「誰のせいでもない」ヴィム・ヴェンダース

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2017年最初の映画はヴィム・ヴェンダース最新作。これだけ内容の濃い映画なのに、大した話題にもならず、ひっそりと公開されているのが残念だ。原題は、Every Thing Will Be Fine。このFineには、多くの複雑な意味が込められている。人は単純ではなく、さまざまな面がある。人生もまた、ちょっとした事件や事故で、大きく変わってしまう。その事故によって、人もまた変わってゆく。時間の経過とともに。それでもなんとかなる。そんな複雑で深みのある静かな映画だ。

オープニングは氷の湖畔の小さな小屋の中。光が差し込む中でほこりが宙を舞っていて、それが美しい。3D映画らしいのだが、観たのは2D。それでも映像は美しかった。雪と氷に閉ざされたカナダのモントリオール郊外の田舎町。作家のトーマス(ジェームズ・フランコ)は、自らの小説に行き詰まりを感じ、恋人サラ(レイチェル・マクアダムス)ともうまくいっていない。そんな時、雪道で事故を起こしてしまう。小さな子供が雪山からソリで飛び出してくるのだ。車を止めて一人の子供が無事であるのを確認してほっとするトーマス。電話がかかってきた恋人サラにも、二人でこれからやり直せそうな話をする。しかし、その家に子供を送り届けた後に、母ケイト(シャルロット・ゲンズブール)から、もう一人弟がいたことを知らされる。

映画で奇妙なのは、その弟が一度も描かれていないことだ。まるで雪の中に消えてしまったかのように。泣き叫ぶ母の姿と警察の事情聴取で弟はやはり死んだことが明らかになる。観客は、弟の存在そのものが母の妄想なのではないかと思うくらい奇妙な事故の描かれ方だ。

この事故のおかげで、やり直そうと思っていた恋人サラとの関係もうまくいかなくなり、作家は一人自分の中に引きこもり、自殺未遂まで起こしてしまう。一つの事故をきっかけに壊れていく関係、そして大きな心の傷。男を見守るしかないサラ。キッチンでのトーマスとサラの抱擁はせつなく哀しい。

時間が経過し、なんとか新作を書き上げたトーマスは事故現場を訪ね、母であるケイトと再会する。自分の罪から救われたいトーマスは、ケイトに「なんでも力になるから言ってくれ」と伝える。息子を事故で亡くし、悲しみの暮らしを続けていたケイト。彼女の夫と思われる人物は一切描かれないし、ケイトと子供との関係は距離を持って描かれる。ケイトは犬といつも一緒だが、子供と一緒に遊んでいる姿は描かれない。家族の中での距離。一人残った子供のクリストファーは、いつも一人で遊んでいる。ケイトはあの事故の時、読んでいた小説が面白くなっって手放せず、子供たちに家に入ることを言わなかったことを悔いている。ちょっとっしたタイミングの悪さから、人生は大きく狂ってしまう。

それから4年が経過し、いきなり少女を学校に迎えに行くトーマスが描かれる。4年前、出版社で会った編集者の女性アン(マリ=ジョゼ・クローズ)と娘ミナと暮らしているらしい。ミナはこの映画でただ一人快活で、人懐こい。本当の父ではないトーマスを慕い、有名作家であることがうれしくて仕方がないようだ。3人で夜の遊園地のFestivalを過ごすシーンは幸福に満ち溢れている。光が散乱し、空中ブランコに3人で乗るシーンは夢のように美しい。雪と氷で閉ざされて、それぞれが孤独に沈み、陰鬱な映画の中にあって、この夜の遊園地のシーンがただ一つの光になっている。雨で楽しみが中断された後、トーマスとアンは結婚して一緒に暮らすことに決めるが、そのすぐ後に観覧車が倒れる事故がある。娘のミナが事故に巻き込まれたのかと心配になるアンだったが、その事故に冷静に対処するトーマスを見て、「心の内が見えない」と不安になる。かつての自動車事故と同じような遊園地での突然の事故。繰り返されることで、人生の危うさを観客はもう一度感じる。

映画はそれからさらに4年が経過し、今度は事故で生き残った子供のクリストファーが大きくなって、トーマスのもとに訪ねてくるエピソードが続く。登場人物が極端に少なく、ストーリーに関係ない人がほとんど出てこない映画だ。そして、それぞれがとても孤独と哀しみを抱えていて、事故をきっかけにその孤独な者同士の関係が、すれ違い、それぞれに傷を残す。それでも、時間だけが心の傷を癒していく。多くのことが描かれないまま、観客の想像力に託している。

ラストの抱擁は、あのキッチンでの哀しみの抱擁と対になっているようだ。クリストファーは、事故の直後のあのトーマスの肩車が支えだったように、ラストの抱擁を支えにして、しっかりと生きていってほしいと願うばかりだ。人生はちょっとした一瞬で地獄にも堕ちるし、ちょっとした一言や抱擁で、喜びとなり、生きていく支えにもなる。最後まで孤独だったトーマスの父が、大きな川を見つめていたように、人は大きな自然に抱かれながら、孤独で一人で生きていくしかない。それでも、ささやかな一言や抱擁で救われるのだ。

事故のあった人里離れた家に住むケイトの家の中にはハエが飛んでいて、その羽音が印象的に描かれていた。そのハエは、クリストファーが問題を起こした場面でも描かれる。ハエを意図的な演出で描いた映画にアレクサンドル・ソクーロフの『ボヴァリー夫人』があったがあの不快さは忘れられない。この映画では、さりげなく問題を抱える象徴のようにハエが描かれていた。

いずれにせよ、雪に閉ざされた自然と人間の孤独、そして不慮の事故による人生の交錯と惑い。時間の経過とともに、また少しずつ心が移ろい、新たな関係も生まれる。コンサートでトーマスと再会したサラも、彼をビンタしたことで過去にケリをつけられただろう。ちょっとした距離感やタイミングからくるすれ違い、一面的ではない人間の心の奥深さや難しさを静かにしっかりと描いた映画だ。さすがヴィム・ヴェンダースの映画だ。


原題:Every Thing Will Be Fine
製作年:2015年
製作国:ドイツ・カナダ・フランス・スウェーデン・ノルウェー合作
配給:トランスフォーマー
上映時間:118分
監督:ヴィム・ヴェンダース
製作:ジャン=ピエロ・リンゲル
脚本:ビョルン・オラフ・ヨハンセン
撮影:ブノワ・デビエ
美術:エマニュエル・フレシェット
編集:トニ・フロッシュハマー
音楽:アレクサンドル・デプラ
キャスト:ジェームズ・フランコ、レイチェル・マクアダムス、シャルロット・ゲンズブール、マリ=ジョゼ・クローズ、ロバート・ネイラー 、パトリック・ボーショー、ピーター・ストーメア

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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