『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著

先日からから気になっていた『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読む。

分子生物学者の福岡氏は、小さい頃アオスジアゲハのサナギを見つけて
よく羽化するその劇的な美しいメタモルフォーセに感動していたという。さすが生物学者になるだけある。子供の頃から観察好きだったようだ。

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サナギの背中が割れ、蝶が姿を現す。このとき蝶はまだ濡れそぼった糸くずのようにくしゃくしゃで、今自分が出てきたばかりのサナギの殻に、せわしなく脚や触角を動かしながら必死でしがみついている。やがて羽の細い翅脈の一本一本に生命がみなぎってくると、青い斑点が黒地の羽の中に一直線に並ぶ。アオスジアゲハの完成である。蝶は二、三度ためらいがちに羽を閉じたり開いたりして、ふと次の瞬間に、空中へと飛び立つ。おぼつかないようでいて、蝶はどんどん高度を上げていく。やがて蝶は視界から消える。
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蝶嫌いのみなさん、ゴメンナサイ。
でも、なんて美しい瞬間だろう。僕は、その瞬間を今まで見たことがないけれど、この美しい文章から、その感動がしっかりと伝わってくる。
そんな彼が、トカゲの卵を拾ってきて、孵化するのを観察していた時のこと、何日待っても何も起きなかった彼は、待ちきれなくなって・・・

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私は、卵に微小な小さな穴を開けて内部を見てみようと決意した。もし内部が“生きて”いたら、そっと殻を閉じればいい。私は準備したピンセットを使って注意深く、殻を小さく四角形に切り取って覗き穴を作った。するとどうだろう。中には、卵黄をお腹に抱いた小さなトカゲの赤ちゃんが、不釣り合いに大きな頭を丸めるように静かに眠っていた。
次の瞬間、私は見てはいけないものを見たような気がして、すぐにふたを閉じようとした。まもなく私は、自分がやってしまったことが取り返しのつかないことを悟った。殻を接着剤で閉じることはできても、そこに息づいていたものを元通りにすることはできないということを。いったん外気に触れたトカゲの赤ちゃんは、徐々に腐り始め、形が溶けていった。
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これが彼の生物学者になるための出発点だった。
彼は、遺伝子操作など科学が操作的に生命に介入することを危惧する。

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生命という名の動的平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。
(略)それは、決して逆戻りできない営みであり、同時に、どの瞬間でもすでに完成された仕組みなのである。

私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること以外に、なすすべはないのである。
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この本には、生命がいかに力強く、お互いに補完しあいながら、動的に平衡を保っているか、そしてダイナミックに動き流れ続けているか、「生命とは何か?それは自己複製するシステムである」というDNAの自己複製分子の感動的な発見が綴られている。もちろん、専門的な生物学的説明は、分かりづらく文化系の私は、ほとんど飛ばし読みをしたが、それでも生命の持っている力強さとその日々更新しているダイナミズムは、何か勇気づけられるものがあった。

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「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子レベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてのあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。
肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。(略)私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。********************************

私たちの身体がつねに分子レベルで入れ替わっていることが感動的なのだ。髪や爪が入れ替わっていることは実感できるが、身体のあらゆる組織、臓器や骨や歯ですら、その内部では絶え間ない分解と合成が繰り返されているのだ。

つまり、変わりつづけているということ。変わらぬものなどないのだ。
そのことに、とても勇気づけられる。

(せ)
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はじめまして、通りすがりです。

教科書には、この本をもとにした「アオスジアゲハとトカゲの卵」という作品が掲載されていますが、その中に、「子供のころに親しんだ小さな生命のことを忘れて、生物学者になったのだ」という一説があります。これが、加筆なのか、もとからあるのかはわかりません。しかし、エントリにあるように、

>これが彼の生物学者になるための出発点だった。
>彼は、遺伝子操作など科学が操作的に生命に介入することを危惧する

という印象を私は受けませんでした。
だからこそ、マウスの物質を一部取り除いた実験をしたのではないかと。
そして、元気に走るマウスを見て、昔失った小さな生命を思い出したのではないかと。


何にせよ、こんなにスリリングで美しい説明文をあまり読んだことがありません。
とても好きな説明文です。

>でも、なんて美しい瞬間だろう。僕は、その瞬間を今まで見たことがないけれど、この美しい文章から、その感動がしっかりと伝わってくる。

本当ですよね。
私は虫が苦手ですが、それでも、この少年時代の思い出には強く引き付けられました。

コメントありがとうございます。

福岡伸一さんの文章は本当にいいですよね。特にこの「アオスジアゲハのサナギの美しいメタモルフォーセ」の文章は本当に美しい。昆虫少年だった彼の感動が伝わってきます。

福岡さんの本はどれも面白いものばかりです。いろんなことを考える時に、全部つながっているような気がします。

またいつでもコメントをお寄せください。
プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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