「職業としての小説家」村上春樹 (新潮文庫)

村上春樹が小説家になったキッカケ、何を書けばいいのか?文学賞について。オリジナリティーとは?長編小説を書くこととは?フィジカルの大切さ。誰のために書くのか?海外へ出ていった理由などなど、かなり真面目に丁寧に小説家としての自分を見つめて書いている。

どんな人間が小説家に向いているかという話の中で、「あれはこうだよ」と簡単に結論を出すような人は小説家向きではなく、評論家やジャーナリストに向いていると書く。小説家に向いている人は、「あれはこうだよ」と結論が頭の中で出たとしても、「いやいや、ちょっと待て。ひょっとしたらそれはこっちの勝手な思い込みかもしれない」と、立ち止まって考え直す人。そして、自分もまた「早急に結論を出さずに、幾度となく繰り返し考える人」であると分析する。「小説家を志す人のやるべきは、素早く結論を取りだすことではなく、マテリアルをできるだけありのままに受け入れ、蓄積すること」だそうだ。

確かに村上春樹は何度も推敲を重ねるようだ。一日に四百字詰原稿用紙にして、十枚検討で原稿を書き、それを規則的に繰り返し、第一稿を書き終えると、一週間ぐらい休み、それから最初の書き直しを始める。その書き直しに一ヶ月か二ヶ月月を費やし、また一週間ほど間をおいて、二回目の書き直しをする。さらに半月か一か月、作品を抽斗にしまい込んで、忘れるようにして旅行したり、翻訳の仕事をしたりする。作品を「寝かせる」のだそうだ。そして、そのあとで、まず奥さんに原稿を読ませ、意見を聞く。その「第三者の導入」を受けて、「ケチをつけられた部分があれば、何はともあれ書き直す」。方向性はともかく、書き直す。そこには何かしらの問題点が含まれているはずだと考える。そしてさらに編集者に読んでもらい、その反応に対しても、指摘のあったところはやはり書き直すそうだ。その書き直しに出来るだけ時間をかけ、根気のいる作業を繰り返す。そのようにして時間をかけて、その時点ではこれ以上のものは書けないというほどエネルギーを惜しみなく投入して、長編を書きあげるのだそうだ。だから、その小説を批判されても、その時点ではそれがベストだったと思い、「やるべきことはやった」と思えるのだという。「時間があればもっと良いものが書けたはずだ」ということは絶対ないそうだ。

村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』を書こうとしたとき、「これはもう、何も書くことがないということを書くしかないんじゃないか」と痛感したそうだ。「何も書くことがない」ことを武器にして、小説を書き進めていくこと。とにかくありあわせのもので、物語をつくっていくこと。そのために新しい言葉と文体が必要だった。

戦争とか革命とか飢えとか、そういう重い問題を扱わない(扱えない)となると、必然的により軽いマテリアルを扱うことになりますし、そのためには軽量ではあっても俊敏で機動力のあるヴィークルがどうしても必要になります。(略) ここで僕が心がけたことは、まず「説明をしない」ということでした。それよりはいろんな断片的なエピソードやイメージや光景や言葉を、小説という容れ物の中にどんどん放り込んで、それを立体的に組み合わせていく。(略) そういう作業を進めるにあたっては音楽が何よりも役に立ちました。ちょうど音楽を演奏するような要領で、僕は文章を作っていきました。


村上春樹の原点がここにある。「書くべきものを持ち合わせていない」というのは、言い換えれば「何だって自由に書ける」ということ。最初から重いマテリアルを手にして出発した作家たちは、ある時点で「重さ負け」をしてしまう傾向がある。戦争のようなダイナミックな経験を持たない人でも小説は書ける。小さな経験からだって、やりようによってはびっくりするほどの力を引き出すことができるのだと村上は書く。

小説家の基本は物語を語ることです。そして物語を語るというのは、言い換えれば意識の下部に自ら下っていくことです。心の闇の底に下降していくことです。大きな物語を語ろうとすればするほど、作家はより深いところまで下りていかなくてはなりません。(略) 作家のその地下の暗闇の中から自分に必要なもの――つまり小説にとって必要な養分です――を見つけ、それを手に意識の上部領域に戻ってきます。そしてそれを文章という、かたちと意味を持つものに転換していきます。その暗闇の中には、ときには危険なものごとが満ちています。そこに生息するものは往々にして、様々な形象をとって人を惑わせようとします。また道標もなく地図もありません。迷路のようになっている個所もあります。地下の洞窟を同じです。(略) そのような深い闇の力に対抗するには、そして様々な危険と日常的に向き合うためには、どうしてもフィジカルな強さが必要となります。


フィジカルな力とスピリチュアルな力は、車の両輪であり、そのバランスを両立させること。そして彼は、毎日の規則正しい生活と、定時的な執筆活動、さらに毎日のランニングでフィジカルを鍛える。

さらに日本での様々な批判や雑音を逃れて、海外で出て行って小説を書くようになり、海外で認められるよう努力した。日本での理不尽な批判のこと、その時いろいろ思ったことなども率直に書いている。「自分が楽しむために書く」という彼の原点と、つねに「もっとよいものを書きたい」という発展途上にある彼の姿勢なども興味深い。
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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