「大聖堂」レイモンド・カーヴァー/村上春樹訳

先日、ふらっと入った古本屋で、レイモンド・カーヴァーの「大聖堂」という本を買った。レイモンド・カーヴァーは、家にも何か本があったはずだが思い出せない。古本屋のオヤジに「この本、訳者の村上春樹のサインが入っているんですよ」とニコッとされた。別にサインには興味なかったが、なんとなく得したような気分になった。家に帰って本棚を探してみると「僕が電話をかけている場所」という本があったが、まったく内容を覚えていない。学生時代にたぶん買って読んだんだろう。あまり印象に残らなかったせいか、すっかり忘れていた。
 
ところが、読み始めるとこれが面白い。短編のささやかな日常の一コマで、ちょっとした風向きが変わる、その微妙な変化が描かれている。
若い時は、きっとその微妙な面白さがわからなかったのだろう。

たとえば「羽根」という小説。同僚夫婦の家に主人公の夫婦が訪ねていく話。食事に誘われて行くのだが、そこには醜い赤ん坊と傍若無人な孔雀がいた。さらにその同僚の妻は田舎者で、なぜか醜い歯型まで、居間に飾っているのだ。その信じられないセンスに主人公夫婦は唖然とする。お世辞にもかわいいと言えない醜い赤ん坊に象徴される異形なものたち。日常に突然現れる奇妙なもの。しかし、主人公夫婦が馬鹿にしてしまうような醜さのなかに、素朴な温かさがあった。その夫婦を通して見えてくる自分達の冷たい関係。

彼の「でぶ」という短編は、コーヒーハウスのウエイトレスが、ものすごい「でぶ」の客と出会う話だ。その「でぶ」の客に興味を持っているうちに、いつしか彼女は、自分が「でぶ」になったように感じてしまう。ただそれだけの奇妙な話だ。

「ささやかだけれど、役に立つこと」はすばらしい短編だ。息子の誕生日にケーキを注文していて、その誕生日に息子が突然交通事故にあい意識不明の重態に。そんな時にかかってくる電話。「息子を忘れたのか?」こんなときに悪質なイタズラ電話か。息子は病院で亡くなり、悲しみの喪失感のなかで、その夫婦は、それが忘れていたパン屋からのケーキを取りに来いという催促の電話だったことを思い出す。パン屋は、嫌がらせのように、何度も電話をかけてきていた。
夜更けに夫婦はパン屋を追い詰める。息子は死んだのだと。パン屋は夫婦に謝りながら、自らの孤独を語る。毎日孤独のうちにパンを焼き続け、自分がいかに愛に見離され、人を愛することをやめてしまったかを。愛を理不尽に奪われてしまった夫婦と愛を見失った孤独なパン屋が夜更けに出会う。そして、パン屋は「ささやかだけれど、役に立つこと」として、二人のためにパンを焼く。パンの焼ける香ばしい匂いと温かさが、二人を包む。愛を失った世界の片隅で、ささやかに感じる温もり。

カーヴァーの登場人物は、アル中だったり、失業者だったり、妻に逃げられた夫だったり、疲れきった人生のどん底のような人たちが多く登場する。そんな生活の中で、わずかな風が吹く。希望の風だったり、絶望の風だったり。そして、心のどこかで何か変化がおきる。そんな日常の一瞬の断片が、ゴロッと投げ出される。そんな感じがとても面白い。

(た)
スポンサーサイト

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

tag : 外国文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
128位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
57位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター