「サウルの息子」ネメシュ・ラースロー

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観る前から気は重かった。アウシュビッツの話である。しかし、2015年・第68回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得し、第88回アカデミー賞で外国語映画賞も受賞した作品、映画ファンだと自称しているならば観ないわけにはいかない・・・そんな気持ちから観に行った。

<ネタバレあります>

まず撮影手法が独特のスタイルだ。ファーストカットはボケボケの映像に近づいてくる男。その男がカメラの目の前に来るとピントが合う。そう、この映画は全体としてほとんどの画面が、手前にピントが来るようになっている。つまり主人公であるサウルにピントが合っており、サウルの周りの情景はボケているのだ。アウシュビッツで行われている全景(ロングショット)は描かれない。しかし、サウルのまわりで起きている恐ろしいまでの地獄絵図はピントがボケたまま描かれているのだ。数多くのユダヤ人たちが裸で虐殺される場面。そしてむごたらしい死体の山。その死体を処理する作業。そんな地獄絵図がサウルのまわりで繰り広げられる。カメラは、手持ちでサウルに寄り添うように撮影し続ける。サウルは、ハンガリー系のユダヤ人なのだが、同胞であるユダヤ人の死体処理を行う特殊部隊ゾンダーコマンドとしてナチスに選ばれているのだ。画面はスタンダードサイズでスクリーンが狭く、被写界深度が浅いため、まわりがボケていることが多い。だから観ていて圧迫感があり、息苦しくなる。

物語は、サウルが死体処理とガス室の清掃をしていると、まだ生きている少年がいたところから始まる。しかし、その少年もすぐに殺され、解剖にまわされる。その少年をサウルは自分の息子だと言って、医者に解剖させないように工作するのだ。ガス室で虐殺され、火葬され、灰となって川に捨てられるユダヤ人たち、その死体処理作業をする同じユダヤ人のゾンダーコマンド。その中にあって、サウルはその少年をちゃんと土に埋めて埋葬しようとする。ユダヤ教では火葬ではなく、本来は土葬であり、サウルは正式に埋葬するために聖職者ラビを必死になって探すのだ。

映画ではいくつか疑問が浮かぶ。まず、その少年がサウルの本当の息子かどうかがよくわからない。まわりの人間たちは、サウルに「お前に息子なんかいないだろう」と言うし、映画でもその少年のことをしっかりと描いていない。たまたまそこにいた少年のように思える。それでも彼はその少年を息子だと主張し、遺体を隠し、埋葬しようとする。その行為はどこか狂気じみている。しかし、サウルのまわりで起きている出来事そのものが狂気じみているため、すべてが狂っているのだ。そのなかでのサウルの行為は、映画のキャッチコピーにあるように「最期まで<人間>でありつづけるために―」の行為なのかもしれない。ゾンダーコマンドたちで密かに計画されていた脱獄のための武器調達よりも、サウルは少年の埋葬に執心している。憑りつかれたように、殺されるユダヤ人たちの中から聖職者ラビを探すのだ。

そして、ラストの少年。混乱の乗じて脱出したサウルたちだったが、森の中の小屋で休んでいるところを地元ポーランドの少年に見つかるのだ。そして、その少年は、やってくるナチスの追手の部隊とすれ違い、森の中に消えていなくなる。まるで幻のように。

サウルは、埋葬しようとした少年の死体を逃げていく川の中で失い、ちゃんとした土葬が出来なくなってしまう。埋葬する目的を失ったサウルにとって、逃げることに意味はない。小屋で、サウルが少年と目が合った時、サウルは微笑むのだ。サウルは少年に微笑みかける。あの微笑はなんだったのか?彼にとっての息子と呼んだ死体の少年とは、何だったのか?そして、最後に出会った少年とは?それは、未来への希望を託した暗示なのか?狂気の世界での無垢なる象徴なのか、よくわからない。ただ、サウルは少年を通して何かを成し遂げたかったのだろう。何もかもが理不尽な狂気のなかで。

いずれにせよ、アウシュビッツの地獄が内部のゾンダーコマンドという同胞を殺す手伝いをするユダヤ人の目線で描かれることが生々しい。ゾンダ―コマンドたちの中には、虐殺の記録を残そうとしている者もいる。彼らの希望とは何だったのか?サウルのまわりの地獄がピンボケのまましっかりと演じられていたことが余計に生々しい。ピンボケの正視できない地獄絵。思考も感情も停止するしかない世界。そして彼は、少年をちゃんと埋葬することだけに心を砕く。それだけが彼にとつての希望であるかのように。

原題:Saul fia
製作年:2015年
製作国:ハンガリー
配給:ファインフィルムズ
上映時間:107分
監督:ネメシュ・ラースロー
脚本:ネメシュ・ラースロー、クララ・ロワイエ
撮影:エルデーイ・マーチャーシュ
音響:ザーニ・タマーシュ
美術:ライク・ラースロー
編集:マチェー・タポニエ
音楽:メリシュ・ラースロー
キャスト:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レべンテ、ユルス・レチン、トッド・シャルモン、ジョーテール・シャーンドル

(サ)
☆☆☆☆4
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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