「ふきげんな過去」前田司郎

(C)2016「ふきげんな過去」製作委員会
演劇畑の人が作る映画は、どこか現実離れしているところがあって面白い。この映画でも、「ワニ」と「爆弾」、「未来」と「過去」が重要なキーワードになっている。映像の持つリアリティと演劇的寓意性のバランス。そのギリギリのところで、この映画は踏みとどまっており、この映画の俳優の身体的な演出も含めて僕にはとても楽しめた。
前田司郎は、劇団「五反田団」を主宰し、劇作家、演出家、俳優として活躍する一方で、09年には『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞も受賞・・・とネットにある。演劇はまだ見たことないし、小説も読んでいない。ただ、何回か前田司郎脚本のテレビドラマは見た。田中麗奈主演のNHK‐BSの『徒歩7分』は引きこもり女子の話だった。ダラダラとした大きな出来事が起きない展開だけど台詞が面白かった。彼はこのドラマで向田邦子賞を受賞した。映画『横路世之介』の脚本も書いている。あの映画も良かった。
さて、この『ふきげんな過去』である。ぼくはなぜかこのタイトルを『ふざけんな過去』と読んでしまい、「ふきげんな」であることを映画館に行って気づいた。いずれにせよ二階堂ふみは「過去」への文句や恨みがあるらしい。彼女が演じる名前が「かこ」(過去ではなく果子)というヘンテコな名前で、突然帰ってくる18年前に死んだはずの伯母?を演じる小泉今日子の名前は「みきこ」(未来子)である。過去から未来がやってくるわけだ。
そして果子(二階堂ふみ)は、「未来が見える」とつぶやく。「同じことの繰り返し」で、新しい予想できない未来などないとタカをくくっているのだ。だから、いつも不機嫌でつまらなさそうだ。それは、一緒に暮らすいとこのカナ(山田望叶)も同じだ。投げやりなのか大胆なのか分からない絵を描いていたり、二人は家の中でグダグダしている。さらに、生まれたばかりの赤ん坊でさえグッタリとしてあまり動かないのだ。まったく覇気のない妙な家族である。そんなやる気のない家族は、開かれた空間である食堂のような場所で、みんなで豆の皮をむいているのだ。そのだらんとした家族の描き方がいい。果子が赤ちゃんの様子を見ているときは、ボーっと突っ立ったままで不自然な姿勢だし、アイスを舐めながらベッドで横になる果子の姿勢も不自然なほどダラダラだ。
そんなところに帰ってきた伯母と名乗る女、未来子(小泉今日子)は過去(果子)を捨てた女だ。「なんで捨てたの?」と果子から聞かれると、「邪魔だったからよ」とあっさり答える自己中心性。「あんたと同じように毎日がおんなじでつまらなかったのよ」と果子と同じような少女時代だったことを告げる。そして、彼女は何かを変えるために「爆弾」を作る。この「爆弾」のエピソードは、突飛で演劇的だ。未来子を好きだった果子の父タイチ(板尾創路)の指をその爆弾製作で吹っ飛ばしてしまうのだ。そして前科者になり、その後、行方不明になって事故で死んだとされた。
運河のような高速道路の下の川でワニを探すというエピソードが出てくる。ノリのホンダの嫁の赤ちゃんがワニに食べられたという噂話。そして、ワニを探し続けるノリのホンダの嫁。冒頭で果子は、「ワニがいないことを確認している」という訳のわからないことをつぶやきつつ、ビニール傘を地面に引きづり奇妙な音を立て続ける。このザーザーとした音が、果子の不機嫌さを表していてうまい導入になっている。
そしてラスト、とんでもないことに東京の運河にいるはずもないワニが見つかる。このへんはネタバレになるので、あまり詳しく書けないが(書いてしまうが)、未来子は幽霊ではなく、ワニだったのか?というとんでもない寓意も成り立つ。フェリーニの『甘い生活』のラストは浜辺に死んだエイのような魚が打ち上げられていた。そしてこの映画はワニだ。そのワニは、ノリのホンダの嫁の銛に突かれつつも、生き返って川に戻ったかのようだ。そんなワニを見て微笑む果子。ワニとはいったい何なんだ?
未来子と果子とカナの3人が深夜に川を下って、爆薬の原料となる硝石を探す場面がある。なんとも美しく不思議なシーンだ。3人の女は横一列に並び、さらに舟では縦一列に並ぶ。誘拐事件のあった廃屋の家のトイレの下の土を掘り、硝石を探すというのだ。突拍子がない。それは「未来が見える」とうそぶく果子に、「見えないもの」を探すことを教える母子旅でもある。現実を変える「爆弾」的なもの、「ここではないどこか」に連れて行ってもらうのではなく、自ら仕掛け、「ここではないどこか」へ向かおうとする。その試みで、たとえ大怪我(カナは爆弾実験で大怪我をする)をしたとしても。
海の事故で足を失ったという噂の男が、実はエレベーターで女が連れていた犬の紐に足が絡まったのだと、橋の上で果子たちに語る場面がある。現実はいつだって、どうしようもなくつまらない。それでも「ワニ」がいることを信じ、「見えないもの」を見つけだし、「爆弾」でつまらない日常を吹っ飛ばすことも必要なのだと、このダラダラとした家族たちは伝えようとする。「遠くを見ていいこと言わないで!」と文句を言いながら、果子が未来子と取っ組み合いのケンカを始める場面がある。あのあたりから、果子は未来子の後を追い、一緒に土を掘り、何かが変わり始める。最後に未来子にビニール傘で挑みかかったように、現実や「見えないもの」との格闘なくしては、未来はやってこない。
製作年 2016年
製作国 日本
配給 東京テアトル
上映時間 120分
監督:前田司郎
脚本:前田司郎
製作:重村博文、太田和宏
プロデューサ:ー森山敦、西ヶ谷寿一
撮影:佐々木靖之
照明:友田直孝
美術:安宅紀史、田中直純
編集:佐藤崇
音楽:岡田徹
主題歌:佐藤奈々子
キャスト:小泉今日子、二階堂ふみ、高良健吾、山田望叶、兵藤公美、山田裕貴、児玉貴志、大竹まこと、きたろう、斉木しげる、黒川芽以、梅沢昌代、板尾創路
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