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「遺言。」養老孟司(新潮新書)

遺言

久しぶりに書く本のレビュー。おなじみ養老先生である。「語り下ろし」ではなく、久々の「書き下ろし」だそうだ。カナリア諸島への船旅で、時間ができたから書いたのだそうだ。いつもと同じようなことを書いているのだけれど、毎回、考えるヒントとなる「気づき」があるので、内容を自分のためにまとめておく。以下、本文より抜粋。


「動物は感覚所与を使って生きている」。感覚所与には意味がない。世界が変化したということを、とりあえず伝えてくれるだけである。意味は与えられた感覚所与から、あらためて脳の中で作られる。

それらの感覚所与は、都市生活では最小限にされる。都市では、感覚所与は統制され、できるだけ変化がないようにする。意味を持たないと思われる感覚所与を排除して、意味に直結するような感覚所与だけを残す。そして、すべての感覚所与が意味に直結すること=それを情報と呼ぶ。意味に直結しない情報は、無意味として、はじめから捨てられる。

感覚所与を「現実」とか「事実」と呼び、意識を「理論」と呼ぶ。理論を事実が訂正するするのが科学実験だ。しかし、「現実」も頭の中にある。

ヒトの意識は「同じ」という機能を持ち、それによって動物とは異なるヒト社会を創り出した。動物もヒトも同じように意識を持っている。ただしヒトの意識だけが、「同じ」という機能を獲得した。それが言葉、お金、民主主義などを生み出した。

感覚で捉えたリンゴは、一つ一つ違う。「the apple」。それを概念としての「リンゴ」=「un apple」、頭の中のリンゴとして「同じリンゴ」にする。

カントは物自体は知ることはできない、と述べた。われわれに与えられているのは、感覚所与しかないからである。白馬が白いとしても、それは「色を見ている」だけである。馬の体重を測ったとしても、それは体重計の目盛りを見ているだけではないか。馬自体とはいったいなんなのだ。そう思えば、確実に存在しているのは、頭の中の馬だけじゃないですか。

言葉を使うとは、要するに「同じ」を繰り返すこと。ひたすら繰り返すことで、都市、すなわち「同じを中心とする社会」が成立する。

数学とは「誰にでも同じように証明できる」こと。数学とは「すべてのヒトにとって同じ」こと。

熱力学の世界では、自然界に秩序が発生すれば、その分だけどこかに無秩序が発生する。「エントロピーは増大する」。脳で秩序活動が起こっている分、無秩序が脳内に発生し、脳はその無秩序を片付ける。つまり寝る。

秩序は限定された空間の中でしか成立しない。文明とは秩序であり、それを大規模に作れば、自然の中に無秩序が増える。それを自然破壊と呼ぶ。

アートは「同じ」を中心とする文明世界の解毒剤である。芸術のオリジナル性。唯一性。芸術はゼロと一の間に存在している。

事実は複雑で、感覚所与は多様だけれど、頭の中ではその違いを「同じにする」ことができる。だから真理は単純。
「同じ」を中心とする一神教と、「違う」を認める多神教。宇宙の具体的な事物をすべて含んだ、唯一のものが、唯一絶対神。一神教が都市に発生したのは偶然ではない。都市は意識が作る。最底辺を拝めば、八百万の神。具体的に事物は無限にあって、数えきれない。

感覚からわれわれが受け取るもののうち、言語化できない部分、言語化しようのない部分をクオリアと呼ぶ。

なぜ、私は私、昨日の私と今日の私は同じ私なのか。それは考えている私、意識の中の私だからである。身体そのものは、昨日と今日で、決して同じではない。自己同一性、それは意識の持つ「同じとするはたらき」そのもの。

意識はデジタルを志向する。「同じ」をつきつめていくと、デジタルにならざるを得ない。ゼロと一で書かれた情報は、完全なるコピーが可能である。現代人は「同じ」を追求してきて、身の回りの恒常的な環境をつくることをしてきた。感覚所与を限定し、意味と直結させ、あとは遮断する。世界を同じにしているのだ。諸行無常のない世界を構築しつつある。そして死なないものを創りたいと欲望する。不死。

「同じにする」ことが間違っているのではない。ただし感覚は「違う」という。その二つが対立するのは、そう「見える」だけで、そこには段差があるのだから、両者を並べることはできない。まずそのこと自体を「意識」したらどうですか。それが私の拙い提案である。意識は「同じ」といい、感覚は「違う」という。その両者を矛盾として抱えているのは、あなた自身ですよ。それを素直に認めたらどうですか。私はそう言いたいだけである。


千差万別、様々な感じ方をする感覚所与。それを意識が、「同じもの」として括り、概念が生まれ、言語が出来た。コミュニケーションは格段と進歩し、文明や科学が発達した。等価交換。別々のものを「同じ」価値あるものと認識し、交換し、貨幣経済が発展した。日々変わる自然環境の中で、毎年同じように作れる農耕文化が発達し、環境にあまり影響されないように都市が生まれた。多神教から発生した宗教は、同じ神の下で価値観が統一され、宗教圏が広がっていった。民族は同じ価値観のもとに国家をつくり、産業革命とともに世界に拡大していった。資本主義は、世界を席捲し、帝国主義を生み、さらに経済はグローバリズムを推し進め、世界を均一化しようとしている。意識の拡大。同じ価値の広がり。効率化とは同じにすることであり、等価交換をどんどん進めることである。ゼロと一のデジタルの世界は、完全なコピーを可能とし、人間の限界さえも乗り越えようとしている。さらに「死」さえも超えようとしている。そんな意識の肥大化がどこまでも進んでいくのは、仕方のないことかもしれない。意識とはそういうものなのだから。科学は進歩し続け、意識は同じものをつくり続ける。

だけど、ちょっと待て。意識が肥大化し過ぎて、排除してきた感覚というものがあるのではないか。世界が同じ価値観で交換できる、理論化できる、統一できると思っているのは、意識の中だけの世界であって、その肥大化によって捨象されてきたものがあるのではないか。世界は多様で、バラバラで、言葉では括れないありとあらゆるものに満ちている。そのことを忘れてはならない。民族も地域も、個々の文化も別々のものなのに、無理やりに一つにしようとしているのではないか。そのことで、あらゆる感覚を感じながら生きている人間という動物が、どんどん自然から切り離されていくのではないか。幻想としての意識の世界に。バーチャルな世界に。身体性は失われていく。そのことをもう一度、考えてみなくていいのだろうか、と養老先生は言っている。詩人が言葉に出来ない何かを、言葉にしつつも、いつまでも言葉では言い表せないように。世界は簡単に言葉では尽くせない多様なる不思議なるものなのだ。そんなことを考えた。
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ヒデヨシ

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オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
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映画ベスト10 2009~2017年
2017年ベスト10
<洋画>
    「パターソン」
    「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
    「誰のせいでもない」
    「ありがとう、トニー・エルドマン」
    「オン・ザ・ミルキー・ロード」
    「パーソナル・ショッパー」
    「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
    「マリアンヌ」
    「婚約者の友人」
    「セールスマン」

<日本映画>
    「散歩する侵略者
/予兆 散歩する侵略者」
    「三度目の殺人」
    「南瓜とマヨネーズ」
    「光(大森立嗣)」
    「息の跡」
    次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
    次点「幼な子われらに生まれ」
    次点「バンコクナイツ」


2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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