「嵐のピクニック」本谷有希子

まったく奇妙な小説である。短編集なのだが、それぞれが突拍子もないシュールさだ。このヘンテコな小説をどう読むか、唖然としたままの読後感か、これは凄いと面白がるか、分かれるところであろう。

僕はこういうシュールでヘンテコな小説も好きなので、わりと楽しめた。それぞれの短編のシュールさは違うので、好き嫌いはあるが。なかでもいちばん真っ当な短編となっていておススメなのが『哀しみのウエイトトレーニー』だ。

生きることに自信のない主人公である妻が、夫の自分への無関心さの中で孤立している。それが、テレビでボクシングをたまたま見たことから、ボディビルダーを目指す話だ。強くなるためではなく、何の役にも立たない美しい筋肉の繊維を鍛え上げるためのボディービルダーの孤独。それが主人公自身の孤独と重なって、見事な人間ドラマになっている。筋肉隆々になっても夫は妻の変化に気付かない。犬を見殺しにした店でのちょっとした事件とラストの夫婦の展開など見事な短編だ。

ピアノをいくら習ってもちっとも覚えられなかった少女が、手首が下がらないように、先生が鉛筆の尖った先端を鍵盤に触れる手首の下に置いて練習させる。そのたった一度の練習で、すっかりピアノを弾けるようになる『アウトサイド』という短編もドキリとする怖い話だ。その先生は介護に疲れ、グランドピアノの中に義母を閉じ込めてしまったという。

仕事中に「カーテンの膨らみ」に誰かが隠れているような気がしてしょうがない『私は名前で呼んでいる』。『パプリカ次郎』はシュールすぎて説明不能。『人間袋とじ』は、恋人同士の関係の変化を、小指と薬指をくっつける身体的な変化とともに描いた短編。『マゴッチギャオの夜、いつも通り』は、動物園の猿山の猿たちとチンパンジーの物語。夜、人間たちに花火を面白半分で投げ込まれ、死んでしまうチンパンジー。人間たちに気に入られるよなイルカ的笑い顔を作りながら死んでいくチンパンジーの底なしの孤独と寂しさ。人前でのスピーチの恐怖をオカルト的展開で描いた『亡霊病』。輝く女性として、女性の悩み相談に答え続けてきた『Q&A』の奇妙な人生相談。決闘をすると言い出した彼女と連れて行かれる彼氏、その恋人たちの奇妙な川べりの風景『彼女たち』。金も名誉もすべてを持っている人気デザイナーの権力欲を描いた『ダウンズ&アップス』。そして、試着室からいつまでたっても出てこない奇妙な客の物語『いかにして私が、ピクニックシートを見るたび、くすりとしてしまうようになったか』。どれもこれも説明がなかなか難しい。読んでもらうしかない、その体験がすべてのような小説なのだ。

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で、極端な家族や人間関係を描いて話題になって映画化もされた。演劇人でもあり、作家・本谷有希子は、結婚して子供を産んで、その夫婦の奇妙さを描いた『異類婚姻譚』を書いて最近、芥川賞を受賞した。この短編集『嵐のピクニック』でも女性らしい身体的な鋭い感覚で、人間の怖さや不思議さを描く独特の作家になっている。
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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