FC2ブログ

ユリイカ「蓮實重彦」平成29年10月臨時増刊号を読んで(青土社)

1970年代に思春期を迎えた映画好きな者たちにとって、蓮實重彦の映画批評を読んだ者と読んでいない者たちの差は大きい。それだけ蓮實重彦の映画批評は鮮烈であったし、虜になる魅力的なものであった。彼の批評を読んで、その影響を免れる者は少ない。当時、映画好き・シネフィルたちは、ほとんどすべて蓮實重彦の文章の囚われ人であったのではないだろうか。蓮實重彦以前と蓮實重以降が確実に存在している。私もまたその一人であった。ユリイカの「蓮實重彦」臨時増刊号を読んで、蓮實重彦とは何だったのか?そのことをあらためて考えてみた。

蓮實重彦門下といわれる映画制作者たちが彼のゼミから多数生まれた。2017年10月ユリイカ臨時増刊号には、蓮實ゼミを経験した映画監督、黒沢清、万田邦敏、青山真治の座談会が採録されており、当時の授業を様子が語られている。大学の受講者に年間100本以上の映画を観ていないと授業に参加する資格なしと断じ、映画を観た感想として「何が見えましたか?」、「何が映っていましたか?」と徹底して問い続けた。映画の表層にとどまり続けることを『表層批評宣言』(1979年)で自ら宣言し、物語の主題や社会的背景、制作者の履歴といった映画を取り巻く多種多様な外的要素への参照を一切捨象して、あくまでも観客の瞳に映る具体的かつ物質的な「画面」のみを頼りに組み立てられる批評(渡邊大輔氏の寄稿より引用)にこだわった。

蓮實自身の言葉によれば、「矛盾をはらむ複雑な総合体としての一篇のフィルムを、物語に、人物論に、作者の思想に、時代思潮に、映像の審美趣味に還元してしまう常識化する偏見」への抗い。「その現実を抽象化するあらゆる映画的言説」へのときに差別的なまでの徹底した批判。

蓮實門下の映画制作者たちはほかにも、周防正行、塩田明彦、中田秀夫、舩橋淳などがおり、それら気鋭の映画監督たちが「蓮實重彦とは自分にとって何者だったとのか」と振り返り、寄稿している文章が面白い。中田秀夫は、「社会的メッセージ」などの観点から語るそれまでの「映画批評」から我々の視覚と聴覚を自由にし、かつ鍛錬してくれた」と当時を語り、「不在として表すのが表現の根本」だということを学び、「自分よりも映画をよく観ている人、映画について豊かに語れる人に嫉妬せよ」と教えられたそうだ。

それはフランス文学研究者でもある蓮實重彦の『ボヴァリー夫人」論』とも通じ合っており、「小説/芸術作品を手がけた作家と、鑑賞する読み手に横たわる権力構造、言うなればメッセージの送り手と受け手のヒエラルキーとは縁も所縁もない地平で、テキストの表層のみに注目し、そこに「まどろんでいる記号」の数々を浮上させることに意義を見出したことが少なからず影響しているのかもしれない」(舩橋淳氏の寄稿より引用)。

蓮實重彦の批評は、映画が映画館でしか観られない時代にあって、強烈に観客に影響を与えた。まさに映画館でフィルムを観ることは「体験」だった。それが何度でも繰り返し、DVDやネット動画で観られるようになった時、その「フィルム体験」の鮮烈さが失われつつある。映画館で耳を澄まし、画面の隅々にまで視線を走らせ、全神経を集中させて、何一つ見逃すまい、聴き逃すまいと暗闇で身構えるその姿勢は、比較的容易に見直せるネット環境下で薄れてきたような気がする。

DVDやヴィデオが存在する以前に、映画を見ることでわれわれの何が鍛えられたかというと、動体視力です。流れ星のように、一瞬、画面に生起した運動をどこまで見ることができるか。・・・映画の一つの画面にこめられた一瞬ごとの情報量はめちゃくちゃに多い。その中である種の中心化がなされていて、映画作家も構図のうえで、あるいは照明の具合によって、さらには被写体との距離によって、「ここを見ろ」という一点を示しているし、確かにそうしたところは見なきゃいけない。しかし、あくまで文化的な制度にすぎないこの中心化にさからい、周縁に追いやられているものだって、われわれの瞳には見えてしまう。ときには、映画作家がまったく意図していないものが、われわれの感性を揺るがすことだってあります。(蓮實重彦「リアル批評のすすめ」より)

蓮實重彦は素晴らしい動体視力の持ち主だった。彼の批評を読むことは、まるで映画そのものを観るようでもあったし、全く見逃していた細部に気づかされることも度々だった。「文化的制度に過ぎない中心化」に抗い、徹底してカメラのごとく、画面の隅々から「何か」を見つけだし、物語中心主義ではない新たな批評の地平を切り開いた。

それはとても戦略的な挑発的な批評だった。「文化的制度」から視線の自由を取り戻すためであり、「一篇のフィルムとの遭遇」に真摯に向き合い、「不意打ちを食らうような事件」としての運動体験こそ実感せよ、と私たちに教えてくれた。リュミエールの『ラ・シオタ駅への列車の到着』の映画原初体験のように。一方で、蓮實のエピゴーネンたちは、画面の細部にこだわり過ぎ、批評の「倒錯」も生んだと三輪健太朗氏は指摘している。記号の解釈でしかない批評。記憶には限界があり、細部の記憶違いも含めて映画体験なのだ。

解釈するのではなく、画面の隅々にまで目を走らせながら、社会的背景や文化的制度に惑わされず、純粋に光の明滅からなる様々な記号たちの戯れに身を任せ、運動の体験として映画を感じること、見ること、を蓮實重彦は私たちに教えてくれたような気がする。 
スポンサーサイト

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ヒデヨシ

Author:ヒデヨシ
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
ホン・サンス
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
瀬々敬久
園子温
冨永昌敬
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
122位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
61位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2017年
2017年ベスト10
<洋画>
    「パターソン」
    「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
    「誰のせいでもない」
    「ありがとう、トニー・エルドマン」
    「オン・ザ・ミルキー・ロード」
    「パーソナル・ショッパー」
    「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
    「マリアンヌ」
    「婚約者の友人」
    「セールスマン」

<日本映画>
    「散歩する侵略者
/予兆 散歩する侵略者」
    「三度目の殺人」
    「南瓜とマヨネーズ」
    「光(大森立嗣)」
    「息の跡」
    次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
    次点「幼な子われらに生まれ」
    次点「バンコクナイツ」


2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター