「下り坂をそろそろと下る」平田オリザ (講談社現代新書)

「まことに小さな国が、衰退期をむかえようとしてる」と司馬遼太郎の『坂の上の雲』になぞられて書き出されるこの本は、日本のこれからについて、文化的側面からの提言が書かれている。

「若者人口が減ったからスキー人口が減ったのではない」、「スキー人口が減ったから人口減少が起こったのだ」と平田オリザは書く。スキー文化が廃れたことが、男女の出会いの場を減らし、人口減少を招いている。「地方には雇用がないから若者が帰らない」のではなく、「地方はつまらない。だから帰らない」のだと大学の教員として学生に接していて思うのだそうだ。それならば、つまらなくない街を創ればいい。女性たちが「地方に偶然の出会いがない」と言うならば、「偶然の出会いが、そこかしこに潜んでいる街を創ればいい」と書く。

そして下り坂をそろそろと下りて行くには、金子光晴の『寂しさの歌』にならって、「三つの寂しさと向き合う」必要がある。

遂にこの寂しい精神のうぶすなたちが、戦争をもつてきたんだ。君達のせいぢゃない。僕のせいでは勿論ない。みんな寂しさがなせるわざなんだ。

寂しさが銃をかつがせ、寂しさの釣出しにあって、旗のなびく方へ、母や妻をふりすててまで出発したのだ。
      (中略)

僕、僕がいま、ほんたおうに寂しがっている寂しさは、この零落の方向とは反対に、ひとりふみとどまって、寂しさの根元をがつきとつきとめようとして、世界といっしょに歩いているたった一人の意欲も僕のまはりには感じられない、そのことだ。そのことだけなのだ。                          (金子光晴『寂しさの歌』より)


3つの寂しさとは、「日本はもはや工業立国ではないということ」、「もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ」、そして最後の一つは、「日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ」。

その3つの寂しさに耐えながら、「寂しさが銃をかつがせる」ことが再び起こらないように、私たちは、自分の心根をきちんと見つめる厳しさを持たなければならない。寂しさに耐えることが、私たちの未来を拓く。

そして「子育て中のお母さんが、昼間に、子供を保育所に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会をつくること」、そんな寛容と包摂の社会をつくることを目指すべきだと書く。

本書では、平田オリザが関わっている地方の文化的取り組み事例が未来へのヒントとして紹介されている。以下、内容のメモです。

・瀬戸内国際芸術祭と小豆島のアートの取り組み。地元住民とアーティストが関わり、島に多くの人たちの交流が生まれた。
・兵庫県の北側、「但馬・豊岡」の「コウノトリの郷」の取り組み。農薬などで絶滅の危機に瀕したコウノトリを、人工繁殖、人工飼育で野生復帰させ、無農薬・減農薬の田んぼにドジョウやフナ、里山の蛇や蛙がいる地域にした。そして「コウノトリ育むお米」としてブランド化に成功した。
・城崎の温泉街の使われなくなったコンベンションセンターを、城崎国際アートセンターとして、劇団やダンスカンパニーが、宿泊、滞在しながら稽古に励める文化施設にした。志賀直哉の『城の崎にて』しかなかった温泉と文学の街は、世界の一流のダンスカンパニーなどアーティストが集まる街に変身した。

香川県善通寺市は、弘法大師空海の生誕の地だが、四国学院大学に新しく演劇コースを作る手伝いをした平田オリザは、「知識や情報の量」を問うような教育から、「独創的なアイデアで組織を引っ張っていく人」、「組織が危機に瀕した時にユーモアで人々を鼓舞できる人」など、様々な個性を大事にして共に学ぶ仲間を作る教育への転換を呼びかけた。本物に多くを触れることで身体的文化資本を育てていくこと、そんな教育政策の転換こそが、地方の人口減少を救う道なのだと書く。文化資本格差がそのまま地域格差につながる。文化もまた東京一極集中ではダメだ。地方こそ、教育政策と文化政策を連動させて、文化資本が蓄積されるような新しい教育プログラムに取り組まなければいけない。

それは東北の被災地の復興でも同じことが言える。宮沢賢治が理想に掲げたように、地域に暮らす一人一人が芸術家となって感性を磨き、地域の付加価値を高めていくこと。福島県双葉群広野町の県立ふたば未来学園での対話劇を創るワークショップなどを通じて、「問題発見能力」を身につけてさせていく試み。

地域の基幹産業に付加価値をつけて売り出していく。大量生産大量消費を前提とした労働集約型の産業構造が崩れ、技術や資格だけで一生職についていられるものではない。持続可能な社会のために、就労支援を手厚くしながら、文化的生活を営めるような環境づくり。農作業体験やボランティアなど「脱工業立国」プログラムの就労支援が必要。

そして循環型エネルギーや医療や介護の相互扶助、地域の資源を生かした教育、そして地域の体力をつけて、身の丈に合った海外からの移住受入れで、異文化コミュニケーション教育も進めていくべき。

子育てがしやすい街とは、社会的弱者に優しい街であるはず。性的少数者の支援と権利保護、人種や民族の垣根を超えた、様々な才能や人的資本を引きつける街づくり。

そんな文化政策にこそ必要であり、競争と排除の論理から抜け出し、寛容と包摂の社会へと向かうしか、下り坂を下りて行く方法はないと筆者は考えている。
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