「飆風(ひょうふう)」車谷長吉 (文春文庫)

自分の人生をさらけ出しつつネタにして小説にする私小説作家、車谷長吉。書くこととは自らを切り売りすることでもある。また時にモデルとした人から恨まれ怒られ、訴えられ、友を失くしたりもする。

なかでも印象的なのは、『密告』という小説。小説家として芽が出る前に代理店勤めのサラリーマンをしていた頃、安アパートでともに文学を目指していた友への嫉みと愛と友情の苦悩についての物語だ。女ウケのいい友人は、次から次へと女性をその気にさせては棄てて行く。そして文学への志を失い、資本主義に魂を売り渡していく。そんな友への羨望と嫉妬。田舎から女性を呼び寄せて一緒に暮らしながらも、別の女性を好きになり、簡単に心変わりしてしまう節操のなさに腹を立てた主人公は、これまでのことの次第を事細かに手紙に書きたてて、女性に密告の手紙を送るのだ。その自らがユダになった自己嫌悪とともに表出される感情。友への嫉みをどうすることもできない車谷長吉の人間としての浅ましさである。

さらに『飆風(ひょうふう)』という短編では、妻になった詩人の高橋順子との生活を赤裸々に描いている。芥川賞候補になるも選外になり、そんな時に会社をリストラされ、心因性ストレスで心臓を病み、胃潰瘍になる。さらに神経を病み強迫神経症で幻覚などに苦しむ姿は壮絶でさえある。そんななかで『赤目四十七瀧心中未遂』の推敲を重ね完成させた苦闘の日々。車谷長吉自身の自意識の強さ、どうしようもない他者への嫌悪感、さらに性への罪深き意識など興味深い描写が満載だ。

最初の短編『桃の実一ヶ』は、車谷氏を含むすねかじりで極道ものである子どもたちへの母の愚痴である。それもすべて先祖の家系の<因縁>によるものだというつぶやき。呪いと因縁、なんとも恨めしい母の愚痴が並ぶ。

最後に『私の小説論』が収録されている。車谷長吉の考え方がよくわかり興味深い。自分がいずれ死ぬということを知っているのが動物たちとは違う人間であり、それが「淋しい」ということでもある。生きるということの究極にあるのは、死ぬということ。人生の根本にあるのは、ただ生きているだけで淋しいということ。そして、作家「物書き」とは、「物を書く」のではなく、我々の中の「物が語る」ということ。「物」とは、「虫」(虫唾が走る、虫の居所が悪い)でもあり、「馬」(馬がが合う)でもあり、「魂」や「霊」のことである。

車谷長吉が会社を辞めた時の目標は「世捨人」になることだったという。この世界にあって、人間だけが尊いのでもなく、「人権」などというものを振りかざすのでもなく、人間は他の生物を食べて、罪を犯して生きている。「魂」「霊」「物」「虫」、自分の中にそういうものを発見することは、自分の中の言葉を発見すること。読み、聞き、書きして、人から教えられた言葉は、自分の言葉ではない。世の中には、他人の言葉ばかり頭の中にいっぱいに詰め込んでいる阿呆が多い。自分の中の「言葉」に気づく、自分の中の「物」を発見する、その自分の中の「魂」によって、「物書き」になるということが、小説を書くということ。

私は自分の骨身に沁みたことを、自分の骨身に沁みた言葉だけで、書いてきました。いつ命を失ってもよい、そういう精神で小説を書いて来ました。生きるか死ぬか、自分の命と小説とを引き換えにする覚悟で書いて来ました。人間としてこの世に生まれて来ることは罪であり、従って罰としてしなければならないことがたくさんあります。小説を書くことも、結婚することもその罰の一つです。

車谷長吉の原罪意識、骨身を削って言葉を絞り出すように書くこと、そんなギリギリの覚悟が彼にはあったのだと思う。
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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