「ロルナの祈り」ダルデンヌ兄弟

ダルデンヌ兄弟は「ある子供」を観た。手持ちカメラでドキュメンタリーのような映像で過酷な現実を切り取っていく。子供の売買と貧しい現実という重いテーマとその幼稚さが痛々しい若者たちを描いていた。
そしてこの「ロルナの祈り」。この映画は、<愛の奇跡>なんていうパンフレットにあるような美しい愛を描いた映画ではない。どちらかというと魂の救済の映画なのかもしれない。
映画の背景は全く描かれない。なぜ彼女がアルバニアからベルギーへ偽装結婚までして来なければならなかったのか?偽装結婚のブローカーたちの犯罪組織との関わりについても説明はない。男と暮らしているのに、なぜかよそよそしい関係で、二人が夫婦らしいということが、観客に示される。麻薬中毒の男と偽装結婚して、好きな男とベルギーでお店をやろうとしている夢が次第にわかってくる。
現実と折り合いをつけながら、したたかに生きようとする女。そんな女が少しずつ迷いだす。金をやり取りするシーンと鍵が頻繁に登場する。金と鍵は自己を守るためのものであり、誰もが自分で管理する。麻薬中毒の彼は、そんな金と鍵を彼女に託す。そして、彼女は鍵を窓の外に投げることで、彼を救おうとする。この映画で唯一の笑顔が見られる自転車の別れのシーンがせつない。
ダルデンヌ兄弟は、ここでも物語を見せない。省略。
淡々と彼の洋服を彼女が整理する次のシーンに、観客は戸惑う。そして、彼の死が次第に明らかになる。この辺は実に鮮やかで上手い。
ラストの誰もいない森。我々はそこで彼女が窓を破って、森の中の小屋に侵入する場面を見る。鍵はそこでは要らない。お店を見たときのような金銭による契約ではないのだから。そして静かに火を燃やし、眠りにつく。「明日になったら、誰かに食べ物を分けてもらおう」と思いながら。経済関係とは無関係な森での新しいリセット。音楽が流れ、静かな美しいラストだ。
経済が現実を押しつぶす。愛も郷土も未来も。ラスト、彼女はブローカーとも恋人とも訣別する。そんな風に彼女を強くさせたのが、想像上のお腹の子供だというのが面白い。幻想の力なのだ。彼女はどんな幻想の子を宿したというのだろうか。
手持ちカメラではなく、静かに彼女の迷いや変化をとらえ続けるこの映画は、移民の問題や偽装結婚などの過酷な現実を描いているが、シンプルに女の魂の救済を描いただけなのかもしれない。
☆☆☆☆☆5
(ロ)
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