「男坂」志水 辰夫

寡黙なダンディズム。しびれます。
「人生など、生きてしまえば一瞬にすぎない。その一瞬のために、人は一生を営々と生きている。」


刑務所帰りのやくざな男と少年の夏の日の交流「扇風機」、好きです。親に咎められ、東京に帰ることになった少年が、薄汚れた扇風機を掃除する。頑固な汚れがこびりついて、思ったように掃除できない扇風機は、男そのものの人生だ。

会いたくない男と偶然再会する「再会」も見事。視力を失った妻と娘との桜の下での散歩。その一瞬に家族の愛が見える。再会した男の昔の妻を自分の妻にしたことが語られ、その男との関係が一瞬のうちに逆転する。男に金を渡した後、男から示される離婚届。
「隠し持っていたナイフは、帰る途中で下水溝の中へ投げた」
家族を守ろうとする思いが見事に最後の一行で示される。

身寄りのない女性の死を看取る病院職員の男。かつてその女性と交錯した人生の一瞬。「サウスポー」でも、人生への哀切な悔恨が見事に描かれている。

痴呆徘徊老人となった母を看病する「岬」のラストもいい。多くを語らずして、鮮やかにドラマを切り取る。兵隊との逢瀬の思い出をボケの彼方に思い出す母。

「おかあさん、見ろよ。渡り鳥だ」
「兵隊さん」
「そうだね。西の空に渡って行くんだ」
雲が熟れてきた。頬が染まって、ふたりで仏になってしまった。

「パイプ」では事情があって名前を変えて生きている男たちの後ろ暗い過去。そんな過去の悔恨に追いつかれるように

「走りはじめた。あと一歩のところで雨に追いつかれた」

と終わる。なんと見事な文章だろう。

文藝春秋
志水 辰夫

(お)

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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