「鏡」アンドレイ・タルコフスキー

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この映画を初めて観た時、冒頭の草原を吹き渡る風の美しさに鳥肌が立つほど感動したのだったが、久しぶりに観ると、色の美しさはカラーフィルムが褪せてしまったためか、それほど印象に残らなかった。それよりも、母であり、妻役もやっているマルガリータ・テレホワの美しさの方が気になった。愁いを帯びて草原を眺めながら煙草を吹かす美しき女性。通りがかりの医者が声をかけ、柵が折れて転ぶ二人。男は人間の「内なる自然」の大切さを語り、去っていく。それと同時に吹き渡る風。ストーリーとはとくに関係ないにもかかわらず、なぜか気になる導入部である。

吃音の矯正の白黒画像から始まるこの映画は、タルコフスキーの自伝的要素が強いと言われている。詩人であった父は、納屋の火事が起きた年に家からいなくなる。成人した男のもとへ母からの電話がある。印刷所時代の同僚の女性が亡くなったのだという。現在から過去へ、時間は行きつ戻りつする。母は誤植をしたと慌てて印刷工場へ向かう場面が描かれる。一字一句の間違えも許されないソ連のスターリン体制時代の恐怖なのか。雨の中をずぶ濡れになりながら走る女性(母)が印象的だ。そして、同僚から「あなたはいつでも自分勝手だ」と罵倒される。そんな母と同じような女性を妻にした現在、父と同じように私は妻と離婚することになっており、息子を引き取る話をしている。妻からは自信過剰で人から折り合いが悪いと私は非難される。そんな私は母と同じだ。鏡のような過去と現実。父や母と私。かつての少年は描かれるが、現在の私はカメラの前には現れない。あくまでも主観なのだ。

母は水のイメージとともに描かれる。盥の中の水で髪を洗うシーン。雨に濡れ、シャワーで体を濡らす場面。そして有名な空中浮遊の場面では、部屋の天井から水が落ちてくる。母=水=胎内=自然=地球。そして家族=家。

この映画ではスペイン戦争、第二次世界大戦、原子爆弾、中国の文化大革命、中ソ国境紛争など数々の戦争フィルムが挿入される。子どもの頃の軍事教練の場面もある。時代、社会と個人や家族の歴史と幻想。貧しくて田舎の知り合いを頼って母と宝石を売りに行く場面では、ニワトリの首を切り落とすことを母が強要される。社会の暴力、虐殺の暗喩なのか。母が生きていくための足手まといになった少年期の記憶は、両親の間で揺れる息子の心境と重なる。これも鏡合わせ。

ラストは草原を走る現在の老婆の母と少年時代の私と妹が映し出される。あり得ない現在と過去が草原の中で結びつく。愛する母の記憶と水のイメージ、そして懐かしき家と孤独な部屋。納屋の炎と草原の風。罪や暴力が人生を狂わし、人々は孤独になる。時代は合わせ鏡のように、過去と現在を繰り返す。


原題 Zerkalo ЗЕРКАЛО
製作年 1975年
製作国 ソ連
配給 日本海映画
監督:アンドレイ・タルコフスキー
脚本:アレクサンドル・ミシャーリン、アンドレイ・タルコフスキー
撮影:ゲオルギー・レルベルグ
美術:ニコライ・ドヴィグブスキー
音楽:エドゥアルド・アルテミエフ
ナレーション:インノケンティ・スモクトゥノフスキー
キャスト:マルガリータ・テレホワ、オレーグ・ヤンコフスキー、イグナート・ダニルツェフ、フィリップ・ヤンコフスキー、アナトリー・ソロニーツィン、ニコライ・グリニコ

☆☆☆☆☆5
(カ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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