FC2ブログ

「極北」マーセル・セロー/村上春樹訳(中公文庫)

東日本の大地震があり、津波や大洪水、豪雨、台風などの自然災害が多発し、新型コロナの感染が広まりをみせる今、たまたまこの本を手に取にとって読むと、妙なリアリティがあり、人間の根源的なもの、生きる意味についてを考えさせられた。

「昨今読んだ中ではいちばんぐっと腹に堪える小説だった。」というコメントの村上春樹訳に惹かれ、厳寒の極北での冒険小説なのかと思って読み始めたのだが、どんどん意外な展開があり、読み進むにつれ惹き込まれていった。そもそも最初は主人公が男だと思って読んでいたら、女だったりするし、時代設定がそもそもわからない。それが次第に、地球で環境破壊や飢饉による食糧難、人口爆発による暴動や争い、放射能汚染などで都市が破壊された後の近未来であることが少しずつ分かってくる。主人公の女性のサバイバル体験をもとに物語が進行していくのだが、地球に何があったのか、細かな説明はない。ただ都市から人間的な生活を求めて、自然のある世界に移住してきた人々がいて、そんな世界にも人々が食料を求めて押し寄せてきて、強盗や略奪など治安が悪化していく。そして家族が解体され、人々が次々と死に絶えていく。地球全体が破壊され尽くした後の世界、わずかに生き残った人々の物語だ。

主人公のメイクピースは、家族を失い、女性としての暮らしもすべて失い、男のような格好でひとりで生きている。そこに若い言葉の通じない者が現れたところから物語が始まる。すべて失われた孤独な生活から、わずかな希望が見えたと思ったら、次々と展開されるさまざまな物語。それは生きていくことの困難さと過酷さ、人間の愚かさ、野蛮性などいろいろなことを考えさせられる。湖での自殺を試みようとしたときに見た飛行機が彼女を思いとどまらせる。自然の中でしか生きてこなかったメイクピースが見た近代の乗り物に希望を感じるのが何とも皮肉だ。便利さを追い求めて人間が獲得した都市文明、その息苦しさの果てに追い求めた自然回帰の暮らし、さらにそれさえも奪ってしまった世界、人間の暴力性。宗教とは、政治とは、社会とは。原始共同体がまた構築され、支配ー被支配の関係の下、権力が維持され、宗教的カリスマ性なども描かれる。混乱した世界の中にあって、「正しさ」が意味を無くす。「正しさ」を追い求めることで、さらに争いが起きる。人間が目指すべき道筋が見えなくなった世界で、人は何を求めて生きていくのか?何を支えに生きる力が得られるのか?世界は大きな曲がり角に来ているような気がする。

マーセル・セローは、作家ポール・セローの次男だという。あとがきを読むと、マーセル・セローはドキュメンタリー作家でもあり、取材している時に、チェルノブイリの近くで放射能で汚染された立ち入り禁止区域で農業をしている人たちに出会ったという。放射能汚染近くの自然の中で大地を耕す人々。そこから発想された物語が本書であるそうだ。地球の自然はどうなっていくのだろうか。我々の都市化機能はどこまで進むのだろうか。人間は何を目指しているのだろうか?北極星のような「極北」という目指すべき道しるべはあるのだろうか?クリント・イーストウッド映画のようなタフなサバイバル冒険物語、アンドレ・タルコフスキーのような近未来の世界の果ての終末感、アレハンドロ・ホドロフスキーのような狂気と暴力、そして女性の強さとたくましさを感じる世界でもある。
スポンサーサイト



テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ヒデヨシ

Author:ヒデヨシ
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カーペンター
ジョン・カサヴェテス
ジョン・フォード
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
ホン・サンス
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロバート・アルドリッチ
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今泉力哉
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
白石和彌
鈴木清順
瀬々敬久
園子温
冨永昌敬
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
77位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
40位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2017年
2019年ベスト5
    「ジョーカー」
      「よこがお」
        「真実」
          「バーニング」
            「ブルーアワーにぶっ飛ばす」
              次点、「さよなら くちびる」

            2018年ベスト10
            <洋画>
              「スリー・ビルボード」
              「正しい日、間違えた日」(2015)
              「希望のかなた」
              「顔たち、ところどころ」
              「ラブレス」

            <日本映画>
              「万引き家族」
              「寝ても覚めても」
              「きみの鳥はうたえる」
              「モリがいる場所」
              「カメラを止めるな」


            2017年ベスト10
            <洋画>
              「パターソン」
              「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
              「誰のせいでもない」
              「ありがとう、トニー・エルドマン」
              「オン・ザ・ミルキー・ロード」
              「パーソナル・ショッパー」
              「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
              「マリアンヌ」
              「婚約者の友人」
              「セールスマン」

            <日本映画>
              「散歩する侵略者
            /予兆 散歩する侵略者」
            「三度目の殺人」
            「南瓜とマヨネーズ」
            「光(大森立嗣)」
            「息の跡」
            次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
            次点「幼な子われらに生まれ」
            次点「バンコクナイツ」


          2016年ベスト10
          <洋画>
            ダゲレオタイプの女
            マイ・ファニー・レディ
            キャロル
            シング・ストリート 未来へのうた
            リザとキツネと恋する死者たち
            グッバイ・サマー
            サウルの息子
            マジカル・ガール
            ブリッジ・オブ・スパイ
            手紙は憶えている
          <日本映画>
            淵に立つ
            クリーピー 偽りの隣人
            海よりもまだ深く
            ふきげんな過去
            SCOOP!
            永い言い訳
            オーバー・フェンス
            ディストラクション・ベイビーズ
            葛城事件
            湯を沸かすほどに熱い愛
            次点この世界の片隅に


          2015年ベスト10
          <洋画>
            やさしい女
            さよなら人類
            さらば、愛の言葉よ
            毛皮にヴィーナス
            雪の轍
            愛して飲んで歌って
            サンドラの週末
            サイの季節
            インヒアレント・ヴァイス
            ソニはご機嫌ななめ

          <日本映画>
            海街dairy
            岸辺の旅
            FOUJITA
            百円の恋
            この国の空


          2014年ベスト10
          <洋画>
            エレニの帰郷
            グランド・ブタペスト・ホテル
            罪の手ざわり
            ウルフ・オブ・ウォールストリート
            ジャージー・ボーイズ
            インサイド・ルーウィン・デイヴィス
            6才のボクが、大人になるまで。
            フランシス・ハ
            ウォールフラワー
            ある過去の行方

            <日本映画>
            そこのみにて光輝く
            ニシノユキヒコの恋と冒険
            紙の月
            Sventh Code
            私の男


              2013年映画ベスト5
          <洋画>
            1、「愛、アムール」
            2、「ホーリー・モーターズ」
            3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
            4、「いとしきエブリデイ」
            5、「ムーンライズ・キングダム」
            ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

            <日本映画>
            1、「共喰い」
            2、「さよなら渓谷」
            3、「恋の渦」
            4、「リアル 完全なる首長竜の日」
            5、「Playback」(2012年)


            2012年映画ベスト10
          <洋画>
          2、「少年と自転車」
          3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
          4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
          5、「きっと ここが帰る場所」
          6、「ドライヴ」
          7、「風にそよぐ草」
          8、「恋のロンドン狂騒曲」
          9、「おとなのけんか」
          10、「別離」
          次点 「裏切りのサーカス」
        番外
          「永遠の僕たち」
          「J・エドガー」
          「家族の庭」

        2、「かぞくのくに」
        3、「演劇1&2」
        4、「夢売るふたり」
        5、「アウトレイジビヨンド」
        番外 「ヒミズ」


      2011年映画ベスト10
      2,「愛の勝利を」
      3,「ブルーバレンタイン」
      4,「愛する人」
      5,「クリスマス・ストーリー」
      6,「トゥルー・グリット」
      7,「SOMEWHERE」
      8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
      9,「エリックを探して」
      10,「シリアスマン」
      次点,「エッセンシャル・キリング」

    2,「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」
    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター