FC2ブログ

「スリー・ビルボード」マーティン・マクドナー

スリービルボード(C)2017 Twentieth Century Fox

評判の映画をやっと観た。予想以上に素晴らしい映画だった。こういうアメリカ映画が出来ることに、アメリカの懐の深さを感じると思ったら、監督のマーティン・マクドナーはアイルランド系イギリス人だそうだ。暴力と復讐、怒りを描いているのだが、単純なカタルシスも安易な解決も示されない。脚本が見事だし、暴力がただ暴発するのではなく、知的で抑制のきいた描かれ方で、イギリス的なシニカルな映画とも言える。アカデミー賞の候補作というのも納得の作品である。善悪がはっきりしていて、正義が勝つというようなマッチョな単純映画ばかりではなく、人間の複雑さ、表裏を描くこういう映画がどんどん増えて欲しい。

アメリカ、ミズーリ州の南部の片田舎。娘をレイプされて焼き殺された母親が看板広告を出す話だと聞いていたので、その母親の気持ちに寄り添いつつ、犯人を捜し出す復讐のドラマだと思っていた。ところが映画は少しずつその怒り・復讐の思いからズレていく。娘を殺された被害者の家族の怒りは、誰もが共感できるものであり、その共感を原動力にドラマは動き出すのが常だ。この映画もまた、フランシス・マクドーマン演じる無愛想な母親ミルドレッドの怒りが画面に充満しているところから始まる。さびれた道路端の看板に、「ウィロビー署長よ、とっととレイプで焼き殺された娘の犯人を捜せ!」と抗議の広告を出す。犯人への怒りが、捕まえない警察への苛立ちへと移っている。それを見た警察官ディクソン巡査(サム・ロックウェル)は、南部の典型的な人種差別主義者の暴力警官で、看板の広告代理店のレッド(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)に文句をつける。母親の怒りの行動が、別の怒りを誘発し、暴力が連鎖していく。映画の中で引用されるように、「怒りは怒りを来たす」というわけだ。

次第に、被害者家族の母親ミルドレッドと殺された娘の意外な言い合いが明らかになり、決して同情すべき母親でもないということがわかってくる。そしてミルドレッドの話から、彼女の怒りの対象となった警察署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)の意外な人生の物語へ展開していく。さらに暴力巡査のディクソンの物語に後半はなっていく。つまり、被害者の母の復讐物語から、警察署長の家族の物語へ、そして暴力警官の新たな人生の物語へシフトしていきながら、暴力・怒りの連鎖とズレが描かれるのだ。復讐の正義などどこにもなく、ミルドレッドの怒りの矛先が勘違いであることに気付かされていくのだ。ディレクソンの変化がかなり映画の核にもなってくるのだが、ラストで事件が解決されて終わるのかと思ったら、それもズラして意外な終わり方をする。暴力はイラク戦争の帰還兵の闇の問題までに及ぶ。そういう暴力と怒りの映画なのに、カントリー調の音楽やアバの「チキチータ」まで出てきて、のどかな人の純朴さや田舎町の風土も描かれる。警察署長ウィロビーの死者からの手紙が、ミルドレッドやディレクソンの怒りをほぐす役割を担っていて、面白い。病院のオレンジジュースの場面やミルドレッドをかばった小人、別れた夫のバカカップル、ディレクソンのマザコンぶりなど、細かいエピソードがどれも笑いを誘い、いいアクセントになっている。いずれにせよ、単純な図式に終わらない見事な展開の人間ドラマになっていた。


原題 Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
製作年 2017年
製作国 2017英=米
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 116分
監督:マーティン・マクドナー
脚本:マーティン・マクドナー
撮影:ベン・デイビス
美術:インバル・ワインバーグ
音楽:カーター・バーウェル
キャスト:フランシス・マクドーマンド、ウッディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ケリー・コンドン、ルーカス・ヘッジズ、ジェリコ・イバネク、クラーク・ピータース、キャスリン・ニュートン、アマンダ・ウォーレン、ダレル・ブリット=ギブソン、サンディ・マーティン、サマラ・ウィービング

☆☆☆☆☆5
(ス)
スポンサーサイト

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生 暴力 家族 ☆☆☆☆☆5

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ヒデヨシ

Author:ヒデヨシ
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
ホン・サンス
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
瀬々敬久
園子温
冨永昌敬
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
157位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
71位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2017年
2017年ベスト10
<洋画>
    「パターソン」
    「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
    「誰のせいでもない」
    「ありがとう、トニー・エルドマン」
    「オン・ザ・ミルキー・ロード」
    「パーソナル・ショッパー」
    「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
    「マリアンヌ」
    「婚約者の友人」
    「セールスマン」

<日本映画>
    「散歩する侵略者
/予兆 散歩する侵略者」
    「三度目の殺人」
    「南瓜とマヨネーズ」
    「光(大森立嗣)」
    「息の跡」
    次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
    次点「幼な子われらに生まれ」
    次点「バンコクナイツ」


2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター