「寝ても覚めても」濵口竜介

(C)2018「寝ても覚めても」製作委員会/COMME DES CINEMAS
二人の男の間を揺れ動く一人の女。この映画もある意味で三角関係の映画だ。濵口竜介という監督は、どこか不穏な空気を描くのがうまい。恋愛映画なのだけれど、ホラー的要素もある。この映画で、麦(東出昌大)が再び朝子(唐田えりか)の前に現れる場面は、ホラーのようだった。これは現実なのか、幻なのか。スターになったはずの麦が、扉を開けると目の前にいて、朝子は混乱して皿を割ってしまう場面だ。そのあと、亮平(東出昌大の二役)と友人の耕助(瀬戸靖史)とマヤ(山下リオ)がやってくる。現実と過去の亡霊。「この8年は、夢だったのか」という朝子の自問自答があるが、まさに「夢と現実」、「自分ともう一人の自分」、麦と亮平の顔がそっくりな瓜二つの男、その二重性が大きなテーマになっている。
映画の中で、牛腸茂雄の写真展 「SELF AND OTHERS」が、麦と朝子が出会う場面として使われているが、牛腸茂雄の写真もまた「自己と他者」がテーマだ。双子の女の子の写真が出てくる。朝子もまた、二人の同じ顔を持つ男の間で、「自己と他者」、二人の別の女になる。恋愛は、人をこれまでの自分とは別の人間へと変えてしまう。どちらが本当の自分なのかと悩んでも、どちらも本当の自分なのだ。人は他者との関係によって変わっていく。そんな人間の危うい不穏さを、濵口竜介はよくわかっているのだ。
東日本大震災が映画の中で描かれる。震災によって、朝子と亮平の二人の距離が一気に縮まるキッカケにもなる。運命を変えてしまうような大きな力。それは最後のほうで、朝子が麦と再会した場面でも、高い壁の防潮堤と海でも表現される。朝子は防潮堤を上り、海を見つめ、亮平のもとに帰る決断をする。大いなる力が、またしても朝子を動かす。人間は世界に翻弄される。
そして、ラストの川の土手を走る二人の大ロング。川べりの草むらが風に揺れ、小さくなった二人は走り続ける。それが横移動の二人の走るショットにつながり、ラストは川を見つめる二人の顔で終わる。亮平は「汚い川」とつぶやき、朝子は「でも、きれい」とつぶやく。シンクロしない二人の視線。「これからもずっと朝子を信じることはできないだろう」と宣言する亮平と、そのことを受け入れる朝子。分かり合えないことから、二人の生活が再び始まる。汚くも美しくもある川は、人間そのものだ。常に流れ、同じところにとどまらない。人もまた、移ろい続けるしかない。友人の母、田中美佐子は夫とは別の男性との思い出、「新幹線に乗って会い行って、小さなアパートで朝ご飯を食べた幸福」を何度も語る。彼女にとっての過去もまた現在の一部となっている。朝子の麦との過去は、亮平との現在に塗り替えられていく。しかし過去が消えるわけでもなく、過去もまた今とともにあり、それを含んだ形で私もまた変わっていく。
東出昌大が『予兆 散歩する侵略者』のように、とらえどころのない麦と優しく強い亮平を見事に演じ分けている。オーディションで選ばれた唐田えりかは、演技経験のない佇まいやセリフ回しが、映画にリアリティを与えている。二人のそっくりな男というフィクショナルな物語を、震災の描写や役者たちの演技で地に足の着いた作品に仕上げている。それでいて、ちょっと不穏な不思議な映画でもある。
製作年:2018年
製作国:日本・フランス合作
配給:ビターズ・エンド、エレファントハウス
上映時間:119分
監督:濱口竜介
原作:柴崎友香
脚本:田中幸子、濱口竜介
エグゼクティブプロデューサー:福嶋更一郎
プロデューサー:定井勇二、山本晃久、服部保彦
撮影:佐々木靖之
美術:布部雅人
編集:山崎梓
音楽:tofubeats
キャスト:東出昌(二役)、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知、仲本工事、田中美佐子
☆☆☆☆☆5
(ネ)
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