「ミチバチのささやき」ビクトル・エリセ

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「ミツバチのささやき」 (c)2005 Video Mercury Films S.A.

個人的に最も好きな映画は?と問われると、ヴィム・ヴェンダースの『パリ・テキサス』か、エミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』か、このビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』と答えていた。それくらいマイ・フェイバリット・ムービーである。東京でHDリマスター版公開をやっていたので、久しぶりに映画館で観る楽しみを味わった。同時に公開していた『エル・スール』も同じくらい好きな映画であるが、そちらは残念ながら観られなかった。

「映画が来たぞ」という村に巡回上映でやってきたトラックを子供たちが取り囲むシーンで始まるこの映画は、まさに映画のヨロコビそのものに満ちている。村で上映される映画は「フランケンシュタイン」。住民たちが公民館のようなところに、それぞれ椅子を持参で集まってくる。暗闇。フィルムの光。幻。怪物の映画だ。そう、これは少女と怪物=精霊をめぐる世界発見の物語である。少女にとって、世界とは未知なるものであり、精霊たちが棲む得体の知れないものである。小さい頃、誰もが持っていたそんな未知なる世界(自然)への畏敬と魅惑。いつしか人は大人になることで、そんなワクワク、ドキドキな感覚を失って行く。夜の闇、壁に映る月明かりの木の影。森。遠くまで続く道。廃墟。井戸。この映画では、姉のイサベルがもう大人の仲間入りをしつつあり、目がクリクリと可愛らしい少女アナは、世界に対する疑問と好奇心でいっぱいだ。この映画がここまで名作と言われるようになったのは、アナ・トレントという少女をビクトル・エリセが見い出したことにあると言ってもいいだろう。

あらためてこの映画を観てみると、多くのことが語られていないことに気づく。余白。描かれているのは闇と光だけ。そしてスピリチュアルな想像力。

時代設定はスペイン内戦が終結した翌年の1940年。スペイン内戦の闇を両親それぞれ抱えており、ミチバチの研究をしている父フェルナンドは、知的でありながらもどこか世捨人のようであり、アナとイサベルは寝室の上の父の靴音を聴くだけ。あるいは毒キノコを踏みつぶす父の足。一方、母テレサもまた少女たちの前では不在である。母は誰かに手紙を書き、村を通過する汽車に手紙を投函する場面がある。手紙は、内戦時代の苦しみと人生の空虚が誰かに宛てて(亡命者?昔の恋人?)書かれている。少なくとも今の家庭や子育てに夢中になってはいない。どこか遠くを見ているようである。ホームに入ってくる列車とやってくるテレサの姿を横移動で捉えたロングショットは素晴らしい。列車の窓の無表情な兵隊をなんとなく見るテレサ、その眼差しはどこまでも虚ろである。

そして、村はずれにある廃屋に、精霊が潜んでいると思って探すアナ。丘の上からアナとイサベルが廃屋への一本道を走っていくロングショットもすばらしい。イサベルが妹のアナをからかうため、死んだふりをする場面がある。何者かが窓から侵入し、イサベルを襲ったように見せかける。映画はアナの目線とともに、何ものかを思う。そしてフランケンシュタインが少女を殺したように、死の影が日常に忍び寄ってくる。アナはそれを怖いものとしてではなく、好奇心とともに感じる。あるいは、学校での人体模型を使った授業。模型に目を入れるアナ。人形に魂を宿らせるかのように。遊びで火を飛び越えるイサベルとじっと見つめたままのアナ。二人の距離は次第にできていく。

そして廃屋の隠れた負傷した脱走兵とアナとの邂逅。差し出されるリンゴ。父の上着と懐中時計。そして夜の銃撃戦と、食卓の父の元に戻っている懐中時計。この場面で初めて家族四人が揃う食卓シーンがある。しかし、そこには幸福な一家の団欒はない。アナは、再び廃墟へと向かい、兵士の不在と血の跡を発見し、目の前の父の姿に出くわす。精霊の世界に立ちはだかる現実の壁。
そしてアナが行方不明になる。夜の森を彷徨うアナ。フランケンシュタインとの出会い。このあたりの一連の描写は、多くの説明はされないが、見事にアナの心象を描き出す。ラストは、夜の森に向かって、精霊に呼びかけるアナの姿で終わる。

アナはいつまで精霊の存在を信じ続けられるのだろうか。われわれは、いつまでこの世界の得体の知れなさと向きあっていられるのだろうか。小賢しい知識で、この世界を理解したかのように訳知り顔で振る舞うオトナに、いつなってしまうのだろうか。映画は闇と光の深みを私たちに静かに示してくれる。この映画を観た時、誰もがそんな「あの頃」を思い出すに違いない。世界が謎の神秘と輝きに満ちていたあの頃を。


原題 El espiritu de la colmena
製作年 1973年
製作国 スペイン
配給 アイ・ヴィー・シー
日本初公開 1985年2月9日
上映時間 99分
監督:ビクトル・エリセ
製作:エリアス・ケレヘタ
原案:ビクトル・エリセ
脚本:アンヘル・フェルナンデス=サントス、ビクトル・エリセ
撮影:ルイス・クアドラド
美術:アドルフォ・コフィーニョ
編集:パブロ・G・デル・アモ
音楽:ルイス・デ・パブロ
キャスト:アナ・トレント、イサベル・テリェリア、フェルナンド・フェルナン・ゴメス、テレサ・ギンペラ、ケティ・デ・ラ・カマラ、ラリ・ソルデビリャ、ミゲル・ピカソ、ホアン・マルガリョ、エスタニス・ゴンザレス、ホセ・ビリャサンテ

☆☆☆☆☆☆☆7
(ミ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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