「脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克」中野剛志、中野信子、適菜収(文春新書)

先日読んだ『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』(堀内進之介)と話がつながっている。経済産業省の官僚でありながら、反TPP論者として有名な中野剛志、ニーチェ研究、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』などの著書もある適菜収という二人の反安倍の保守論客と今ひっぱりだこの脳科学者、中野信子の言いっ放し鼎談。近代的人間観がいかに日本をダメにしたか、ニセ右翼とダメ左翼の戦後をめった切り。戦争、近代、経済、グローバリズム、共同体・・・、脳科学の知見も踏まえ、話は縦横無尽に展開される。やや乱暴な議論も多いが、近代合理主義の限界、グローバリズムの終焉と自由と共同体の関係、感情の動員とも通じるが、快楽物質オキシトシンの分泌による集団の内社会性の向上と攻撃的排他性、争い続けることをやめない人間の習性、共同体と個人のあり方など共感できるところもあり、近代を考え直す意味で示唆的な鼎談だ。

われわれがいかに近代的価値観のもとで思考停止に陥っているか。そんな近代的人間観を捨てよ!と3人は言う。脳科学的データから中野信子が、女性が不安がるのは脳内物質のセロトニン合成能力が男性よりも少ないからと説明。「快楽ホルモン」と呼ばれるドーパミンはヨーロッパ人に比べて日本人は少ないとか。だから、日本人や東アジア人は律儀に所与のルールに引きずられる傾向があるのに比べて、ヨーロッパ人は自分のルールを勝手に作り出す。日本人の外交下手もそんな要因があるのかも。ヨーロッパ人は繰り返される戦争や疫病で、既存のルールを破ってでも臨機応変に生き残る環境圧力があったからではないか、と推理。

以下、各章ごとのメモ

<第一章 ナショナリズム-なぜ快楽なのか>
適菜:近年、「ナショナリズム=保守」といった固定感は誤りであり、前近代的共同体を破壊したのが近代であり、その延長線上にナショナリズムがある。近代国家を支えているの理念は「国民主権」。その根本はキリスト教の「神の前の平等」に由来。それが建前であり、本音では、伝統や神話が国民統合の大きな力になっている。
信子:人間は自分で意思決定するのを嫌がる生物。自由に決める行為には心理的負担が伴う。自由は脳を不快にしている。
適菜:選択肢の多さは幸福度を下げると、心理学者バリー・シュワルツも指摘している。
信子:ナショナリズムとは、多様な価値観を強引に共存させる枠組み。お互いに寛容の心を持って共存していくリベラリズムは、ネイションの枠組みを必要とする。

剛志:日本人は「ケア」」を重視する。それは日本特有にものではなく、西洋人でも女性には昔からある。ケアの価値観が保守だとすると、近代の極端な理性尊重、原理重視を保守は嫌がる。
信子:セロトニンが少ない日本人は、不安が強くて慎重な人の方が遺伝子を残しやすかった。アメリカのような移民の多いところでは、セロトニンが多く、リスクを取って新境地に挑んだ方が遺伝子を残しやすかった。

剛志:ウェーバーは近代化するにつれて宗教の力は衰え世俗化していくと言ったが、デュルケームは、そもそも社会は聖的なものがなければ成り立たない、あらゆる社会は聖的なものが根底にあると考えた。
信子:聖的なものを破壊して理性だけでコントロールしようとしても、その社会は壊れるだけ。
適菜:ニーチェは『アンチクリスト』のなかで、統合原理としての神は先祖に対する畏敬の念、自然への恐怖、農耕に対する感謝といった民族のあらゆる感情を投影したもの。しかし、ある種の宗教(キリスト教)は、こうした複雑な神を一面的な「正義の神」にしてしまったと指摘。
剛志:より一神教的要素の強いプロテスタント、宗教原理主義は近代合理主義と非常に相性がいい。原理原則から導かれたものを信じること。
信子:宗教が戦争を引き起こし、戦争から合理性が追求された。
適菜:戦争が平等化を進め、近代を生み出した。近代啓蒙思想、合理主義が絶対視されるようになり、フランス革命で理性が神の座に祀り上げられた。

<第二章 国家と体制-なぜ自由は苦痛なのか>
剛志:戦後の日本は「個の自立」と言われ、「日本人はまだ個が自立していない」と言われ続けた。そもそも人間は個が自立していない生物。
信子:「個」というのが、そもそも科学の目から見た幻想かもしれないのに。
剛志:人間は自由ではありえない。周囲の何物かに束縛されている。
適菜:そもそもアイデンティティとは環境との関係性。環境から切り離せば気が狂うのは当たり前。アメリカでは極端なかたちで自由主義が暴走し、個人主義が暴走する。わが国の自称保守もそんな自由主義を礼賛している。
剛志:「国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」と安倍総理は言った。ハンナ・アレントも資本主義の暴走が国民国家の解体につながると指摘している。

剛志:スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガゼットは「私とは、私とその環境である」と言った。人間は環境と切り離せない。なぜ日本ではナショナリズム=悪とする言葉が強いのかというと、日本は欧米に遅れて近代化をし、その挙句に戦争に負けたものだから、それが負い目となり、前近代的な共同体に束縛されることをよしとしない傾向が強くなった。丸山眞男の『超国家主義の論理と心理』のせいで、「封建社会の遺制が日本に残っていたことから、日本には近代的な自由な主体という意識が発達せず、そのために非合理的な戦争に突き進んでしまった」という主旨のことを言った。実は逆で、前近代的な共同体が崩壊したからこそ戦争の道に突き進んでしまったのに。
信子:「非合理的な戦争」という発想が間違い。合理的な解決手段だから、人間は戦争を選択した歴史があった。

信子:人間の知能も暴走進化のひとつ。知能が高い個体ほど繁殖しない。人間は知能の高い方に進化してしまっているので、これから元に戻れというのは難しい。苦し紛れに私が言うのは、ヤンキーに未来を託すか、人工授精とか人工子宮とか、技術的に解決する以外ない。

<第3章 ポピュリズム-なぜバカははびこるのか>
信子:なぜ賢い人たちがバカげた政治(橋本徹のような)を支持するのか?
剛志:僕の仮説は、賢い人は、勝ち負けを冷徹に計算できる。どちらの馬に乗ったほうが有利かと、その立派な頭をその計算のために使う。自分の保身のために賢さを使えば、強い方の支持の側になる。知性があるからこそ、同調圧力に屈してしまう。反対しても無駄だと計算してしまう。

剛志:集団に帰属しているからといって、個人主義とは反しない。逆に、共同体から切り離された個のほうは、人間の性向として集団に行かざるを得ないので、集団を求めて大衆煽動やマスメディアに流されたりしてしまう。これがポピュリズムの正体。
適菜:前近代の拘束から逃れたと思い込んでいる個というものは、実は多数者の絶対的な力に隷属するようになっただけ。その流れを推進するのがポピュリズム。
信子:現代の不安は、脳科学によって自分を枠にはめて欲しい。自分がこういう人間だということを確かに決めてもらい、知ってもらい、認めて欲しい。それを権威ある誰かに受容してほしい。承認欲求の一つの形です。興味があるのは自分のことだけ。
剛志:本来ならば、人間のそうした欲求を満たす「場」が機能すべき。たとえば家族とか、社会とか、学校とか。地域共同体とか。

適菜:「虫の知らせ」といった重要なものを迷信だと切り捨てたのが近代。マイケル・ポランニ―は、「虫の知らせ」といったものこそ認識や「知」そのものを支えていると言った。
信子:倫理的に正しい行動を「美しい」と言ったり、自分勝手な行動を「醜い」と言ったりする。美醜と正邪を判断しているのは、脳の同じ領域の反応。

剛志:人間は、自分で自分を欺瞞する能力は極めて優れている。自己欺瞞の能力は無限大。
信子:知性は、短期的に稼いで、人との争いに勝って、何十年かの人生をうまくやるという意味では役に立つが、何百年単位のスパンで人類の歴史を見たときに、知性はまったく役に立たない。
適菜:自分の無知と理性の限界に気づくのが「賢い人」ですね。

<第4章 暴力-なぜ人間は戦争をやめられないのか>
剛志:近代的・合理主義的経営の起源は戦争。軍隊に発する近代合理主義は民間にも応用され、総力戦とともに多くの人間が動員され、平等のメカニズムも発生し、能力主義も生まれた。
信子:ルソーに限らず、左翼的な人たちはルサンチマンの昇華に苦しんでいる。権威あるものを叩くことによって心的葛藤を解消しようとするプロセスが、政治的な運動に表れているような気がする。
適菜:近代啓蒙思想の背後にはルサンチマンがある。前近代に「悪」のレッテルを貼り、理想社会を目指すという進歩史観。
剛志:トマ・ピケティによれば、ベルエポックの時代、フランスは上位1%の金持ちが60%の資産を所有していた。その格差は二度の大戦や世界恐慌で縮小した。戦費調達のために富裕層は累進課税で増税された。そして、一般市民を兵隊として雇う代わりに福祉と医療保険制度が拡充された。戦争のおかげで福祉国家が出来上がっていった。しかし、冷戦の終結と核兵器の登場によって戦争がしにくくなった。その結果、格差再拡大の時代になった。だからといって、戦争が必要だとは思わないが・・・。

剛志:個別的自衛権の強化が喫緊の課題。アメリカは世界の警察官ではなくなった。
信子:「幸せホルモン」とよばれるオキシトシン、個人と個人ではオキシトシンが分泌されると愛着形成が行われる。しかし集団という単位では、「妬み」の感情を強め、排他的振る舞いを昂進させる。「内社会性」、「内集団バイアス」が強まる。誰かを攻撃することで、快感が得られ、仲間に承認してもらえる。「泥棒洞窟実験」という有名な実験で、集団でいることでオキシトシンの濃度は高まり、二つの集団を融和させるには「共通の難題」が必要だった。集団になると戦争が始まるプロセスの原型。

適菜:人間は集団で生きるのが進化の上で適応的だったが、集団になれば戦争を引き起こす。いずれにせよ、個と集団は切り離せない。現在の共同体が崩壊してバラバラの個になるのは、きわめて危険な状態。
剛志:近代は近代で、もう一度共同体をつくり直すしかない。「ゲマインシャフト(共同社会)からゲゼルシャフト(利益社会)へ」と社会の進化論なるものを真に受けて、堺屋太一はゲマインシャフト化する会社はダメになると言ったが、ゲマインシャフト化する会社こそが、パーフォーマンスのいい会社。
信子:ネット社会が受けるのもリアルな共同体が崩壊して、個がバラバラになったから。
剛志:しかしネットのコミュニケーションはすぐ荒れる。人間は顔を突き合わせて、時間をかけて、長く付き合って相手を知らないと、相手のことは認識できない。

<おわりに-近代を超えられるか>
剛志:イラク戦争は普遍的な価値観を掲げるアメリカの秩序が終わった日、リーマン・ショックは経済のグローバル化が終わった日。安倍は湾岸戦争時に日本は「金を出したけど一滴も血を流さない」と言われた頃の非難の記憶を引きずっている。アメリカ自身も世界戦略の転換に踏み切り、世界の警察官の役目を下りたのに、親米保守たちはそれに気づいていない。


本書で3人は、悪しき平等主義や原理原則から導かれる合理主義で近代人は思考停止に陥っていると指摘。近代で共同体は破壊され、個はバラバラになり、格差とポピュリズムが社会に蔓延している。集団との争いや攻撃性や排他性のうちにオキシトシンという快楽物質を分泌してしまう人間にあって、集団(共同体)を維持・運営していくには、聖的なるもの、権威や慣習といった論理では説明しきれないもの、「暗黙知」のような人間の言葉では置き換えることのできないものの大切さを訴える。

適菜:理性や合理というものだけでは人間は成り立たないと感知するのが保守であり、逆に人間という存在からその根幹を支えているものを切り離し、学問的モデルとして生み出されたのが「近代人」ということ。
剛志:人間は結局はわかりあえない。しかしながら共存しなければならないから、共通の記号を用いて一応わかりあったことにしている。「歯の痛みは他人にはわからない」、このように孤独な自我を強烈に意識するのは、西欧には個人主義の伝統があるから。だからこそ彼らは共同体とかシンボルとか権威といった、近代では否定されがちなものの重要性が痛いほどよくわかっている。「自分のことは、歯の痛みのように、他人には本当にわかってもらえないんだ」という人間の根源的な恐ろしさを知らない甘ったれた日本人ほど、安易に「個の自立」だの「近代的な自我の確立」だと口走り、共同体を破壊するのだ。
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