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「パターソン」ジム・ジャームッシュ

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なんと幸福な愛すべき映画だろう。ここには、ささやかな日常を大切に生きている人たちがいる。ちょっとした些細な世界の美しさや素晴らしさに心を響かせ、毎日、言葉をノートにペンで書きとめるバスの運転手。パターソンという町のパターソンという男。それは町そのものでもあり、誰でもない誰かでもあるだろう。

久しぶりにジム・ジャームッシュは、初期作品のようなシンプルな映画を撮った。規則正しい毎日のリズム、車窓や移動撮影。定点観測の様な同じような映像の繰り返し。朝、眠りから目を覚ますこと、食べること、会話をすること、バスを走らせること、乗客のとりとめのない会話を聞くこと、歩くこと、犬を散歩させること、バーで一杯のビールを飲むこと。その規則正しい繰り返し。

ジム・ジャームッシュの映像はリズムがある。音楽的な映画とも言える。それが初期作品から顕著だったが、その音楽的なリズムが再び甦ったような感じだ。パターソンの手書きの文字と繰り返される詩の朗読が、アクセントになりながら毎日のリズム、時間を刻んでいく。

谷川俊太郎がどこかのシンポジウムで、「詩は自己表現はない。自分の内側にあるものを表現するのではなく、世界の側にある豊かさや人間の複雑さに出会った驚きを記述するものだ」と語っていたのを是枝裕和監督はよく覚えていて、「自らの作品づくりの大切な指針になっている」と、是枝裕和対談集『世界のいまを考える2』(PHP文庫)のなかで書いている。

まさにパターソンもそれだと思った。「世界の側にある豊かさ」を書きとめること。そこには詩を誰かに評価してもらうとか、詩を出版して有名になりたいとかいうものは一切ない。ただただ、ノートに言葉を書きとめること。そのことが好きであり、そのことが彼にとっては大切な意味がある。だから、詩を書く少女との出会いがあり、最後の奇妙な日本人の詩人(永瀬正敏)のメッセージを聞くことができるのだ。この映画で、パターソン(無表情な淡々としたアダム・ドライバーがいい)は徹底して聞き役である。自ら多くを語らない。朝はバス会社の同僚の愚痴を聞き、家に帰ってくると愛する妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニが可愛らしい)の今日夢中になっていた話を聞き、バーでは、マスターの好きな人物たちの話や別れそうになっているカップルの話を聞く。詩を書くことは、そんなまわりの人たちの声を聞くことに似ていて、身の回りの何か、心の引っ掛かる何かに耳を傾けているようである。

個人的に好きなのは、朝の二人が起きるベッドの俯瞰の映像だ。光りが変化し、毎日二人の寝相も変化する。ポスタービジュアルにもなっているこのベッドの俯瞰映像こそ、日常の幸福そのものであり、彼らには一週間の中でちょっとした事件が起きたりするけれども、日常そのものに満足しているし、楽しみを見い出している。

これまでのジム・ジャームッシュの登場人物たちは、ストレンジャー、放浪者が多かった。不満や不足を抱えた社会からのはみ出し者。暗殺者や吸血鬼までいたけれど、基本的には社会に適応しきれない人間たちの孤独を描くことが多かったが、この作品では、ちゃんとした社会適応者である。ちょっと変わり者のバス運転手ではあるけれど、この夫婦の生活はとても微笑ましい。かつて時代の最先端の映画として若者たちに熱狂されたジム・ジャームッシュだが、これはどちらかというと成熟した映画であり、そこに彼の変化を感じる。しかし、スタイルやリズムは変っていない。

繰り返しのリズムの中で、ちょとした何か、変化のようなものが起きるが、日常は続いていくし、人間の不器用さや可笑しみ、哀しみがそこにある。そんなとちょっとしたことが静かにじんわりと伝わってくる映画だ。ジム・ジャームッシュの映画はやっぱり好きだなぁとあらためて思った。愛する人と一緒に過ごしたくなる映画だ。


原題 Paterson
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ロングライド
上映時間 118分
監督:ジム・ジャームッシュ
製作ジョシュア・アストラカン、カーター・ローガン
製作総指揮:オリバー・ジーモン、ダニエル・バウアー、ロン・ボズマン、ジャン・ラバディ
脚本:ジム・ジャームッシュ
撮影:フレデリック・エルムス
美術:マーク・フリードバーグ
衣装:キャサリン・ジョージ
編集:アフォンソ・ゴンサウベス
キャスト:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、バリー・シャバカ・ヘンリー、クリフ・スミス、チャステン・ハーモン、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、永瀬正敏、ネリーマーヴィン

☆☆☆☆☆☆6
(ハ)
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生 家族 ☆☆☆☆☆☆6

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映画ベスト10 2009~2017年
2017年ベスト10
<洋画>
    「パターソン」
    「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
    「誰のせいでもない」
    「ありがとう、トニー・エルドマン」
    「オン・ザ・ミルキー・ロード」
    「パーソナル・ショッパー」
    「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
    「マリアンヌ」
    「婚約者の友人」
    「セールスマン」

<日本映画>
    「散歩する侵略者
/予兆 散歩する侵略者」
    「三度目の殺人」
    「南瓜とマヨネーズ」
    「光(大森立嗣)」
    「息の跡」
    次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
    次点「幼な子われらに生まれ」
    次点「バンコクナイツ」


2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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