「海よりもまだ深く」是枝裕和

海よりも

テレサ・テンの「別れの予感」が台風の夜、団地の部屋で樹木希林が聴く深夜ラジオから流れる。歌詞である「♪海よりまだ深く 空よりもまだ青く あなたをこれ以上愛することなんて わたしにはできない♪」とテレサ・テンは歌う。(作詞:荒木とよひさ/作曲:三木たかし)。『歩いても歩いても』は、いしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」が映画の中で使われ、その歌詞が映画タイトルになったように、今回はテレサ・テンの「別れの予感」の歌詞が映画タイトルになっている。

「海よりも深く・・・なんて人を愛したことなんかないわよ」と樹木希林はつぶやく。そして息子である阿部寛に「ある?」と聞くが、阿部寛は曖昧な返事しかしない。誰でもそんなドラマや映画のような激しい恋などしない。なんとなく人を好きになり、なんとなく一緒に暮らしている。樹木希林は、「何かを諦めないと、幸せなんて手に入らないのよ」と言う。いつまでも小説家の夢を諦めきれないで、ウダウダと探偵の仕事をしながら、小説の取材をしていると言う息子。それでいてギャンブル好きで、オヤジに似て生活にだらしのないロクデナシである。別れた妻(真木よう子)のこともなかなか諦めきれないで、尾行してつきまとっている。元妻が新しい恋人と息子が食事しているのを、未練がましく眺めている。そのいじましさがなんだか哀れでいい。

是枝映画はわりといい人ばかりが出てくる。邪悪な人はあまり出てこない。それが長所でもあり欠点でもあると思うのだが、この映画の阿部寛は邪悪ではないけれど、ダメダメ男である。島尾敏雄賞(ほんとうにありそう?)を小説で獲ったとはいえ、その後あまりパッとしない。ギャンブル狂で、未練がましく現実を受け入れられない。そのダメさ加減がいいのだ。人生のままならない感じがよく出ている。そんなダメ男を一人息子であるというだけで、かわいくてかわいくてたまらない母親の樹木希林がとにかく素晴らしい。『歩いても歩いても』と同じキャスティングだけれど、この映画もまた樹木希林の存在感がなければ、全く違った映画になっていただろう。

オープニングの樹木希林と娘役の小林聡美との食卓でのやり取りだけで、観客を映画の世界にグイッと引き込んでいく力がある。この映画は役者がみんな素晴らしい。小林聡美の見透かしたドライさや愛が冷めた感じの真木よう子もいい。なぜだか阿部寛に借りがあると言って付き合いのいい池松壮亮の陰のある感じもいい。是枝組常連のリリー・フランキーもインチキっぽい探偵事務所社長にピッタリだ。そして、見逃し三振をしてしまうちょっと気の弱い息子も適役。子供の演出がいつもうまい是枝監督が今回も素晴らしい。

番組の見せ場になる台風の夜の公園のシーンもいい。台風のワクワクする感じと別れ別れになる親子の最後の思い出となるようなせつなさがうまく描かれている。息子と一緒に買った宝くじが散乱して、みんなで拾い集める場面。翌朝、紙くずを宝くじだと思って駆け寄る息子。

人生の半ばを過ぎた人間には、この映画は沁みる。「今」よりも夢を見続ける子供のような男たち、何かを諦め受け入れて「今」を生き続ける女たち。ベランダのミカンの木が花も実もできなくとも水をやり続ける樹木希林のように、うまくいかなくともドライに簡単には割り切れない思いが人にはそれぞれある。別れると決めた旦那にも息子の父親としての思いはある。そんなそれぞれの<終りと始まり>が台風の夜を中心に描かれた再生の映画だ。そして亡くなったロクでもない阿部寛の父は、そんな家族をどこかで見つめているのだ。

口笛の曲とか、ハナレグミの音楽が良かったです。


製作年 2016年
製作国 日本
配給 ギャガ
上映時間 117分
監督:是枝裕和
原案:是枝裕和
脚本:是枝裕和
製作:石原隆、川城和実、藤原次彦、依田巽
エグゼクティブプロデューサー:桑田靖、濱田健二、中江康人、松下剛
プロデューサー:松崎薫、代情明彦、田口聖
撮影:山崎裕
照明:尾下栄治
録音:弦巻裕
美術:三ツ松けいこ
編集:是枝裕和
音楽:ハナレグミ
キャスト:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉澤太陽、橋爪功、樹木希林、中村ゆり、高橋和也、小澤征悦、峯村リエ、古舘寛治、葉山奨之、ミッキー・カーチス

☆☆☆☆☆5
(ウ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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