「感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか」堀内進之介(集英社新書)

タイトルに惹かれて買った。著者は全く知らない。このところ、「感情」ですべてが決められているような気がする。近代とともに「理性」の限界も言われている。確かに「理性」の絶対的な信頼のもと何でも出来るという人間の奢りが近代の行き詰まりを示している。合理主義の妄想。しかし、一方で「空気」や「共感」や「絆」や単純化で感情に訴えかけたり、非難やバッシングなど感情的な表現が目立つようななってきた。「感情」に流される危うさもある。「感情」に釣られないために・・・気になって読んでみた。

私たちは自分を誤魔化すのがうまい。言い訳の正当化、自己欺瞞。感情を理性でコントロールしようとしてきたが、むしろ「理性は感情の奴隷である」とノーベル経済学賞を2002年に受賞した心理学者・行動経済学者のダニエル・カーネマンは指摘している。理性への信頼の喪失とともに、感情の働きとしての「共感」や「思い遣り」「やる気」「直観」に注目が集まっているが、人間が感情的な動物である負の側面をしっかりと見極めよう。感情への期待を逆手に取られ、国家や市場や会社や共同体に都合よく動員されるだけでなく、だまされていることに薄々気づいていても、動員されてしまったことさえ都合よく合理化して、もっともらしい理由をつけて納得してしまうことを知ろう。そして「冷静に考える」ための条件や環境を整えることの重要さを本書は説いている。

そのための環境整備として「ナッジ(nudge)」という方法論に注目している。多すぎる選択肢を体系化して選びやすくする技術だという。たとえば、男性用トイレにある描かれた標的に向かって用を足すことを促すものがある。強制ではなく、感覚的に、ついつい標的を狙ってしまう人間の習性を利用した仕組み。「注意し促すために、肘で軽く突く」程度の方法論が「ナッジ」である。

わかったようなわからないようなところもあり、議論が多岐にわたっているため、納得するところもあるが、「じゃあ、その理性を手助けする環境を整えるって、どうすんのよ」と、その事例が少なすぎて納得できないところもあるが、それはみんなで考えて行こうということなのだろう。

以下、本書のまとめです。

アメリカの選挙では、理性よりも感情を巧妙に動員している共和党のスローガンやスピーチが受けている。理性に働きかけている民主党の方法では選挙に勝てないと言われている。

「選択肢が増えすぎると、人はむしろ何も選べなくなる」という決定回避の法則は、心理学的に言われている。選択肢が多い方がいいという合理性だけでは人間は動かない。労働もまた利益の大小だけではなく、「喜び」や「やりがい」などの感情的な承認も大きな要素だ。最近は、そんな「強制された自発性」を「やりがいの搾取」と呼ぶそうだ。感情に配慮して「動員」させること。

マーケティングも製品の機能的価値を伝えたマーケティング1.0の時代から、消費者志向に配慮し、「価値の差別化」のマーケティング2.0の時代、さらに消費者は企業の姿勢、「世界をよりよい場所にすること」という「価値主導」、企業そのものが持つ使命、目的、価値が「買うもの」として評価されるマーケティング3.0の時代に突入していうという。企業と消費者の間には信頼関係や感情的な結びつきが必要となる時代。それがSNSで拡散、共有される「つながり消費」。文脈(コンテクスト)のテキスト化、可視化の時代
。ヒューマンファクターにもとづいて広告する必要があり、「シェア」がキーワードだと言われている。コンテンツ(中身)よりも、コンテクスト(文脈)を重視するようになっただけでなく、その文脈そのものをコンテンツ化すること、シェアすることが求められている。ここにも「人間らしい」感情への関与が重要だと言われているのだ。

政治の世界では、寛容を自負する人々、多様性と寛容を掲げるリベラルのその主張自体が否定し難いにもかかわらず、次第に人々の支持を得られなくなった。リベラルの正論が欺瞞的に見え、「小泉劇場」のような既得権益を守ろうとする「抵抗勢力」を攻撃するワンフレーズ・ポリティクスが大きな支持を得た。理性よりも感情に訴える手法は、昔から有効と言われてきた。宗教的な共同体を基礎とした感情の連帯と、それに根ざした自治の精神こそがアメリカ建国の歴史だと、フランスの思想家アレクシ・ド・ドクヴィルは指摘している。

うまくいている社会には必ず感情の連帯がある。感情的な連帯のあるコミュニティに期待する論者は多い。トクヴィル、ロバート・バットナム、マイケル・サンデル、ロバート・N・ベラーたち。彼らは「比較的小さな共同体は、尊敬と協働の慣習をつくりだし、自分の私的利害よりも共同体の秩序を優先する互いの生活に対する責任感を生む。仲間の中における感情の連帯は、無責任な大衆を有能な市民に変え、民主主義制度の基礎をつくる」と考えた。しかし、親密な関係の中で話し合いをするとき、人は仲間との人間関係が気まずくならないように明確な批判を避け、衝突を避けようとする。感情の連帯が良い社会であればよりよく、悪い社会であればより悪く、その社会の構造を強くしてしまう。

感情的に受容したものは、それが合理的でなくとも合理的な理由を探し受容する。一方、理性に直接訴えかけるメッセージは、どれだけ合理的であっても、好き嫌いによって、受け入れられないことがある。つまり感情的な手法は、合理的でなくてもそれを選ぶ場合があり、要注意だということだ。

信用とは、裏付けや根拠があって、それに基づいて信じることであるのに対して、信頼は、裏付けや根拠がなくても「信用するに足りるだろう」と期待して信じることである。未来に向けて必要なのは、無根拠に信頼させようとするよりも、信用を得て実績を積んでいくことだ。

人間の意志の弱さや理性の不十分さを理解して、人間をほんの少し理性的に、ほんの少し感情的でなくしていくために、システムと協働すること。人間の弱さを前提としたシステム。それがナッジを使ったシステムだという訳だ。

「選挙に行きなさい」というよりも「明日何時に投票所に行きますか」「家か職場から、どちらから行きますか」「電車か徒歩か、どちらで行きますか」と具体的に聞いた方が投票率は上がるという。

「臓器売買は望ましくない」「死後の自らの肉体の処理に強い関心を持ってない」という二つの条件に合意できる人は、基本的にすべて自動的にドナー登録をしておくという方法で、格段に登録者の数は増える。選択肢の幅をどのように設定するかで、人の行動は大きく左右される。

理性的過ぎることが問題になるほど人類が理性的であったことは一度もない。理性それ自体への批判は大事だが、「理性の時代は終わりだ、これからは感情の時代だ」というのは楽観的すぎる。

やたらと即断即決を求められ、楽な方に流されがちの現代において、事前によく考慮された選択肢の中から感情(直観)を信じて選ぶことが出来る理性的な工夫が有効だ。紙と鉛筆があれば難しい計算ができきるように、理性は外部の力を借りさえすれば、十分にその力を発揮することが出来る。私たちをより怠惰にする環境ではなく、もう少しだけ利口にする環境こそ必要なのだと本書は説く。
スポンサーサイト

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
149位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
73位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター