「日本戦後史論」内田樹×白井聡

41vBTSbB8CL__SX338_BO1,204,203,200_


「永続敗戦論ー戦後日本の核心」を書いた若き気鋭の政治学者・白井聡とお馴染み内田樹との対談本。テーマは「敗戦を否認」する日本の戦後史。アメリカの従属国であり続ける日本の現実から目を背けずに考え続けることからしか何も始まらないという二人の共通認識が前提だ。

白井はいかなる特定の場にも責任主体としてコミットしない、無限責任の負う郷土を持たないコスモポリタンではなく、「この国土に」愛着を持つパトリオット(愛国者)であり、かつコスモポリタンであろうとすることを目指すと言う。善きパトリオットであることと悪しきナショナリストであることの境界線は定かなものではないが、そのリスクを引き受ける勇気が必要なのだ、と。

内田は、戦後の日本の国家戦略は「対米従属を通じて対米自立を果たす」というトリッキーなものだったと考える。これを丁稚が手代、番頭、大番頭と出世して、ある日大旦那さんに呼ばれて、店を持ちなさいと言われる「のれん分け戦略」と呼ぶ。日本人はアメリカに対してそんなことを期待している。それは中華皇帝に朝貢していた華夷秩序の辺境国として、身に沁みた日本人のマインドなのかもしれない、と語る。宗主国に対して「従順なふり」をしていると「いいこと」がある。織田信長に仕えた豊臣秀吉のように。

ところが東西冷戦構造が終わり、アメリカは日本をアジアでの最重要パートナーとして位置付ける必要はなくなった。他方、中国が成長し、国力の差も縮まった。それでもなぜ日本はアメリカの従属国であり続けるのか?アメリカの後追いばかりをし続けるのか。日本が自力で複雑な世界戦略を生き抜く知力はないのだろうか?その日本の病理の謎を二人は語り続ける。

白井は天皇制であることがポイントだという。戦前の天皇制がモデルチェンジして戦後も続いている。軍部の独走に至る昭和初期の政治的混乱は、ブラックボックス化した構造の中で「天皇の意志である」というでっち上げが既成事実となっていった。翼賛の名のもとに臣下が好き勝手出来る構造が、戦後は「ワシントンの大御心」を日本の統治機構のトップが忖度するという構造にとって変った。「アメリカは今こう考えている」といった言説で政治が動いている。

戦後の日本は敗戦に導いた連中がそのまま留まり、権力の座についている。日本の保守政治勢力はアメリカの許しの下で権力の座に留まった現実があり、アメリカに対して頭が上がるわけがない。正力松太郎も岸信介も、賀屋興宣もCIAの協力者リストに名前がある。岸と正力がCIAのエージェントだったという事実。自民党のある部分は敗戦時に軍隊の物資を私物化したフィクサーとCIAの合作だという。しかも、いまだの当時の関係者たちの末裔が政権中枢にいる。

内田は、安倍首相の「戦後レジームからの脱却」路線はどこか破局願望によって駆動されているという印象を語る。日本国民も実は無意識のうちに「こんな国、いっぺん潰れてしまえばいいのに」という突き放した気持ちを祖国に対して持っている、と。尖閣をめぐって衝突が起こって、日米安保第5条が適用されて米軍が出動し、自衛隊とともに人民解放軍と闘ってくれると思っていると、アメリカは議会の議決が必要だと理屈をつけてずるずると出兵を先送りする。そのときこそ抑圧され隠蔽されてきた日本人の反米感情が一気に噴出する。「安保条約即時廃棄、駐留米軍基地即時撤去、自主核武装」といったスローガンのもと、常軌を逸した国民たちが熱狂し始める。安倍さんが夢見ているのは、そういう「強面」な日本の未来じゃないか。安倍晋三が抱えているアメリカへのアンビバレントな感情、「いつかアメリカの寝首を掻くために、アメリカに添い寝している」という感じが、日本人には無言のうちに伝わるのではないか、と語る。

白井は、天皇制がモデルチェンジした「忖度の構造」が、ほんとうはアメリカは日本の国益のことなんか考えずに自国の国益を考えているだけだ、ということが見えなくなっていると繰り返し主張する。日本を守るとすれば、アメリカの国益になる限りにおいてであるという当たり前のことをわかろうとしない。親米保守の人たちは、その親米と反米感情の「ねじれ」の倒錯性の病理に気づいていないのだ。

内田は、鴨長明や吉田兼好などを引きながら、日本の諸行無常、大火や飢饉や台風などのカタストロフ願望があり、その時こそ「ここが原点」だという確信があるのではないか、と言う。「こんなもの全部滅びてしまえばいい。そうすれば、人間がほんとうにあるべきかたちが現れてくる」というシニカルな気分。日本の伝統的な無常感は、営々と築き上げてきたものがすべて灰燼に帰して、「俺たちがしてきたことは、いったい何だったんだろう・・・」と呆然自失して、諸行無常を感じること。それが日本人の中にあるのではないか。

岸信介や佐藤栄作や田中角栄までの世代の人たちは、アメリカにコントロールされながら、どうやってそのコントロールを出し抜くかを考えていた。面従腹背だった。田中派までは、中国とアメリカの両方に「いい顔」をして、その勢力均衡を利用して、国際社会の中でのプレゼンスを高めていく路線があった。それが、アメリカ派が勝利して、親中派は失速した。日本は中国に対しても、韓国に対しても強い競争意識がある。同じ資源を取り合って暮らしている動物たちみたいに、向こうがだんだん太って、図体が大きくなって、たくさん飯を食うようになってきたら、「俺の分まで食うな」っていう気分になる。言語でも、食文化でも、価値観や美意識でも、中国、韓国とは近いものがあることを感じている。感じているからこそ、彼らが進出してくると相対的に自分たちの割り前が減るんじゃないかと不安を感じる。アメリカ人がいくら偉そうにしても、フランス人が金持ちになっても、日本人は別に激しい反発はしないけど、同じアジア人が威信を増し、裕福になると、なんだか腹が立ってくる。

60年安保も反米闘争だったし、68年の全共闘運動も淵源はベトナム反戦運動だった。それが2度潰えた。その後、対米感情が改善したのは人為的な仕掛けもあったはずだ。ベトナム戦争が終わった75年から対米感情を良好にしたものは、アメリカの西海岸文化のカウンターカルチャーだった。アメリカのメインストリームのものに対する批判精神、アメリカ国産の反米文化。ロックと映画とファッションとドラッグと。そのカウンターカルチャーがあったからこそ、ベトナム戦争後のアメリカは国際的な威信を失わずに、世界中のイノベーティブな若者たちを結集させることが出来た。

フランスも「敗戦の否認」があった。自分たちがナチスに加担して、さまざまな戦争犯罪を犯し、ほんとうは敗戦国としてうなだれて戦後を迎えるべきだったのに、ド・ゴールの力業で「手の白い、戦勝国」としてヴィシー政権の対独協力の隠蔽工作をした。レジスタンス運動も、ノルマンディー作戦後、戦局の帰趨が決まってから、それまでヴィシ―やナチスについていた政治勢力が旗色の悪くなったドイツ軍に攻撃するという「勝ち馬に乗った」運動だったという。「初期のレジスタンス」と「旗色を見てなったレジスタンス」があるのだ。そういう「敗戦の否認」があるからこそ、「自由・平等・博愛」の国に極右勢力や排外主義が出てくる。ヴィシー政権の「労働・家族・祖国」はそのままいまの極右のスローガンなのだそうだ。

日本もまた「占領時代」を忘却している。占領期にアメリカと通じた対米協力者が、日本の保守を今も支えている。彼らには、隠蔽されたアメリカへの屈辱もある。そんな「敗戦の否認」という病的な状態を認めることからしか話は始まらないというのが、二人の対談骨子だ。

どこまで彼らの分析が正しいのかはわからない。今は過去の戦争とこれからの戦争との戦間期なのか。一種のねじれた構造の保守の精神分析的な様相もあるが、その「親米と反米のねじれ構造」をどう解きほぐし、アメリカとの関係を考えつつ、日本の未来を考えていかなければいけない。安保関連法案が審議され、集団的自衛権の名のもとにアメリカ軍と関係強化が進みつつあり、さらにTPPがどうなるかわからないが環太平洋経済ブロック体制が進行する気配の中で、アメリカと日本の関係とこれからを考える上で参考になる本ではある。
スポンサーサイト

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
149位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
73位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター