「それからスープのことばかり考えて暮らした」吉田 篤弘

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クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さんの小説を読むのは『つむじ風食堂の夜』に続いて2作目。デザイナーでもある吉田篤弘さんが紡ぎ出す世界は、とても映像的だ。それも優しく懐かしくあったかい映像。

『つむじ風食堂の夜』は月舟町の奇妙な住人たちの物語だったのにたいして、この話はその隣町のお話だ。主人公のオーリィさんは、隣町の月舟シネマのいう映画館に路面電車に乗って行くことを何によりも楽しみにしている。その映画館で、古い日本映画の銀幕の中の脇役女優の<あおいさん>に会いに行くのだ。

もうすっかり忘れていたが、僕はいつか映画の脚本を書きたいと願っていたことがあった。それはもしかすると、この『口笛』のように、ごくふつうの町の人たちを描いたものだったかもしれない。何も起こらず、何も動かず、何も変わらないのに、それでもやはりうつろいゆくものはあって、動かないものとうつろいゆくもののあいだで、無力な町の人たちは、しばし迷って言葉を失う。
そこに、口笛が聞えてくる。       (P265 中公文庫)

この口笛とは、お気に入りの女優<あおいさん>が映画の中で15秒だけ少年の姿で画面を横切っていく口笛なのだ。

<その澄んだ響きが、言葉を失った町の人たちの耳にしみわたる。>

そんな一瞬の喜びや味や時間や光景・・・スープ゚やサンドイッチの味や部屋の窓から見える十字架やねじ巻き腕時計・・・etcなどが、迷い、言葉を失った町の人々を勇気づけ、心にしみわたり、ほっとひと息をつかせる。

彼の世界に出てくる登場人物たちは、いつもどこか「遠くを視ている」。ここではなく別の場所、別の時間、べつのどこでもないどこか。それはねじ巻きの腕時計のように、静かにどこかで息づいている大切なものなのだ。それは遠い過去かもしれないけれど、時間を越えて、今と繋がっていたりする。そんな一瞬の喜びや大切なものに出会うために、人は生きているのかもしれない・・・と思えてくる。「今・このとき」に追い立てられるのではなく、そんな遠くにある大切なものを忘れないようにしたいものだ。

美味しい「トロワ」のサンドイッチが食べてみたいし、オーリィ君の作ったあったかいスープを飲んでみたい。夜鳴きそばと呼ばれる小さなラーメン屋のラーメンも是非とも行ってみたいものだ。

作者によると、小説の舞台となった「月舟町」とは、作者が生まれ育った世田谷の赤堤をモデルにしているそうだ。駅でいうと、小田急線の豪徳寺駅と東急世田谷線の山下駅が最寄の駅らしい。さらに「月舟町・三部作」の最後の物語の構想はできているようだ。

桜川をさまよい、たどり着いた<月舟シネマ>には誰もいないロビーに犬だけが残されていた。
タイトル『レインコートを着た犬』・・・もう物語は書かれたのかな?三作目を心待ちにしている。

(そ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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