「怒り」李相日

今年は評判のいい日本映画が多い。この作品もその1本である。役者陣が素晴らしい。よくここまでのメンバーをキャスティングできたと思う。現在、テレビ・映画でひっぱりだこの役者たちだ。
さて、この映画だが『悪人』と同じ原作・監督ということで期待して観た。だが、やや仕掛けに凝り過ぎで、犯人は誰?のミステリーを引っ張り過ぎの強引な展開で、観終わって物足りなさが残った。なんといっても犯人の「怒り」の背景が弱すぎるのではないか。あれじゃぁ、ちょっとイカれた変な奴でしかない。
吉田修一という作家は、『パレード』という原作(行定勲監督で映画化もされた)でも、共同生活をする男女を描いた犯人探しのミステリーがあって、これもミステリーに主眼を置いて、犯人像が弱かった記憶がある。この『怒り』では、綾野剛、森山未來、松山ケンイチという3人の怪しい男をそれぞれ描きつつ、誰が犯人かをミステリー仕立てにして、素性の分からぬ男をどこまで信じられるかがテーマとなっている。
なんといっても宮崎あおいがいい。ちょっと知的障害もある女の子という設定で、父親演じる渡辺謙は「娘は幸せになれるはずがない」と不憫に思っている親子関係と素性の分からぬ男、松山ケンイチの描かれ方が一番力が入っており、時間も使われ演出されている。妻夫木聡と綾野剛の同性愛カップルも、それなりに丹念に描かれている。特に綾野剛はそれらしい雰囲気を出している。しかし、妻夫木聡に女性と一緒にいるところを見られ、疑われるとすぐ行方不明になる設定は、ややご都合主義的ではないか。一緒に墓に入ることまで話しておきながら、あの結末はなんとも拍子抜けだ。そして沖縄の描かれ方もやや定型的であり、物足りない。森山未来の変化も唐突感は否めず、不十分な感じがした。
冒頭の住宅街の夫婦殺傷事件のことにしても、犯人と同じ現場で日雇い労働者で働いていた男の証言にしても、犯人像が浮き彫りになるにはあまりにも描写に時間が使われていない。犯人ミステリーとそれぞれの男たちの今にほとんどの時間が割かれ、事件を起こした犯人の内なる鬱屈について、原作との違いがわからないが、映画では物足りないものになっている。だから、ラストがちっとも沁みこてこない。犯人の思いにちっとも共感できないのだ。それぞれの力量のある役者の見どころは十分あるが、『悪人』の面白さのレベルにはまったく達していない。
製作年 2016年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 142分
監督:李相日
原作:吉田修一
脚本:李相日
製作:市川南
エグゼクティブプロデューサー:山内章弘
企画・プロデュース:川村元気
プロデューサー:臼井真之介
撮影:笠松則通
照明:中村裕樹
美術:都築雄二、坂原文子
編集:今井剛
音楽:坂本龍一
キャスト:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、ピエール瀧、三浦貴大、佐久本宝、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、宮崎あおい、妻夫木聡
☆☆☆3
(イ)
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