「岸辺の旅」黒沢清

岸辺の旅
(C)2015「岸辺の旅」製作委員会/COMME DES CINEMAS

最初に優介(浅野忠信)が現れるところがゾクゾクする。白玉を作る瑞希(深津絵里)を映すカメラが左にパンをし、何もない左側に空間ができる。そして、暗い部屋の中にぼんやりと優介が立っている。闇に溶けこんでいたように。靴を履いたまま現れることで、不自然さを演出している。そして、白玉を食べながら、あまりにも普通に「俺、死んだよ」と話し、深津絵里も大きな衝撃でうろたえることなくその独白を聞く。その淡々としたやり取り。幽霊でありながら、生きている姿とまるで変わらないところが、この物語の面白さだ。

かつて世話になった新聞配達員の島影さん(小松政夫)のところに電車に乗って行く二人。幽霊なのに誰からも不自然に思われない優介。そして島影さんもまた幽霊なのだが、普通に新聞配達をし、二人は夕食を共にする。それが、ふとした瞬間で奇妙な違和を感じる。瑞希が買い物途中で島影さんを見かけ、声をかけた時、島影さんはその声を無視してバイクで去って行ってしまうのだ。そしていつの間にか通りからバイクが消えている。生きている日常の世界がふとした瞬間にあやふやで不安なものになるのがこの映画の面白さだ。瑞希はいつ優介が消えてしまうのかビクビクしながら彼との一緒の時間を過ごす。その不安とせつなさがずっと続いている。「消えないで」という不安と「いつまでもこの時が続いて欲しい」というせつなさ。死んでからこそ少しずつ分かり合える二人。

原作よりも島影さんが消えたあとの描写がややホラー風に強調されている。これまで生活の場であった新聞販売所が廃墟となっているのだ。島影さんが酔いつぶれて介抱したベッドの暗闇に突然浮かぶチラシの花が美しい。人工的で作為的な光の変化の演出を何か所がしているが、それは決してあざとくない。

中華料理店のエピソードでは、ピアノが効果的に使われている。冒頭、ピアノの先生の瑞希と少女のピアノ演奏で始まる。これは原作にはない部分だ。この描写が、この中華料理店の奥さんフジエ(村岡希美)の死んだ妹のピアノのエピソードと重なる。あるいは農家の嫁の薫(奥貫薫)と風邪をこじらせて死んだ夫(赤堀雅秋)の霊。この物語は、死にきれない者たちを鎮魂する旅の物語だ。死んだ者と取り残された者があいまいなままに一緒にいる。誰が死んでいて、誰が生きているのかその境界が曖昧だ。この世に思いを残している死者たちは、もしかしたら私たちの周りにいっぱいいるのかもしれない…という気になってくる。

原作を先に読んでしまったので、どうしてもそのイメージ、思い入れが強くあった。原作の方が情緒的で、風景などの描かれ方が美しく幻想的だ。それに比べると映画は即物的でシンプルだ。必要以上に幻想的に美しく描いたりしない。突然消えては現れるホラー要素が強調されているところもまた黒沢清らしい。原作と映画はやっぱり別物だ。やや原作の思い入れが強くあり過ぎたため、映画の印象はあっさりしたものがあった。珍しく音楽をたっぷり使っていてメロドラマ的要素も強調されている。それでも見応えのある今年の見逃すべきではない日本映画であることは間違いない。


製作年:2015年
製作国:日本・フランス合作
配給:ショウゲート
上映時間:128分
監督:黒沢清
原作:湯本香樹実
脚本:宇治田隆史、黒沢清
撮影:芦澤明子
照明:永田英則、飯村浩史
美術:安宅紀史
編集:今井剛
音楽:大友良英、江藤直子
音楽プロデューサー:佐々木次彦
キャスト:深津絵里、浅野忠信、小松政夫、村岡希美、奥貫薫、赤堀雅秋、蒼井優、首藤康之、柄本明

☆☆☆☆☆5
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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