「ハッピーアワー」濱口竜介

ハッピーアワー

スイスの第68回ロカルノ国際映画祭で、演技経験のない主演4人の女性が最優秀女優賞を受賞して話題になった5時間17分の作品。

演技経験のない素人を使う映画監督と言えば、古くはロベール・ブレッソンがいるし、最近でも橋口亮輔監督の『恋人たち』という映画もあった。演技経験がないことで感じられるのは、ドキュメンタリーのような生々しさだ。虚構性があまり感じられないこと。淡々と静かに女性たちの目線で語られる女性映画である。

それでいて、この映画は自然光で撮られているため、しばしば顔が逆光で真っ黒になったり、トンネルの光だけでその薄暗いオレンジの光の明滅になったりする。人工的なライトがないことで、リアルさを強調しているようだけれど、逆に作為的なのだ。離婚裁判中の夫が純の部屋を訪ねて来た時の真っ黒な顔の異様さ=虚構性には驚かされた。冒頭のファーストカットの山を昇っていくケーブルカーのショットも、トンネルによる光の明滅が効果的に使われているが、その4人の横並びの座り方はかなり不自然な意図的な配置である(写真参照)。そして山の上での昼食では、まわりがまったく何も見えない霧。彼女たちの人生を暗喩する象徴的なオープニングである。表面的なリアルさの中に、かなり周到に仕掛けられた意図=虚構性が随所に見えてくる映画なのだ。

さらにこの映画で特徴的なのは、時間の長さである。5時間17分!日本映画専門チャンネルで放送されたものを家で録画で見たので、途中何度が静止させて、インターバルを設けながらやっと見終えた。映画の途中、「重心」を感じるワークショップが出てくるが、そのワークショップを丸々全部使っていたり、後半の朗読会もほとんどすべての時間、編集で省略されずに使われている。それは映画的な物語の時間ではなく、実時間そのものを感じさせる長さなのである。そのワークショップや朗読会の長さが、物語の展開だけを求めるならば退屈さそのものでもあるが、一方でその実時間に込められた異様さが際立つ。時間を編集しないことによる作為。打ち上げでの長々とした会話、あるいは通りがかりのカメラのシャッターを押しただけの女性とのバスでの長々とした会話。さらに、しばしば起きる「ドスン」という音とともに起こる登場人物たちの転倒。階段からの落下。その動作、身体性の崩壊の演出=虚構性はかなり意図的である。

物語の本筋とは直接、関わりのないとも思われる部分の異様な長さには意味がある。ワークショップは、普段忘れてしまっている自らの身体性、あるいは他者との身体感覚、スキンシップのコミュニケーションの話だ。この映画の登場人物たちのそれぞれの男女関係において、そうしたスキンシップは失われている。その夫婦の距離感こそが、この映画のテーマであるし、朗読会で語られる女性作家の小説もまた、視覚や体などの身体感覚とそれらを感受する自我、その自我を超えていく恋観についての議論が打ち上げの席で始まる。人が自我を超えてゆくキッカケとは何か。自らが変わるキッカケとは?そこに身体性が大きく関わっているというのがこの映画のテーマである。

この映画でさらに特徴的なのは、小津安二郎ばりの正面からの切り替えしショットによる対面である。それはさまざまな場面で使われており、ここにも不自然な映画的な作為性がある。ワークショップの打ち上げで、突然、純が自らの不倫と離婚裁判のことを語り出す。身体性への刺激が彼女の自我を乗り越えさせたかのようだ。ワークショップの講師の男との正面からの切り替えし。あるいは、4人の温泉の部屋で、あらたまって自己紹介をする場面。純は自らの意志で生まれ変わったとカメラに語り出す。その意思を自ら語り、その後、姿を消す。

ケーブルカーで始まるこの映画では、バスや電車、車、フェリーなどの乗り物が度々登場する。4人で一緒の乗り合わせたケーブルカー、それが有馬温泉の帰りでは純だけが一人バスに乗り、駆け落ちにフラれた少年を残して、ひとりフェリーで旅立っていく。
純の不在とともに、4人のバランスは崩れ、それぞれの身体の崩落と解放、再生が始まる。それぞれが別の乗り物に乗って行くのだ。

自らの仕事のミスが発覚した後に、階段で落下し、松葉杖姿となったあかりがクラブのダンスホールで体が宙に持ち上げられる場面がある。かなりシュールな虚構的場面だが、あれは人の手で担ぎ上げられた一種の乗り物なのか。そのクラブで、あかりは新たなスキンシップに救いを求めて旅立っていく。扶美は朗読会の打ち上げの後、夫と気まずい空気になって、一人電車に乗って帰る。それを追いかけて電車に乗り込んだ桜子。しかし、桜子は降りようとした瞬間、ワークショップで出会った男と再会し、そのまま電車に乗って行ってしまう。桜子もまた、スキンシップとともに新たな一歩を踏み出すのだ。そして、扶美の夫は、女性作家を車で送り、扶美は一人、何も乗らずに家まで歩く。乗り物に乗った者と乗らなかった者の運命が、それぞれに動き出す。スキンシップをキッカケに停滞していた人生は動きだし、乗り物は彼女たちを別の場所に連れて行く。一方、この映画の登場する冴えない男たちは、階段の落下やストーカーのような迷走、乗り物での衝突など、ことどとく崩壊の道をたどるのも示唆的である。

そんな作為的な企みが随所にちりばめられた恐るべき映画である。ドキュメンタリーのようなリアリティーの向こうに見える不自然さ、作為性から浮き上がってくるのは、人間の個を超えた身体性と言葉では説明できない「あやふやさ」かもしれない。


製作年 2015年
製作国 日本
配給 神戸ワークショップシネマプロジェクト
上映時間 317分
監督:濱口竜介
プロデューサー:高田聡、岡本英之、野原位
脚本:濱口竜介、野原位、高橋知由
撮影:北川喜雄
照明:秋山恵二郎
音楽:阿部海太郎
キャスト:田中幸恵、菊池葉月、三原麻衣子、川村りら

☆☆☆☆☆5
(ハ)
スポンサーサイト

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生 家族 ☆☆☆☆☆5

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
224位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
109位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター