「あえかなる部屋 内藤礼と、光たち」中村佑子

あえかなる

瀬戸内海の豊島にある豊島美術館の「母型」に足を踏み入れたときの衝撃は今でも忘れられない。一昨年の夏だった。美しい自然豊かな島の中腹にぽっかりと浮かぶように立つ建築家・西沢立衛による白い空間。閉鎖的な空間ではなく、大きく空や緑が円く開け放たれ、広がっている。床の白い石はひんやりと冷たい。来館者は靴を脱いでその「母型」の中に入るのだ。そこに仕掛けられた美術家・内藤礼の静かな息づかい。小さなあちこちの穴から水が生まれているのだ。その水は、一滴ずつ連なり、大きな塊となり、動いていく。あるいは、また穴へと還っていく。小さな水滴が風に吹かれ、光を浴び、集まったりバラバラになったりしながら、静かに流れる。来館者はアート作品であるその水滴を踏まないようにゆっくりと内部の空間を歩く。風が吹き、紐が揺れ、鳥や虫の鳴き声が響き、光が移ろう。そして静かな水が穴へと還っていく音。まるで胎内に包まれているような安らぎと夢のような居心地。静寂と休息。そこに集う人たちは、この世の果てまで逃げ避難してきた漂流者のようでもある。思い思いの姿勢で、耳を澄まし、座って足を伸ばし、くつろぐ。寝転ぶ人もいる。時には小さなささやき声や赤ちゃんの声もセミの音に混じって聴こえる。なんという気持ちのいい空間なんだろう。光と風と水と石。そしてセミの声と水の音。僕は時を忘れてずいぶん長い間、そこにいたと思う。

その「母型」に魅せられた女性監督が美術家・内藤礼に取材を申し込む。2年にわたってカメラを回したという。しかし、内藤礼はおそろしく繊細なアーティストだった。「撮られると、つくることが失われてしまう」と、内藤は撮影を拒否する。カメラの前に内藤礼は一度も現れない。その影が見えるだけだ。ドキュメンタリーの構想はとん挫する。不在の主人公。しかし、監督は5人の女性たちと出会い、一人一人と話をし、その姿を撮り、「母型」に集めることで、内藤礼の世界に近づこうとする。

「地上に存在していることは、それ自体、祝福であるのか」 アーティスト内藤礼の根源的な問いである。

生きていることは、小さなささやきに耳を澄ますこと、儚く脆い存在そのものに寄り添うこと。ドキュメンタリーとしては成立していないけれど、内藤礼の世界がいろんな人たちと共振する。小さな小さなあの水滴の一滴にこそ大切なものがあるのだというふうに思えてくる映画だ。


製作年:2015年
製作国:日本
配給:テレビマンユニオン
上映時間:87分
監督:中村佑子
編集:中村佑子
撮影:佐々木靖之
音響:黄永昌
撮影:山田尚也
楽曲提供:タラ・ジェイン・オニール、高木正勝
スチール撮影:長野陽一
キャスト:内藤礼、谷口蘭、湯川ひな、大山景子、沼倉信子、田中恭子

☆☆☆☆4
(ア)
スポンサーサイト

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : アート ドキュメンタリー ☆☆☆☆4

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
169位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
73位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター