「リミッツ・オブ・コントロール」ジム・ジャ-ムッシュ

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ジャームッシュである。ガハハのウハハのジャームッシュである。僕はエンドロールが始まって、思わず笑い出したくなってしまった。彼の新作は、まさにジャームッシュの映画だったからだ。

彼の映画はすべてジャームッシュ節であるといっていい。彼は空白の旅を描き続ける映画監督だ。僕の好きな映画監督でもう一人、旅を描き続ける監督がいる。ヴィム・ヴェンダースだ。ヴェンダースの「パリ、テキサス」は僕の最も好きな映画なのだが、ヴエンダースの映画作品のほうが実は当たり外れがある。ヴェンダースは、やっぱり初期の作品の方が断然いい。最近は「アメリカ、家族のいる風景」は良かったけど、外れも結構ある。それに比べて、ジャームッシュは外れがない。どれもとても素晴らしい彼の映画だ。


この映画を観終わって、ポカ~ンとされた方も多いだろう。まさに人を食ったような映画なのだから。何も描かれていない。真っ白け~のけって感じの空白の映画なのだ。そう、ジャームッシュは、なにも描かない映画作家なのだから。思えば鮮烈な印象を残した傑作「ストレンジャー・パラダイス」にしたって、なにも描かなかったではないか。みんなで行ったクリーヴランドのエヴァ湖は、雪に覆われて真っ白で何にも見えなかったことを思い出そう。何もないのだ。空白の何もない真っ白けが描かれるだけなのだ。

この映画ではたびたび「人生はなんの価値もない」という言葉が出てくる。ラストで美術館で彼が見る作品は、キャンバスが白い布で覆われていた。何にもない真っ白な空白。

そして、彼の映画では<反復とズレ>がお決まりのパターンだ。「ナイト・オン・ザ・プラネット」も「ミステリー・トレイン」も「コーヒー&シガレット」もエピソードが微妙にズレながら繰り返される。そうなのだ。ジャームッシュはなにも描かない代わりにスタイルにこだわり続ける。

「孤独な男」(イザック・ド・バンコレ)は執拗に2つのカップのエスプレッソにこだわり続ける。太極拳をし、仕事中はセックスもせずに、モバイル携帯と銃を嫌い、マッチ箱に隠された暗号のようなものが書かれた白片を、エスプレッソと一緒に飲み干す。そう、あのマッチ箱にあった白い紙も、最後は真っ白で何も書かれていなかった。

その彼にメッセージを伝える登場人物は皆一様に「スペイン語は話せるか?」と聞き続けた。ある者は音楽ついて語り、映画について、科学について、ボヘミアンとアートについて、それぞれが語り続けた。ヘリコプターは何度も音とともに現れた。この<反復とズレ>がこの映画の基本構造であることは言うまでもない。これこそが、いつものジャームッシュの映画なのだ。

それで、すべてが意味ありげであり、すべてが嘘くさい。「ゴースト・ドッグ」の殺し屋とも共通するが、この四角い顔の殺し屋、イザック・ド・バンコレからして、子供に「アメリカのギャングなの?」なんて言われるが、スーツ姿で表情一つ変えない男はとても普通じゃない。

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そして、彼にメッセージを届けに登場する人々のそれぞれが、なんと虚構めいた姿で現れることか!一様にサングラスをかけ、抽象的な意味ありげな言葉を語る。「宇宙に中心も端っこもない」だの「分子が…」なんだのと。暗号めいた人物はいかにもそれらしくスローモーションで現れ、まるで映画の登場人物そのものではないか。映画について語るティルダ・スウィントンに至っては、もう映画からそのまま抜け出してきたようだった。彼女は壁のポスターにも描かれていたけれど。ヒッチコックの「断崖」やオーソン・ウェルズの「上海から来た女」のことが出てきたり、アキ・カウリスマキの「ラヴィ・ド・ボエーム」などの映画のことが語られたりしてましたね。これは、もう虚構の想像力の世界への賛歌でしょう。あの「世界で自分こそが偉大だと思っている男を墓場へ」と依頼される殺し屋(イザック・ド・バンコレ)が、ラストの要塞のような場所で対決するクライマックスシーンに至っては、もうビックリの展開でした。僕は笑ってしまいましたよ。あまりの省略に。劇的な場面を全く排除するこの<何も描かなさ>こそジャームッシュの真骨頂ではありますまいか!

それで彼は「旅」を描き続けるのです。今回はスペインの各地を旅をする。列車の窓からの景色。ホテルの上から見た町。車窓の風景。その景色こそが、彼が描き続ける映画なのです。飛行機に乗り、電車に乗り、車に乗り、ホテルに泊まり、カフェでエスプレッソの飲み、美術館で絵を見て、路地を歩き、ベッドで眠る生活が繰り返し描かれる。誰かのメッセージを受け取りながら、次々とマッチ箱を受け取っては渡し、旅を続ける。それは、やっぱり人生そのものなのだ。単調な繰り返し、その反復が少しずつズレながら、誰かと出会い、誰かとすれ違い、何かのメッセージを受け取り、誰かにメッセージを渡し、歩き続ける。人は必死になって、自らのスタイルにこだわり続ける。そのスタイルこそが自分であるかのように。旅の中で、自分が見えなくならないように。でも、どこにも辿り着くわけじゃない。何もない。空白の旅。「人生は意味のない一握りの灰」のようなものかもしれない。そして、あるのは想像力だけ。

「最も素晴らしい映画は、決して現実では見ることができない夢のようなものだ」と。

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製作年: 2009年
製作国: スペイン/アメリカ/日本
原題:The Limits of Control
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
撮影:クリストファー・ドイル
出演:イザック・ド・バンコレ、アレックス・デスカス、工藤夕貴、ティルダ・スウィントン、ガエル・ガルシア・ベルナル、ビル・マーレイ、ジャン=フランソワ・ステブナン、ルイス・トサル、パス・デ・ラ・ウエルタ、ヒアム・アッバス、ジョン・ハート

☆☆☆☆☆5

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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