「午後8時の訪問者」ダルデンヌ兄弟

午後8時

ダルデンヌ兄弟は、現実的に厳しい状況の中に登場人物を置く。その厳しい状況で犯す過ち、犯罪や偽り、あるいは失業など、登場人物たちがその状況を克服するための行為を追いかける。どのように心理的に葛藤し、悩み、苦しみ、罪悪感を感じ、そこから抜け出せるか、その心理サスペンスを描く。しかも淡々と手持ちカメラでその人物を執拗に追いかけるのだ。客観的なドラマとしてではなく、ドキュメンタリーのように、ある人物を追い続ける。貧しさから赤ちゃんを売る『ある子供』でも、移民の偽装結婚を描いた『ロルナの祈り』でも、孤独な少年と疑似家族を描いた『少年と自転車』でも、失業の現実と職場の仲間との葛藤を描いた『サンドラの週末』でも、手法は同じだ。

この映画はサスペンスのような日本タイトルとポスターイメージになっているが、決してサスペンス映画ではない。人を助ける使命のある女医が、診療時間が終わった午後8時に、診療所の扉を開けなかったばかりに、ひとりの女性を見殺しにしてしまったという物語である。女医は、自らの行為の後悔と良心の呵責から、被害者である女性の身元を探ろうとし、さまざまな真実が明らかになっていく。ちょっと危険な目にも合うが、この女医は強い意志の下に行動する。その動機が、「あの時、扉を開けなかったから」というだけで、ここまで行動するのか?という疑問は少しある。やや強引な感じもする。静かに女医の気持ちにカメラが寄り添いつつ、辛抱強く被害者と、彼女と関わった人々の秘密を明らかにしていく。そして、自らの言葉で傷つけてしまった研修医の青年をも立ち直らせようとする。

音楽は一切なし。当然、サスペンス的娯楽的要素はない。近作『サンドラの週末』でも同じだった。そういう娯楽性を求めると、ちょっとしんどい映画だ。だけど、人間というものの心理の深みを見つめようとするダルデンヌ兄弟の仕事ぶりには、やはり敬意を持ってしまう。人間の罪深さを、いつでもやさしく見つめ続けているのだ。

冒頭、患者の気持ちに同調し過ぎる研修医の青年に、医者としての威厳を示すように、「診療時間が終わったのだから扉を開ける必要はない」とキッパリと言い、これから移る予定の大きな病院の歓迎パーティーに出る女医ジェニーは、仕事とプライベイトのけじめをつけるタイプのようだった。挨拶の途中でかかってきた携帯電話には出ない。しかし、事件が起きた後、彼女はあらゆる場面で中断させられる。携帯電話に、次々と診療所にやってくるドアフォンの音に。遂には診療所に寝泊まりまでするようになるのだ。

扉が開けられず殺された黒人女性は、ヨーロッパから締め出された移民を象徴しているのかもしれない。自分たちの都合で、扉を開けないことは、移民を受け入れず、ヨーロッパから締め出す行為と重なる。

いつだって、誰だって、自分が大切だし、むやみに人を傷つけたくはない。それでも、さまざまな瞬間で、自分のことよりも大切にしなければいけないことはあり、人を追い出し、傷つけ、締め出してしまう間違いも犯すこともある。問題は、そのような過ちをしてしまったあとに、どう自分と向き合い、どう悩むかなのかもしれない。そんなことをダルデンヌ兄弟はいつも私たちに静かに問いかけてくる。

原題:La fille inconnue
製作年:2016年
製作国:ベルギー・フランス合作
配給:ビターズ・エンド
上映時間:106分
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、 リュック・ダルデンヌ
製作:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、ドゥニ・フロイド
製作総指揮:デルフィーヌ・トムソン
脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
撮影:アラン・マルクーン
美術:イゴール・ガブリエル
衣装:マイラ・ラメダン・レビ
編集:マリー=エレーヌ・ドゾ
キャスト:アデル・エネル、オリビエ・ボノー、ジェレミー・レニエ、オリビエ・グルメ、ファブリツィオ・ロンジョーネ

☆☆☆☆4
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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