「映画を撮りながら考えたこと」 是枝裕和(ミシマ社)

日本を代表する映画監督、是枝裕和氏が、自らの作品の成り立ちや映画を撮るにあたって考えたことなどを率直につづった文章。テレビマンからスタートした彼の人となりと考え方の変遷がよくわかる本になっている。年齢的にも私とも近く、同時代を生きていることや、東京から今の会社で作っていた過去のテレビドラマに憧れて北海道にやってきた私自身の人生とも重なる部分も多く、とても興味深く読んだ。

自ら描いた絵コンテに縛られて撮ったデビュー作『幻の光』(とても美しい作品だったと記憶している)。その反省を踏まえて、ドキュメンタリーのように、いまそこに生成されていくものにカメラを向けていこうとした『ワンダルフライフ』。日本を代表するドキュメンタリスト小川伸介は自らの本の中で、「ドキュメンタリーとは、取材者がこう撮りたいという欲求と、被取材者がこう撮られたいという欲求が衝突するところからうまれていくのだ」と書いているそうだ。『ワンダフルライフ』では、自分の大切な記憶を語ろうとする人にカメラを向けることで、被取材者の「自己表現の欲求」を撮ろうとしたのだと是枝は書く。それが映画として成功していたかというと私には疑問だが、これを読むと是枝監督が「表現が生まれていく生成に立ち会おうとした」こと、そんな観念的試みがあったのだとわかる。

テレビマンユニオンのテレビディレクター時代の苦闘と失敗も書かれている。『地球ZIG ZAG』という旅番組で、構成どおりにいかなくて「仕掛け」を演出したことへの自らの引っ掛かり。事前の構成が現実に覆されるその事実こそが一番面白いはずなのに、そういったものを排除して番組の枠にとらわれてしまったことへの悔恨。ドキュメンタリーを作る時に多くのテレビマンが悩む「やらせ」と「演出」の境目について是枝は考え続けた。そして、香港での餃子修業の放送回で、挑戦者の態度がひどくて店主に追い出された挫折をそのまま放送し、「挑戦」も「感動」も何もない番組を作ってしまったこと。プロデューサーから激怒され、レギュラーを外されてしまった体験が綴られている。

その後、「生活保護を考える福祉」の企画がフジのNONFIX枠で動き出し、そんなとき環境庁企画調整局長の山内豊徳氏が、水俣病裁判の国側の責任者として患者と行政の板挟みになった末、自殺した。そんな山内さんの奥さんを訪ね、「彼の福祉への思いを番組にしたい」と説得し、ドキュメンタリーを作った。それが『しかし・・・~福祉切り捨ての時代に~』という作品。是枝は、福祉というパブリックな問題を入り口にしながら、ひと組の夫婦のあり様、ひとりの女性のグリーフワーク(身近な人と死別して悲嘆にくれる心のプロセス)に関心を持ったのだと自らを振り返る。

その次に手掛けた『もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~』は、テレビマンユニオンを出社拒否していた頃、「仔牛を飼う小学生たち」に興味を持ち、自分で小学校に通いカメラを回し続けた。この子どもたちへの取材がのちに『誰も知らない』という映画につながっていった。人の仕事には、失敗も挫折も意味があるし、その一つ一つが次へとつながっていく。それが是枝監督の「今」を作っていったのだとつくづく思う。

ドキュメンタリーで「関係性を描く」ことに関心を持った是枝は、沢木耕太郎の『一瞬の夏』の「私ノンフィクション」に影響を受け、ナレーションを客観的にではなく「私」という主語を使い、自分が見た相手の一側面を限定情報として描くやり方を試みた。ドキュメンタリー番組のプロデューサー牛山純一は、「記録とは誰かの記録でなければ価値がない」と語っていた。是枝は「やらせ」とは自己のイメージを現実に優先させてしまう閉じた態度から生まれるものだと考える。現実を前にどのように「開かれた自己」として存在しつづけられるか、それがドキュメンタリーの最大の課題だ、と。「ドキュメンタリーとは手を加えない事実にカメラを向けて真実が撮れたもの」と考えがちだが、客観的な事実など撮れないということを見る側もつくる側も考えなければ、成熟したものなどつくれない。時代とともにドキュメンタリーの方法論は更新されていくべきだと書く。

そして、役者に即興を求めた映画『DISTANCE』。父権的なものの存在しない時代に育った世代が、麻原彰晃のある種の父性に引き寄せられていく状況を象徴的なものとして捉えた作品だ。さらに、『花よりもなほ』は、殺された父の仇討の話だが、「意味のある死より、意味のない生を発見する」というテーマだった。しかし、その考え方は正しかったと思うが、映画の出来としては次作の『歩いても歩いても』のほうが、生きている実感だけをディテイール含めてつくり、その価値観を体現できたと振り返る。

『誰も知らない』について・・・この映画で描きたかったのは、「誰かが正しくて誰かが間違っていたのかとか、大人は子どもに対してこのように接するべきだとか、子どもをめぐる法律をこう変えるべきだといった批判や教訓や提言ではなく、そこで暮らしているように子どもたちの日常を描くこと。それを彼らのそばでじっと見つめること。彼らの声に耳を傾けること。彼らの独り言(モノローグ)ではなく、対話(ダイアローグ)にすること。彼らの目に見返されること。」だったという。そのような態度を是枝はドキュメンタリーの現場で発見した。それは、対象との距離のとり方であり、時間と空間の共有の方法だったという。そして子どもたちに「口伝え」という演出法を確立していく。ドキュメンタリーの経験がなければ彼の傑作『誰も知らない』は生まれなかった。

そして役者とのコミュニケーションから脚本をふくらませていって、彼のやりたい映画が作れたという『歩いても歩いても』。外国の記者から「なぜいつも物語のなかに不在の死者がいるのか?」と問われ、西洋の「神」の代わりが、日本では「死者」なのではないかと思うようになったと書く。「家族だからわかりあえる」、「家族だから何でも話せる」というのではなく、「家族だから知られたくない」、「家族だからわからない」ことがあるはずだ。「かけがえがないけど、やっかいだ」、その両面を描くことが、ホームドラマであり、それがテレビで育った是枝のDNAなのだ。

そのほか、「空虚は他者との出会いの場に開かれている」、「空虚は可能性である」、「自分が満ち足りていないことは他者とつながる可能性である」というポジティブな作品を撮りたかったという映画『空気人形』のこと。歌手のCoccoに感動して撮りつづけた『大丈夫であるように』のこと。

さらにテレビの世界で影響を受けた佐々木昭一郎、精神的な父であった村木良彦、バラエティの分野で「解体」をした萩本欽一(『悪いのはみんな萩本欽一である』)、ドラマの分野で「解体」を進めた久世光彦・・・などなど、かつてのテレビマンたちの気概と批評精神についても興味深いことを書いている。

そして、『歩いても歩いても』の興行的失敗と、金銭的にも精神的にも支えになってくれていたプロデューサー安田匡裕氏の死のショックから映画をしばらく休業しようとしていたこと。そんなときに、「九州新幹線をモチーフにした企画」の話が来て、「まえだまえだ」兄弟に出会って撮った『奇跡』のこと。福山雅治との出会いから生まれた『そして父になる』。もともと好きだった吉田秋雄生のマンガ原作であり、広瀬すずと出会い、<四姉妹と家>を主役に「4つ季節と3つの葬式」を描いた『海街diary』。この映画では「失われたけれど受け継がれていくもの」をテーマにした。この3作品は、是枝が「作家」というよりも「職人」を目指して作ったという。「作家」としてのプライドや思い込みで大事にしているものなんてどうでもよく、職人でいるほうが作品が開いていく実感をこの3作品で得たのだという。

最後に最新作『海よりもまだ深く』のことにも触れている。『歩いても歩いても』のその後、50代になった是枝と阿部寛、再び「作家」に戻って書いてみたお話。自分が大好きだったホームドラマへの偏愛と尊敬によって、この映画は出来ていると書く。

是枝が何度も書いているのは、「作品は開かれている」ものだということ。映画とは、作家のイメージの中の「自己実現」として閉じられたものではなく、つねに現実の前で生成され、役者や様々な人とのコミュニケーションからどんどん変わり、より膨らんでいくもの。日常の些細なディティールを大切に描くことで伝えられる生きていることの豊かさ。そんなものをさまざまな失敗と体験を繰り返して描いていった。その方法論にひとつひとつ誠実に向き合いながら、映画を作っていることがわかる本だ。
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2016年ベスト10
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    1、「愛、アムール」
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    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
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    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
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    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
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<洋画>
    2、「少年と自転車」
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    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
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番外
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    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
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2011年映画ベスト10
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    6,「トゥルー・グリット」
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