「訴訟」フランツ・カフカ

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カフカは、どこにも辿りつかない。未完でもあるこの「訴訟」は以前は「審判」として翻訳された新訳である。完成版としてではなく、草稿をそのまま羅列して本に収められている。深刻ぶった「審判」よりも、軽やかな喜劇のにおいのする「訴訟」。

この「訴訟」は、「変身」や「城」と同じように、やっぱり不条理ブラックコメディだ。
ヨーゼフ・Kは、突然、朝、逮捕される。容疑ははっきり知らされない。
それでもヨーゼフ・Kは、自らの潔白を証明しようとするも、そもそも何の罪で訴えられたのかもわからないのだ。身柄は拘束されることなく、自由のまま。裁判所に出頭したり、廷吏やら、弁護士やら、裁判官やら、裁判官の肖像描きの画家やら、長い訴訟中の商人やら、いろんなわけの訳の分からぬ人と会い、ますますどうなっていくか意味不明の訴訟が続くのだ。

銀行員の支配人であるKは、頭取代理に自らの仕事を奪われるかも知れないと危惧を抱きつつ、そんな訳のわからぬ訴訟の解決のために奔走する。夜、銀行のある部屋のドアを開けたら、裁判所の職員が鞭打ちの刑に処せられていたり、屋根裏から裁判所が出現したり、シュールな場面も次々と現われる。「終わり」 の処刑だって、本当の事なのか、Kの悪夢なのか、わからないまま。中途半端に草稿は投げ出されている。

それは、「城」にたどり着けない測量技師のKと同じ。城に呼ばれながら、城にたどり着けない話もまた奇妙な堂々巡りだった。先行きは何も見えない。ぐるぐるいろんなところを巡りながら、何一つ解決の道筋は示されない。そして、それぞれの人とのディティールのみが展開する。女といちゃついてみたり、弁護士や大聖堂でいろいろな話を聞かされ、ヨーゼフ・Kも裁判所で自己弁護の主張をまくしたててみたり…と。そこでは、いろんな人がいろんなことを自分勝手に喋っているのだ。コミュニケーションが一見、成立しているようだが、じつはみんな自分勝手に喋っているだけだなのだ。関係は蓄積されず、その場限り。味方を増やそうとするKにとって、結局誰が味方なのかもわからないまま。


聖職者が言った。「すべてを真実だと考える必要はない。ただ必然だと考えればいい」。「憂鬱な意見ですね」と、Kは言った。「嘘が世界の秩序にされるわけか」   (P332 光文社文庫)



この社会は、「嘘が世界の秩序」なのかもしれない。裁判所も訴訟も罪も、何が本当で何が真実なのか?訳のわからないこのヨーゼフ・Kが巻き込まれたこの理不尽な訴訟こそが、社会というものの本質なのかもしれない。辿りつかない迷宮。あるのは、意味不明の手続きや下っ端役人の担当者とのやりとり。

聖職者が大聖堂で語る「門番の話」は、象徴的だ。門番の言うことを聞いて、ただ待ち続けるのか、門番の制止を振りきって中に入るべきなのか?人生には様々な選択肢が用意されている。何が正解なのかは誰にもわからない。何が真実なのかもわからない。ただ、様々な人との出会いがあり、選択がある。それをどう思い、どう解釈し、どう選ぶかは、やっぱり全て自分の手に委ねられているのだ。その結果、どこにたどり着こうとも、先の見通しなんてやっぱり立たないのだ。

いくつかの短編を除いて、草稿を焼却処分にしてくれるように頼んだというカフカ。彼にとっては、たどり着くべき「終わり」が見えなかったのかもしれない。いや信じられなかったのか…。だから彼にとっては、草稿は未完のまま、ぐるぐるぐるぐると彷徨い続けるしかなかったのだ。でも、その「嘘っぽい終わり」ではない「プロセス」にこそ、現実があるのかもしれない。カフカをそのことを見通していたようにも思える。

(そ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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