「アリゾナ・ドリーム」エミール・クストリッツァ

ジョニー・デップが若い。『俺たちに明日はない』でカッコ良かったフェイ・ダナウェイは、年老いてしまったけどこの映画で、神経質で若い男とセックスばかりしている女を演じているが、とてもいい。ヴィンセント・ギャロは、映画好きの色男で変な存在感を示し、リリー・テイラーが自殺願望のあるカメ好きの変な女を好演。役者のそれぞれの存在感が、エミール・クストリッツァ的世界で生かされていて面白い。
とても奇妙な映画である。アラスカのエキスキモーの犬ぞりのシーンから始まる奇跡の物語。それは赤い風船とともにニューヨークで魚を数える仕事をしているアクセル(ジョニー・デップ)の夢であったことが明かされる。そして、映画の舞台は彼の故郷の不毛な大地のアリゾナヘ。
旧ユーゴスラビア、サラエボ出身のエミール・クストリッツァが描いた「アメリカン・ドリーム」だ。エクセル(ジョニー・デップ)はアラスカで魚のオヒョウを釣り上げる夢を持ち、少年時代の彼の英雄である叔父レオ(ジェリー・ルイス)は、キャデラックを売り続け、アメリカンドリームを信じていた。友のポール(ヴィンセント・ギャロ)は、映画の中の台詞をそらんじ、俳優になることを夢見ていて、奇妙な色気のある未亡人エイレン(フェイ・ダナェイ)は空を飛ぶことを夢見ている。また娘のグレース(リリー・テイラー)は、自殺願望が強く、カメになることを夢見ている。そんな奇妙な登場人物たちのそれぞれの夢。
それぞれの関係が微妙にずれながら移り変わってくところが面白い。ヴィンセント・ギャロとフェイ・ダナウェイの関係から、ジョニー・デップとの関係へ。そして、娘のリリ・テイラーとの関係。そんな男女の不安定な関係を描きつつ、クストリッツァお得意の動物たちは相変わらず。犬や豚やカメが登場し、空を飛ぶシーンが大きな要素を占める。さらにりリ・テイラーがストッキングで自殺しようとするシーンでも、お得意の上下運動の宙ぶらりで笑える。
成長すると目が片方に寄って、自分の片側が見えなくなるオヒョウ。夢見ることは、どこかで何かが見えなくなる。キャデラックは時代遅れの大型車となり、夢の残骸のように積み上げられる。ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』のケーリー・グラントをヴィンセント・ギャロに真似させるシ-ンは最高。アメリカ映画へのクストリッツァの夢も盛り込まれている。鶏のように雄叫びをあげながら母性を求めるように女の夢につきあうジョニー・デップも初々しい。
奇妙でおかしな夢にとりつかれた登場人物たちで繰り広げられる少し哀しいドタバタ騒ぎ。現在の完成されたクストリッツァの世界とは一味違うアメリカの荒野で撮られたこのフィルムは、どこか中途半端な夢の残骸なれど、それぞれの役者たちの奇妙な存在感が印象的な映画でした。
製作年度: 1992年 不毛の地アリゾナを舞台に奇妙な登場人物たちが織りなす、人間喜劇
監督: エミール・クストリッツァ 製作総指揮: ポール・R・グリアン
脚本: デイヴィッド・アトキンス 音楽: ゴラン・ブレゴヴィッチ( ロック・グループ ホワイト・ボタン)
キャスト: ジョニー・デップ/ジェリー・ルイス / フェイ・ダナウェイ / ヴィンセント・ギャロ / リリー・テイラー / ポーリーナ・ポリスコワ
☆☆☆☆☆5
(ア)