「ダゲレオタイプの女」黒沢清

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死の気配に満ち満ちている映画だ。黒沢清が全編フランスでロケし、フランスのスタッフと俳優を使って撮った映画。黒沢清のフランス版『岸辺の旅』である。死者とのの交感という意味では、106歳で亡くなったマノエル・デ・オリヴェイラの『アンジェリカの微笑み』を少し思い出した。死の気配に満ちた不安な映画は黒沢清の真骨頂である。素晴らしい恍惚感と美しさだ。

装置や空間が黒沢清の映画にあっては、とても重要だ。フランスのパリ郊外の再開発地域にある古い屋敷が舞台だ。ダゲレオタイプの写真撮影アルバイトの面接に来たジャン青年とともに観客は屋敷を訪れる。重く大きな門、そして案内された吹き抜けのロビー。そこでジャンが待っていると、カメラがゆっくりパンをし、キィーという音ともに扉がゆっくりと開く。誰もない部屋。さらにふと階段を見上げると、青いドレスの女が立っており、ゆっくりと階段を上がっていく。ゾクゾクとする始まりだ。

さらにダゲレオ写真を撮るための大ぶりなカメラ装置。170年前の銀板に焼き付ける形の世界最古の撮影手法を再現している芸術家ステファン。そして長い露光時間のため、モデルを固定させる拘束器具。美しいモデル(娘のマリー)が拘束される場面はSM的な倒錯美だ。ジャンが拘束器具をつける時のマリーの甘美な吐息。そして、屋敷の庭の温室と植物。その植物を死へと至らしめる水銀を入れるタンク。ダゲレオタイプの写真は、美しき生や美を銀板に閉じ込める。そして永遠を手に入れる。モデルは120分も拘束器具で固定され、一種の仮死状態にさらされる。生の美しさと死がこの屋敷では日常的にせめぎ合っているのだ。そして、ステファンの妻は温室で首を吊って自殺したという。ステファンは、そんな妻の幽霊に日々悩まされている。

死が生を覆いつくしている古い屋敷で、物語は静かに進行する。狂気の芸術家の父ステファンとモデルのマリー。亡き妻の身代わりとなっている娘マリーと父との関係は、近親相姦的な倒錯性もある。そして、マリーは植物をする。植物園の就職面接で、マリーは植物のことを「動きは見えないけれども、根を張って環境を支配する」と語る。植物の目に見えない力。それは、ダゲレオタイプのカメラと拘束器具の力でモデル支配するステファンに対して、マリーや亡き妻たちの側に植物がある。それは生に対する見えない力=霊(死)の力でもある。

長時間露光の撮影が終わり、眠気に襲われていたジャンがマリーの拘束器具を解くと、マリーが気を失って倒れる場面がある。この人形のような動きに死の気配が宿り、観客はドキッとする。さらに、地下の写真スタジオ倉庫の階段を青いドレスの亡き妻の霊が上がっていく。それを追いかけるステファン。さらに、娘のマリーもその階段を上がっていくのだが、カメラは階段に固定されたまま動かない。やがて、一瞬の砂ぼこりの後、マリーが壊れた人形のように階段を転がり落ちてくる。カメラは階段の上で何が起きたのか、何も映さない。ただ階段を映すのみなのだ。まさに、階段が映画の主役であるかのように。

階段から落ちたマリーを死んだと思った父ステファン。まだ生きているとマリーを抱えて、車で病院に向かうジャン。しかし、夜の川のそばで、ジャンはマリーを車の後部座席から投げ出してしまい、マリーの姿が闇に消える。必死の探すジャンの前に、スッと立ち現れるマリーの姿。このシーンのマリーの描かれ方もスゴイ。やがて何ごともなかったかのように「家に帰りましょう」と言うマリー。観客は、マリーは死んでしまったのか、まだ生きているのか分からないまま、物語は進行していく。さらに屋敷を売らせるためにジャンはステファンに、マリーが死んだことをそのまま信じさせ、秘かにマリーと暮らすことにするのだ。どこからが死なのか不明なまま、さらに嘘で死を覆い隠し、生が営まれていく。生と死の境界が混沌としたまま、観客は最後までこの曖昧な物語につきあうことになる。

電車でマリーと屋敷に帰る場面、車で一緒に旅をし、モーテルに泊まるマリーとジャンの道行きは、『岸辺の旅』そのものである。朝、モーテルの壁にマリーが立っている場面も不気味だ。マリーが随所で見せる人形のような振る舞いに観客は死を感じ取る。

そばにいるのに、その存在が確かなものとして感じられない感覚、あるいは「見えないもの」に支配されている感覚、生きることの不安と不確かさ、あるいは芸術や映画そのものに潜む死の力、そんなものがこの映画には充満している。そして、それを装置や空間を通して、黒沢清を不気味に描き出すのだ。


原題 La femme de la plaque argentique
製作年 2016年
製作国 フランス・ベルギー・日本合作
配給 ビターズ・エンド
上映時間 131分
監督:黒沢清
脚本:黒沢清
プロデューサー:吉武美知子、ジェローム・ドプフェール
撮影:アレクシ・カビルシン
美術:パスカル・コンシニ、セバスティアン・ダノス
衣装:エリザベス・メウ
編集:ベロニク・ランジュ
音楽:グレゴワール・エッツェル
キャスト:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリビエ・グルメ、マチュー・アマルリック、マリック・ジディ、バレリ・シビラ、ジャック・コラール

☆☆☆☆☆5
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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映画にまつわる雑文です。
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