「セールスマン」アスガー・ファルハディ

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イランのアスガー・ファルハディ監督の映画は『別離』、『ある過去の行方』と観ている。緻密な構成、会話劇、スリリングな家族(男女)のやりとりを得意とする監督だ。2016年・第69回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で男優賞と脚本賞を受賞、第89回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞。

冒頭、住人たちが慌てて避難する場面から始まる。爆撃なのか、地震なのかと思って観ていると、工事用のシャベルカーが映し出され、どうやら周辺の工事によって、ビルそのものが崩れてしまったらしい。イランにも杜撰な都市開発が進められているのか。その住民避難シーンで、主役の夫は隣人の病人を抱えて助け出す善人ぶりを発揮する。近所付き合いのコミュニティが成立しているのかと思いきや、新しいアパートを借りる時、「借りを作りたくないから、敷金はちゃんと払って」という夫婦の会話が聞こえてくる。高校教師でもあるイランのインテリであり、中流でもあるこの夫と同じ劇団員であるその妻は、他者に対して距離を持っているようだ。劇団仲間の紹介でもあるのに、「借りなどつくりたくない」と言い放つ。「セールスマンの死」というアメリカの、アーサー・ミラーの名作戯曲を上演する劇団員だ。夫は主役のセールスマン、妻は役の上でもその妻役だ。この夫が次第に変質していく。

夫婦が引っ越してきた住居に、一部屋だけ開かずの部屋がある。前の住人が残していった荷物があるのだ。まだ新しい住居が見つからないので、荷物を置かせてほしいという。この前の住人が事件のキッカケになる。

公演後に夫が帰ってきたと勘違いした妻は、部屋の鍵を開け、ある男を部屋に招き入れてしまう。妻はその時、シャワーを浴びていた。妻への傷害レイプ事件が起きてしまうのだ。その詳細は描かれないところがこの映画の優れた演出だ。下世話で単純なサスペンスにしていない。自宅に帰ってきた夫は、階段に残る血の跡やシャワールームの惨状を見て、すぐ病院に駆けつける。隣人たちが、奥さんの叫び声を聞いて、病院に運んだというのだ。妻は、レイプされたことを多くは語らない。夫も詳しく聞こうとしない。「劇団員にも何も言わないで」という妻。いろいろと聞かれて嫌な思いをするため、警察に届けることもしない。「なぜ妻は部屋の鍵を開けたのか?」と。「夫だと勘違いした」という言い訳もどこまで信じてもらえるか分からない。隣人たちの疑いの目。前の住人が、娼婦のようにいろいろな男をその部屋に招き入れていたらしい。その男の一人が犯人ではないかという隣人たちの証言。
夫は、復讐の思いを持って、前の住人のこと、そして犯人を捜し出そうとする。

後半は犯人を突き止めた夫とその犯人の意外な展開がある。そして、その犯人とその家族、老いた妻や結婚間近の息子カップル。犯人の家族にその罪を知らせ、恥をかかせて復讐を果たそうとする夫。そして当事者である被害者の妻と夫の気持ちのズレ。

ここにはイスラム文化が色濃くにじみ出ている。西欧的な知識を身につけたインテリであり、演劇的な文化人でもあり、人助けもする男でありながら、妻のレイプ事件が起きたことで、隣人の目などに晒され、プライドを傷つけられ、自らの男性の権力性がむき出しになっていく。妻の気持ちに寄り添うよりも、犯人に自分たちと同じような屈辱的な思いをさせてやろうとする復讐心。妻のためではなく、自分のための復讐。家族の閉鎖性とまわりとの関係。失われたコミュニティ。家族(夫婦)の関係もまた、レイプ事件をキッカケに、剥き出しの怒りや暴力性が露わになっていく。身内(妻)を穢された怒りと復讐は、普遍的な心情であり、夫の行動はある程度は理解できる。しかし、性をめぐるタブー的な空気、女性に対する男性の態度など、日本とはどこか違う緊密さや息苦しさを感じる。いずれにせよ、刺激的な場面ではなく、緻密な会話劇で見事に緊張感のある関係の変化を描き出すアスガー・ファルハディ監督の手腕は見事だ。


原題 Forushande
製作年 2016年
製作国 イラン・フランス合作
配給 スターサンズ、ドマ
上映時間 124分
監督:アスガー・ファルハディ
製作:アレクサンドル・マレ=ギィ、アスガー・ファルハディ
脚本:アスガー・ファルハディ
撮影:ホセイン・ジャファリアン
美術:ケイワン・モガダム
衣装:サラ・サミイ
編集:ハイェデェ・サフィヤリ
音楽:サッタル・オラキ
キャスト:シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリシュスティ、ババク・カリミ、ファリド・サッジャディホセイニ、ミナ・サダティ、マラル・バニアダム、メーディ・クシュキ、エマッド・エマミ、シリン・アガカシ、モジュタバ・ピルザデー、サーラ・アサアドラヒ、エテラム・ブルマンド、サム・ワリプール

☆☆☆☆4
(セ)
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 家族 サスペンス ☆☆☆☆4

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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