「やさしい女」ロベール・ブレッソン

やさいい女

ロベール・ブレッソンの初のカラー作品。『少女ムシェット』もラストに少女がぐるぐるぐるぐる坂を転げるようにして川で自殺してしまうお話だったけど、この若い妻(ドミニク・サンダ)も自殺してしまう。そして、その死体を前に残された夫が、妻との過去を振り返りながら、二人の生活を使用人に語り続ける映画なのだ。死体がずっとベッドに横たわっており、死の匂いに包まれている。

映画はその自殺シーンから始まるのだが、自殺そのものは描かれない。描かれるのは、べランダの倒れかけたテーブルと椅子、空中を舞う白いストール、自動車のブレーキ音とクラッシュ音、歩道に立ち止まる通行人の足元などだ。そして歩道に横たわる女が映し出され、女の頭から血が流れていることで、自殺したらしいことがわかる。音が効果的に使われている。『少女ムシェット』の少女は死んだ母をくるむはずの布を身にまとって坂を転げ落ちて死ぬのだが、『やさしい女』のドミニク・サンダは、お気に入りの白いストールを最後に身に着け(ラストでわかる)、ベランダに出る。そして、その最後に羽織った白いストールだけが空を舞うのだ。ロベール・ブレッソンにとって、「身にまとう布」には特別な意味があるようだ。そして、そのスローモーションで空を舞うストールは、彼女自身でもあるように儚く美しい。

これは、男と女を隔てる闇についての映画である。金にうるさい質屋を経営する男は、若く美しき、貧しい女性客を見初める。上目遣いの強い目線で男を見つめるドミニク・サンダがとにかく美しい。彼女は当時、モデルだったそうだ。プロの役者ではなく素人を使うロベール・ブレッソンに見出され、後に大女優になった。この映画はドミニク・サンダの目線の映画でもある。いつものように台詞を極力排し、動きだけで演出するブレッソンは、質屋の1階、そして2階の書斎、さらに居住空間であるリビングを行ったり来たりさせる。夫婦は何度も扉を開け閉めしながら、お店と1階と2階の部屋を往復するのだ。結婚なんて、「猿の真似事よ」と動物園の猿舎の前でつぶやき、摘んだ花束を道端に投げ捨てる彼女は、結婚というものに最初から興味などまったくない。表情をほとんど変えず、立ちつくすドミニク・サンダが唯一、走り出す場面がある。最初は気が進まぬ結婚だった彼女が、新婚の夜、夫のギイ・フライジャンの手を取って階段を駆け上がるシーンがある。それはあまりに突然だ。テレビをつけ、浴室で服を脱ぎ、ベッドの上で跳ねるまで、その動き回るシーンはすべて小走りなのだ。映画全体の中での躍動感は一連のこの夜のシーンのみだ。映画で唯一ある笑い声は、ベッドのシーツの中から聴こえるが、彼女の笑う明るい表情は一度も映像には示されない。ほとんどは、淡々と扉を開け閉めしながら、ドアからドアへ。車に乗り、動物園や映画館や博物館へ行き、歩き、淡々と会話をする。そこには躍動や喜びは全くない。そして、映画館では別の若い男と目配せさえするのだ。登場人物の二人は、まるで人形のように無表情に動くだけ。怒りや悲しみや喜びはあからさまには表現されない。ただ、ドミニク・サンダの視線は、微妙に変わっていく。男は嫉妬に狂い、女をつけまわす。浮気が発覚した後の彼女の冷たい目線。浴室で石鹸を拾ってもらうときの表情。部屋でレコードを聴いていたところに夫が入ってくると音楽を止め、無表情に夫を見る。興味ある目線は、ハムレットを演じる舞台へと注がれるのみだ。決して、夫と視線は交わらない。そして、寝ている夫のこめかみに銃を突きつけさえするのだ。

彼女の歌声が、2階から1階の質店まで聴こえ、夫が彼女の歌う姿を確かめに行くシーンがある。彼女は一人でいることを望んでいた。夫と一緒のときは決して口ずさむことのない歌声。だから、夫は自らの態度を悔い改め、女へのを誓い、彼女の足元に跪きキスをするが、女は立ちつくすのみだ。夫のその態度さえも煩わしいのか。旅へ出てやり直そうと夫は迫るが、女はこのままがいいと言う。女と男との間にできてしまった距離は、決して埋まらない。それが、なぜなのか、映画は多くを語らない。質屋を経営し、貧しさを見下し、金にもうるさい男の傲慢な態度は感じられるが、決して不実な男ではない。女がなぜ浮気をし、なぜ男と心を通わすことができなくなってしまったのか、そして、もう元には戻れず死を選んでしまったのか、観客は想像するだけだ。男のの懇願に涙する女は何を思ったのだろうか。無表情で射るような冷たい目線の少女は、いつしか人生の深淵を覗きこんでしまったような憂いを含んだオトナの女へと変貌を遂げていた。二人の間にある深い深い闇は、もうどうにもならないのだ。そして、無言の美しき死体となってしか、女は男の視線を受け止められなくなってしまったのだ。彼女の美しい目はもう2度と開かない。

遺作となった『ラルジャン』と同じようにお金が一つのテーマにはなっているが、決してそれは強調されていはいない。淡々と男と女の間に広がる距離、その闇がフラットな映像の中から浮かび上がっているだけなのだ。夫の主観で語られるこの物語には、女の主観は描かれない。女の美しき視線と謎のみが描かれている。そこがなんだかとてつもなく不可解で恐ろしい。

ロベール・ブレッソン作品レビュー

原題:Une femme douce
製作年:1969年
製作国:フランス
配給:コピアポア・フィルム
日本初公開:1986年3月29日
上映時間:89分
監督:ロベール・ブレッソン
製作:マグ・ボダール
原作:フョードル・ドストエフスキー
撮影:ギスラン・クロケ
美術:ピエール・シャルボニエ
音楽:ジャン・ウィエネル
キャスト:ドミニク・サンダ、ギイ・フライジャン、ジャン・ロブレ

☆☆☆☆☆5
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