走るバイクへ。そして、雨、携帯動画メールが効果的に使われている。恋愛とは、「一人で相手を想う時間」が必要なのだ。それは二人で一緒に幸せの時間と同じぐらい貴重な時間なのだ。それぞれ、一人でいる時間。その時に想う相手への気持ち。その恋い焦がれる想いの積み重ねが、愛を育てる。それがないと、関係はどうしても薄っぺらなものになる。彼は、彼女の記憶が失われたことで、別れて暮らす決意をする。小豆島で一人で暮らしながら、想う彼女への想い。一方、彼女が病気から回復するとともに、失われた記憶と葛藤しつつ、彼の携帯動画メールを通じて、彼への想いをもう一度、募らせていく。
恋愛モノには必ず障壁が必要となる。物語の枷(カセ)だ。携帯電話が広まり、すれ違いもなくなり、何でも自由になってしまった今の時代、恋愛の枷は作りにくい。だから、ワンパターンの病気(ガンなどの死や難病もの、記憶喪失もの)とか、タイムスリップとか、入れ替わりとなどの非日常的(SF的)な枷がよく使われる。そういうパターンの映画ではあるのだけれど、難病をことさら悲劇として、泣かせようとして描かずに、離れている一人一人の孤独をしっかりと描いているところがいい。孤独に相手を想う恋愛のシンプルな強さを思い出させてくれる映画だ。
製作年 2017年
製作国 日本
配給 松竹
上映時間 119分
監督:瀬々敬久
脚本:岡田惠和
製作総指揮:大角正、平野隆
撮影:斉藤幸一
照明:豊見山明長
美術:三ツ松けいこ
編集:早野亮
音楽:村松崇継
主題歌:back number
キャスト:佐藤健、土屋太鳳、北村一輝、浜野謙太、中村ゆり、堀部圭亮、古舘寛治、杉本哲太、薬師丸ひろ子
☆☆☆☆4
(ハ)
「彼女がその名を知らない鳥たち」白石和彌

人間というものが、いかにゲスでくだらなくて愚かな存在であることを再確認する映画。汚くて下劣ぶりを発揮している阿部サダヲ、イケメンのつるっとしたゲス男ぶりが見事な松坂桃李、打算的なクズ男としてこれまたピッタリの竹之内豊、そして共感度ゼロと宣伝コピーにもある嫌な女、十和子を演じた蒼井優。みんな素晴らしい。チョイ役ながら不気味な存在感があった醜悪なエロじじい国枝を演じた中嶋しゅうも良かった。そんなクセモノ揃いの役者たちを見事にまとめあげた白石和彌監督の演出力もいい。『凶悪』でもピエール瀧、リリー・フランキー、山田孝之などの個性を見事に引き出していた。
「共感度0%、不快度100%、でも、まぎれもない愛の物語」というキャッチコピーがついているように、共感できない下劣で弱く愚かな人間たちばかりが登場する。ラストにそれなりの展開があり、ネタバレになるので多くは語れないが、愛の物語であるのも確かだ。ただ、いびつで歪んだ愛とでも言おうか・・・。人は孤独で哀しい。それでも人を愛することを止めない。それだけが、生きる力にもなるのだから。
映画の前半に、クレーマーである十和子(蒼井優)に、百貨店の時計売り場のイケメン主任・松坂桃李が自宅に替わりの時計を持って来る時、いきなり彼女にキスをする場面がある。この強引とも言える突然のゲスな展開に、ついていけるかどうかが映画鑑賞の分かれ目のような気がする。そこから映画は一気にゲスで下劣な展開になっていく。お互いの「孤独」が惹かれ合ったと、あとで述懐する松坂桃李だが、やはりあの展開は無理があるような気がする。いかに十和子がイケメンに弱く、物欲しそうな顔をしていたとしても、松坂桃李が性欲まみれの軽薄ゲス男だとしても。ただ、男と女が結びつくのは、そんなものなのかもしれない。もう一人のクズ男、竹之内豊が、車に十和子を乗せたのも、そんな「孤独」が惹き合ったとして描かれる。性愛の欲望を中心に、どんどん自分を見失っていく男と女。そんなことも含めた愛の愚かさこそを自覚するためにも価値のある映画かもしれない。
原作とどう違うか分からないが、時間軸を含めた展開の構成も良かったと思う。
製作年 2017年
製作国 日本
配給 クロックワークス
上映時間 123分
監督:白石和彌
原作:沼田まほかる
脚本:浅野妙子
撮影:灰原隆裕
照明:舟橋正生
編集:加藤ひとみ
音楽:大間々昂
キャスト:蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、村川絵梨、赤堀雅秋、赤澤ムック、中嶋しゅう、竹野内豊
☆☆☆☆4
(カ)