「ノスタルジア」アンドレイ・タルコフスキー

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たぶん公開時以来、久しぶりに映画館で観た。昔よく通った文芸座である。パチンコ屋の2階で風情はなくなってしまったが、いい映画は上映している。タルコフスキーは『鏡』を初めて観て以来、その映像美と詩的描写、眠くなるような独特のリズム、どれもが驚きで、当時は圧倒されぱなっしだった。正直、よくわからなかった部分も多かった。『鏡』、『ストーカー』、『ノスタルジア』、『サクリファイス』、そして初期の『惑星ソラリス』と圧倒されつつも、魅入られるものが多かった。観念的、哲学的、詩的世界は何度も見直したくなる映画でもある。

そんな『ノスタルジア』を久しぶりに観ての感想だが、やっぱり分かりづらく、観念的な映画だなぁと思った。過大に評価され過ぎな部分もあるのかもしれない。僕はどちらかというと、初期の自伝的要素が強い『鏡』の方が好きだ。スケール感のあるロングショットを多用する意味では、タルコフスキーよりもギリシャのアンゲロプロスの方が好みだ。

それでも冒頭から映像は素晴らしい。故郷ロシアの幼い頃に住んでいたと思われるイメージ。家と森と白い馬、丘をゆっくりとおりていく家族とシェパード犬。絵画のような美しい構図だ。さらに霧に覆われた平原のシーンも美しい。車がフレーム・インとアウトを繰り返し、右から左、左から中央へ画面を横に移動しゆっくりと止まり、男と女が降りてくる。そして、霧の中を画面の奥へ(ヨコからタテへ)と歩いていく。

18世紀にイタリアを放浪し故国に帰れば奴隷になると知りながら帰国し自殺したロシアの音楽家パヴェル・サスノフスキーの足跡を辿る詩人。そして通訳の女。故郷ロシアへのノスタルジア。イタリアでロケしたこの作品は、亡命したタルコフスキー自身の郷愁が描かれている。そして幼き頃の夢のロシアの風景。

通訳の女、エウジェニア(ドミツィアーナ・ジョルダーノ)がロシアの詩集(父・アルセニイ・タルコフスキーの詩集)をイタリア語訳で読んでいると、「すべての芸術は訳することができない。お互いが理解しあうには国境をなくせばいい」と男、詩人のアンドレイ(オレーグ・ヤンコフスキー)が言う。イタリア人の女性には、ロシアのことなど分かる訳がないと言わんばかりに。イタリアとロシア、空間の隔たり、そして過去の時間の隔たり。ロシア音楽家の18世紀とこの詩人の現在、あるいは詩人の今と幼き頃の過去。ホテルの部屋でかつてのロシアの家の夢を見て、シェパード犬がホテルの部屋に現れる。ロシアにいる妻とイタリア女性のエウジェニアの描写。ロシアの過去とイタリアの現実が幻想とともに交錯する。ホテルの窓からは雨が降り続いている。

温泉地で二人はメニコ(エルランド・ヨセフソン)という奇妙な男に出会う。世界の終末が真近だと感じ家族を7年間閉じこめたという変人だ。そんなドメニコの言葉に惹かれるアンドレイ。ドメニコの住まいの部屋から水が落ちてくる。水、雨、鏡、霧、家、光。タルコフスキー的イメージが何度も繰り返される。

アンドレイは病気に侵され、余命いくばくもない。生に輝くエウジェニアは光の中で美しい。しかし、彼女は教会で聖母マリアの前で跪くことが出来ない。ホテルの部屋では、大きな胸を露わにしつつ、アンドレイへの欲望と不満を爆発させる。ホテルの階段をクラウチングスタートで駆け上がる。現世的な世俗の女なのだ。死を間近に感じているアンドレイは、過去と未来、時間の中を彷徨っている。だからこそ、この世界の終末を唱える狂人ドメニコとシンクロする。

後半、ローマに出てきたドメニコの広場での人生最後の演説。聞くともなく佇んでいるだけの人たち。アンドレイはドメニコとの約束を果たすために、再び温泉地を訪れ、ろうそくに火をつけて広場をわたりきる儀式を行う。世界を救うために。温泉の湯が抜かれた広場で、火を灯したまま渡りきったアンドレイはその場所で倒れる。そして、かつてのロシアの家の前でシェパード犬とともに佇んでいる。カメラがゆっくりと引いていくと、イタリアの寺院のような柱が見えてくる。死の間際のロシアの幼き頃の幻想の夢が、イタリアの過去の遺跡と重なる。

これは男のスピリチュアルな旅の物語である。世界との関わり、故郷ロシアへの思い、さらに幼き過去や家族への思い、現実のイタリア女とロシアに残してきた家族。死を前にした男のさまざまな時空の旅の世界を圧倒的な自然の美しき映像で描いている。いわば閉じられた男の観念のイメージだ。それが物足りなくもある。


原題 Nostalghia
製作年 1983年
製作国 イタリア・ソ連合作
配給 フランス映画社
上映時間 126分
監督:アンドレイ・タルコフスキー
脚本:アンドレイ・タルコフスキー、トニーノ・グエッラ
製作総指揮:レンツォ・ロッセリーニ、マノロ・ボロニーニ
撮影:ジュゼッペ・ランチ
美術:アンドレア・クリザンティ
音楽:ルードビヒ・バン・ベートーベン、ジュゼッペ・ベルディ

☆☆☆☆☆5
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