「ヘイル、シーザー!」コーエン兄弟

いつも楽しませてくれるコーエン兄弟の新作。『ファーゴ』や『バーバー』『ノーカントリー』『トゥルー・グリット』などシリアスな見応えある作品を数多く作っているが、たまに軽いナンセンスなコメディタッチの映画でも楽しませてくれる。古くは『ビッグ・リボウスキ』なんて大好きな映画なのだが、最近でも『バーン・アフター・リーディング』もブラッド・ピッドのお間抜けぶりなど楽しませてくれた。今回もその軽いタッチのドタバタコメディである。しかし、あまりいい評判を聞かなかった。
なるほど、たしかにテンポが悪い。いつもの次から次へと転がっていくような雪だるま式展開がない。登場人物も多く、それぞれ個性的でアクの強いキャラばかりなので楽しめるのだが、なんだかまったりしている。小気味いい巻き込まれ型の展開がないのだ。
楽しめるのはそれぞれの個性的キャラクター、そして50年代の夢のハリウッド、スタジオ・システム全盛のセットや衣装や動きの躍動感だ。俯瞰で撮ったミュージカルの水中ショーは素晴らしい。人魚のスカーレット・ヨハンソン演じる色気たっぷりのわがまま女優。さらにチャニング・テイタム演じる水夫たちのダンスナンバーは、軽快そのもの。まさにジーン・ケリーとフランク・シナトラへのオマージュだ。そして、馬乗りや投げ縄が得意で「歌うカウボーイ」、西部劇スター(アルデン・エーレンライク)が台詞をまともに言えなかったり、映画監督レイフ・ファインズの演出の苦労や名前のやり取りなども楽しい。さらにティルダ・スウィントンが演じ分けた双子の記者もモデルがいるそうだ。主役のハリウッドの舞台裏でトラブルを解決する何でも屋ジョシュ・ブローリンや、撮影中に誘拐されるシーザー役のジョージ・クルーニーの間抜けなスターもいい感じだ。
だけど、ハリウッド・テンと呼ばれた赤狩りの対象になった脚本家10人によるハリウッドスター誘拐事件がドタバタ・コメディになっていないのだ。共産主義者たちの描かれ方はふざけたもので、ソ連の潜水艦が現れる場面などまさに嘘っぽくて笑っちゃう感じ。『ベンハ-』のようなローマ史劇『ヘイル!シーザー』でのイエス・キリストの描かれ方で、ユダヤ、カトリック、プロテスタント、イスラム、ギリシャ正教など各宗派を読んで議論する場面もあるが、すべての宗教を相対化している(茶化している)ようでさえある。
1950年代の夢のハリウッドへのオマージュ。すべては作り物。夢物語。赤狩りの暗い空気さえも、宗教の確執も笑い飛ばしている。その虚飾の夢の裏側には、シビアな現実のトラブルの連続だ。その夢のためにトラブルを解決するリアリストは、航空会社から転職を誘われ、仕事をどうするか悩んでいる。そんな何でも屋のドタバタな一日とスター誘拐事件を軸に展開されるのだが、それぞれのエピソードがただの羅列にしかなっていないし、登場人物を巻き込んでいかないので、全体として平坦な印象なのだ。次回作に期待しよう。
原題:Hail, Caesar!
製作年:2016年
製作国:アメリカ
配給:東宝東和
上映時間:106分
監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、ティム・ビーバン、エリック・フェルナー
製作総指揮:ロバート・グラフ
脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
撮影:ロジャー・ディーキンス
美術:ジェス・ゴンコール
衣装:メアリー・ゾフレス
編集:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
音楽:カーター・バーウェル
キャスト:ジョシュ・ブローリン、ジョージ・クルーニー、オールデン・エアエンライク、レイフ・ファインズ、ジョナ・ヒル、スカーレット・ヨハンソン、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン、チャニング・テイタム
☆☆☆3
(ヘ)
スポンサーサイト