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「息の跡」小森はるか

息の跡

東日本大震災の津波により流されてしまった岩手県陸前高田市の住宅兼店舗のタネ屋を自力で立て直し、営業を再開した佐藤貞一さんを追ったドキュメンタリー。小森はるかというまだ学生のような女性監督が自らカメラを構え、佐藤貞一さんの一年を撮り続ける。

佐藤貞一さんはよくしゃべる。だからこのドキュメンタリーは成立してると言ってもいい。佐藤さんにカメラを向けているだけで、面白いのだ。キャラクターがユニークなのだ。登場人物はほとんど彼一人。ときに彼のお母さんやお客さんが出て来るだけだ。

津波に流されてしまったお店跡に、自力で井戸を掘り、ポンプで水を汲み上げた。手作りの看板、遊び心のあるへのへのもへじの落書きや給水タンクの顔の絵。佐藤さんはタネ屋を営む一方で、津波後に独学で習得した英語で、津波の記録を書いて自費出版した。さらに中国語版やスペイン語版まで執筆している。日本だけではなく、世界各地の過去の津波を調べ、今回の津波と比較するなど、自力で研究・検証している。旺盛な好奇心と集中力、さらに学習力に、なんでも作ってしまう器用さや創造性、遊び心ある表現力まで。それが決してインテリぶらない、ただのオジサンなのだ。自分の本を英語で朗読しながら、カメラの向こうの女の子に「わかるか?」などと気軽に話しかける。ときには「テレビ局とかちゃんとしたところで働いた方がいいんじゃないか?」などと女性ディレクターの身の上を心配したりもする。

佐藤さんのタネ屋のまわりには誰も住んでいない。土地に盛り土するため復興作業を進める工事業者が出入りするだけで、ダンプカーが店の前を行きかい、復興のために風景が少しずつ変わっていく。工事関係者のためのコンビニが出来たり、それがなくなったり、シャベルカーが盛り土作業をしている。

この映画は、時間とともに変り、消えゆく世界の中で、生きている痕跡を残そうとするひとりの男のささやかな奮闘記である。津波で景色が一変した。店や住んでいた家々や人々の生活は津波に流され、失われてしまった。そこにもう一度、一軒のタネ屋あったことを世界に知らしめるために店を再建し、一人の女性ディレクターがそんな彼を映像に記録した。佐藤さんは、津波で失われた様々な人々のことを残すべく、津波に関する記録を本にした。世界に向けて。

ラストで、「母国語で書くことはできなかった 日本語だとあまりに悲しみが大きくなるから」「津波浸水地の最前線で私はたね屋を再開した 亡くなった方々の魂が私に宿り 私を行動に突き動かしたのだ そしてこの文章を書かせたのだ」という彼の言葉が沈黙のまま字幕で流れて終る。あれだけ饒舌だった彼の言葉が、最後は文字だけで示される。

そして、彼は自ら再建したタネ屋をもう一度解体する。屋根を壊し、看板を外し、店を壊していく。やがてこの場所は、土で埋め立てられ、嵩上げされた新たな町が出来上がる。「ここにタネ屋があったことなど、誰も信じられないだろうな」などとつぶやきながら、佐藤さんはタネ屋を再建し、また壊すのだ。「なんのために?」。彼はここに生きていた印を残したかったのだろう。記録することは、消えゆくもの、風化への抵抗である。世界のどこかで、未来のどこかで、その痕跡が確認され、検証される。最後に、自ら掘った井戸のポンプを取り外し、映画は終わる。


製作年 2016年
製作国 日本
配給 東風
上映時間 93分
監督:小森はるか
プロデューサー:長倉徳生、秦岳志
撮影:小森はるか
編集:小森はるか、秦岳志

☆☆☆☆4
(イ)
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : ドキュメンタリー ☆☆☆☆4

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オヤジです。
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