「FAKE」森達也

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(C)2016「Fake」製作委員会

2014年にゴーストライター騒動で日本中を騒がせた佐村河内守のその後を追ったドキュメンタリーである。あらゆるものにはバイアスがかかっている。主観というバイアスが。それは文化だったり、立場だったり、宗教だったり、民族性だったり、階級だったり、地位だったり、男女だったり、年齢だったり、歴史だったり・・・、まぁ、ありとあらゆるバイアスがある。だから客観公正中立なドキュメンタリーなどありあえない。「報道」にさえバイアスはつきものだ。カメラ位置だって、編集だって、聞き方だって、ナレーションや音楽にも作為がある。事実をありのまま提示することなんてできない。それを踏まえたうえで、物事をなるべくいろんな角度から冷静に見なければならない。バイアスをなるべくかけないようにして、いろんな立場や角度から考えなければならない。一つの「真実」や「正義」という言葉に騙されてはならない。

森達也はそのへんのところをよくわかっているドキュメンタリストである。あらゆる事件や事象には多面性がある。白か黒か、善か悪か、単純に割り切れるものではない。だから、森達也は、オウム報道から見えてきた疑問から、オウム真理教の内部に迫ったドキュメンタリーを作った(すみません。未見です)。そして今回は、聾唖者で「現代のベートーベン」と称され作曲した数々の音楽は、ゴーストライター新垣隆氏によるものだったとされ、世間を騙した罪でバッシングされた佐村河内守氏に興味を持ったのだろう。

佐村河内守氏のマンションの一室が延々とうつされる。森達也が彼の部屋を訪ね、「あなたの無念を晴らすために撮るのではなく、あなたの悲しみを撮りたいのです」と語る。そして一緒にベランダでタバコを吸う。部屋には年末番組の出演依頼のため、フジテレビのスタッフがやってくる。あるいは、外国人ジャーナリストがやってきて、彼の作曲能力をめぐっての鋭い質問を突きつける。そんなやりとりを森達也のカメラは撮りつづける。佐村河内守氏に森達也は信頼されているようだ。奥さんとの食事風景やそれらのメディア取材をそのまま撮らせているからだ。それで、インタビューに疲れると、「森さん、タバコ」と森達也をベランダに誘う。そんな関係にまで二人はなっている。

それでも森達也は、聞く。「守さん、僕を信じていますか?」と。森達也は、おそろしくどこまでも冷静だ。佐村河内守氏を「守さん」と呼び合える仲になったにもかかわらず、どこかで彼を疑っている。そして、彼に仕掛けて、彼を追いつめる。「守さん、音楽を作りましょう」と。

耳が聞こえないかどうかは本人にしかわからない。全く聞こえないのか、ある程度は聞こえるのか。メディアは、「現代のベートーベン」だと偶像を作り上げた。それに対して、佐村河内氏も乗っかった。新垣隆氏の存在をオープンに出来なかった。新垣隆氏がどういう思いで、18年間彼のゴーストライターを務め、そして週刊文春にその事実を暴露するまでに到ったのか、この映画では新垣隆氏のテレビや雑誌に露出するさまを、苦々しく佐村河内氏が眺めている場面が映し出されるだけだ。残念ながら、新垣隆氏のインタビューは事務所側から断られたという。

ドキュメンタリーは佐村河内氏に寄り添うように、彼の生活を映し続ける。お客が来ると必ずケーキを出し、食事前には大好きな豆乳を飲み、傍らにはいつも猫がいる。彼の苦しみを見続けてきた奥さんとの関係が次第に濃密に浮かび上がってくるのがこの映画の特徴だ。手話通訳をしながら、奥さんはなぜ彼を見捨てなかったのか、あるいは奥さんはどこまで知っていたのか、どこまで共犯者なのか。佐村河内氏が誰よりも信じ、頼っているのが奥さんであることがわかる。だから「奥さんに嘘をつくことが、一番辛いはずだ」と森達也は見抜く。

ラストの音楽をどう考えるかは観客に委ねられる。奥さんはどこまで加担したのか、よくわからない。森達也は「僕に嘘をついていませんか?」と最後に佐村河内氏に問いかけて映画は終わる。作曲をして音楽を披露した後に、興奮してケーキの美しさを語る佐村河内氏。どこまでが嘘なのか、誰にもわからない。あらゆることは嘘なのかもしれない。カメラが回ることによって、演じる自分があるはずだ。メディアに取り上げられることによって、イメージは作られ、その役回りを演じる羽目になる。その嘘が、どこまで許される範囲かどうかという問題だ。大なり小なり、嘘(虚構)はあるのだ。

個人的には新垣隆氏のインタビューが聞きたかった。彼の言い分を聞きたかった。想像するに、耳が不自由な佐村河内氏と新垣隆氏の二人の密室での関係は曖昧なものだったのだろう。楽譜も読めない佐村河内氏の指示は、観念的な構成案だったのだろう。それを新垣氏は、どういう思いで音楽という具体的なものにしていったのか。

佐村河内氏は確かにメディアのスケープゴートになった。持ち上げられて、とことん地獄へ突き落された。聞き取れないことも、すべてが嘘であるかのように。被爆二世であることも否定された。善か悪、二者択一の単純化。かくして新垣隆氏は、長年ゴーストライターの貶められていた才能豊かな人物という物語が作り出され、メディアでもてはやされるようになる。そんなこともまた消費されていく現代。

美談や苦悩や悪意の物語を作り上げて、持ち上げて貶めるメディア。その犠牲になる人々。そして、そんな犠牲者たちにも、日常はあり、続いていく未来がある。そして寄り添う人たちがいる。そんな様々な嘘に翻弄される人間の姿を、その弱さや虚栄や言葉にならぬ思いを見つめようとしたドキュメンタリーだ。


製作年 2016年
製作国 日本
配給 東風
上映時間 109分
監督:森達也
プロデューサー:橋本佳子
撮影:森達也、山崎裕
編集:鈴尾啓太
キャスト:佐村河内守

☆☆☆☆4
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : ドキュメンタリー ☆☆☆☆4

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アホな記事や。

演奏はしてるやん!

この記者は目暗かwwwwwwwww

「新垣氏からの発言を聞きたかった!」はぁ???

新垣隆からの発言は2年半さんざん聞いてきたのでは???
一方的に2万回くらい・・・・。
この記事も森達也氏の言わんとしていることを全く掴んでいないです。

Re: タイトルなし

失礼しました。演奏は確かにしています。
キーボードで演奏し、打ち込みで作曲することは出来るようですね。

ただ、その作曲能力が、これまでの楽曲の共作と言えるほど
感動させるものが出来たとは僕には思えませんでした。






新垣氏の著書「音楽という真実」に作曲の様子が詳しく書かれています。

Re: タイトルなし

情報ありがとうございます。かなり詳しく新垣さんは佐村河内氏との作曲のやり取りについて
書かれているようですね。

二人が直接対話するシチュエーションが作れたら興味深いですが、実現しないでしょうね。
もっと新垣氏への思いや作曲の過程などについて、佐村河内氏に聞いても良かったのではないかと
思いますね。新垣氏の本を検証する意味で。

彼がシンセで作曲すること自体は、新垣氏も認めているし、なんら衝撃的でもないことですよね。
森氏は、彼の嘘を糾弾するしたり、検証することに興味があったわけではなく、
嘘をつく人間そのもの、佐村河内氏そのものに興味があったんでしょうね。
だから、あえて彼に寄り添い、彼との関係を築き、彼の自然に近い姿を捉えようとした。
ただもう少し、ツッコミがあっても良かったかもしれません。



> 新垣氏の著書「音楽という真実」に作曲の様子が詳しく書かれています。
プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
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2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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