「戦火の馬」スティーブン・スピルバーグ

母馬から生まれる仔馬。そして少年アルバートと仔馬の出会いが美しいイギリスの田舎の風景とともに描かれる。この映画はジョーイと名付けられた馬の物語である。馬があくまでも主役だ。人間たちは脇役だ。
美しさに魅せられた父が思わず買ってしまった馬。だから、サラブレッドなのに農耕馬にさせられ、岩だらけの土を耕し働かされる。第一次世界大戦となりイギリスとドイツが戦争になると、今度は軍馬として戦場に駆り出され、ドイツ軍に突撃していく。一緒に速さを競った黒馬トップソーンと戦場の友のようにその後いつも一緒にいることになる。なんとか生き残り、ドイツ軍の馬となるが、若きドイツ兄弟兵士の脱走に利用され、兄弟は銃殺される。2頭の馬はフランスの風車小屋に匿われる。それをフランス農夫と若き娘が発見し、しばし馬を可愛がり世話をする。戦場ばかりの映画にあって、ホッとするシーンだ。しかし、再びドイツ軍がやってきてドイツ兵の手に渡る。そして過酷なほど重い大砲を運ばされ、黒馬のトップソーンは怪我をして殺されてしまう。戦車に追い立てられたジョーイは、ドイツ軍から逃げ出し、ひたすら戦場を走る。この馬の疾走場面が何とも美しく感動的だ。美しき馬は走るために存在する。ひたすら速く。
しかし、戦場の有刺鉄線が体に絡み付き動けなくなってしまう。ドイツ軍とイギリス軍がにらみ合う戦場の中間地帯で力尽きて倒れるジョーイ。この馬を救うためにドイツ軍、イギリス軍兵士が一人ずつやってきて、一時的停戦状態になる。やや図式的な設定だ。美しき馬は国家の対立も国境も越えるという訳だ。そして鉄線が解かれ、コイン・トスでイギリス軍に戻ってきたジョーイ。戦場で生き延びた奇跡の馬として。そんなジョーイも怪我をして殺されそうになるところを、従軍して怪我をしていた少年アルバートとの再会がクライマックスとなる。
ラスト、アルバートがジョーイにまたがって夕陽の丘をシルエットで、故郷の我が家に戻ってくるシーンは、まさに西部劇のラストだ。人と馬が一体化した美しさがそこにはある。『E.T』の少年とETが空を駆ける自転車のシーンのようでもある。
馬には、国籍も国境も関係ない。美しい馬は、だれが見ても美しく、誉めそやされ、大切にされる。経済も宗教も国家も、美しい馬の前では平等だ。宇宙人であった特別な存在「ET」がこの映画では「馬」なのである。特別な存在は、上下関係や対立関係を超えてしまうのだ。
戦争という過酷な時代において、馬はさまざまな人々の手に渡り、人々の心を慰め、癒し、友となる。この美しき馬は人々への「贈り物」なのだ。馬を通じた幸福な「贈与のつながり」がこの過酷な戦場で行われるのだ。父から息子のアルバートへ。そしてイギリス軍将校へ。さらに、ドイツ兵の若き兄弟、フランスの農夫の娘、ドイツ軍の馬好きの兵士、そして戦場で馬を有刺鉄線から解いてやる英独兵士、そして獣医やフランスの農夫を経て、再びアルバートもとへ。
ドイツ軍もイギリス軍も戦場も関係なく、馬は大地をひたすら疾走する。それが馬の美しさであり、本能だ。スピルバーグは、『激突』でデビューして以来、走り続ける疾走感を描いてきた。危機をくぐり抜け、戦いや友情や絆や勇気や愛とともに。そこには、ジョン・フォード以来のアメリカ西部劇の活劇の伝統が根付いている。西部劇といえば言うまでもなく、馬がその戦いの躍動感、疾走感を支えてきた。そんなアメリカ映画の原点に立ち返ったような馬へのオマージュを込めた映画だ。
原題 War Horse
製作年 2012年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 147分
監督 スティーブン・スピルバーグ
原作 マイケル・モーパーゴ
脚本 リー・ホール、リチャード・カーティス
撮影 ヤヌス・カミンスキー
美術 リック・カーター
衣装 ジョアンナ・ジョンストン
編集 マイケル・カーン
音楽 ジョン・ウィリアムズ
キャスト:ジェレミー・アーバイン、エミリー・ワトソン、デビッド・シューリス、ピーター・ミュラン、ニエル・アレストリュプ
☆☆☆☆4
(セ)
tag : 戦争