「ずっとあなたを愛してる」 フィリップ・クローデル

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水=泉=生命をめぐる静かな物語。水をたたえるように静かに生きようとする意思が再び芽生えるまでの。

空港のカフェでノーメイクの中年女がタバコを吸っている。ジュリエット。クリスティン・スコット・トーマスの無表情で暗い眼をした自嘲気味の口元がいい。最近、「フローズン・リバー」という映画で、同じようなノーメイクの疲れた中年女性を観た。凍てつくカナダ国境近い村を舞台に、夫が蒸発して行き詰った飾りっ気なしの女の生き様を描いた映画だった。今度はフランス女性だ。しかも15年刑務所で過ごしてきたという訳ありの女性。生きることは、どこかで自分を飾ることだ。飾ったり、演じたり。化けたり…。何も飾らないというとこは、生きることをやめた女とでも言えようか…。

妹のレア(エルザ・ジルベルスタイン)が近づくと、ジュリエットはタバコの火を消さずに、片手に持ちながら、ぎこちない抱擁をする。この最初のシーンで姉妹の疎遠な関係が見えてくる。観客は、なぜ彼女が刑務所にいたのか?という疑問を抱えたまま、様子を見守る。やがて息子を殺した罪だったことが、彼女の仕事の面接シーンで明らかにされる。それを聞いた途端に「帰れ!」と面接を中断する雇用主。厳しい目にさらされて生きてきた彼女の現実が端的に示される場面だ。

彼女の息子殺しの理由が今度は物語の興味となり、観客は彼女のことをもっと知ろうと見つめ続ける。妹の夫は妹に聞く。「理由を聞いたか?」と。妹さえもどうやらその殺しの理由は知らないらしい。しかし、物語が進むにつれ、そんな理由はなぜかどうでもよくなる。いつしか彼女の心に寄り添うような気持ちになるのだ。無神経にその理由を問いただそうとする福祉課の女性に彼女が強く抗議する場面に彼女の強さと闇が表現されている。また、パーティーの席で不在だったり理由を面白がって聞く夫の友人に、「15年刑務所にいた」と本当の事を答え、ジョークととられて笑いが起こるシーンはなかなか秀逸なシーンだ。

誰でも心に闇を抱えている。その闇のなかには、そう簡単には誰も入れない。そんな人と人との距離について考えさせられる映画だ。妹と妹の大学の同僚・ミッシェル(ロラン・グレヴィル)だけは、そんなジュリエットの闇を静かに距離をとりながら見守ってくれる。ミッシェルはかつて、刑務所で授業をしたことがあり、囚人たちが自分たちと紙一重であることをその時感じたと言う。だれでもが紙一重で犯罪者になるということを。


最初に書いたように<水=泉=生命>のイメージが、この映画の頻繁に出てくる。主役の名前はジュリエット・フォンテーヌ。フォンテーヌとはフランス語で泉であるのは偶然か?べトナム生まれのレアの養女にジュリエットは、ピアノを教える。昔にレアとともに弾いた曲は「住んだ泉のほとりで」だ。このピアノ曲が、養女を通して、姉と妹の距離近づける。二人が昔のようにピアノを弾く横で、養女が踊るシーンは光に満ちて美しい。姉と妹が、プールで水の中に入りながら、少しずつ距離を縮めていくシーンも印象的に使われる。二人を包む水が、ジュリエットの乾いた心を潤すように。

さらにこの映画で印象的なセリフを語る警部がいる。ジュリエットと定期的に面会をすることになっていたフォレ警部(フレデリック・ピエロ)。フォレ警部は、何度も南米の絶景地・オンリコ川のことを語る。水源が何処にあるかわからないという川の魅力を。そこは、この世の果てなのか夢の場所なのか?そして、彼はその川へ行くとこを彼女に告げ、自殺してしまう。オンリコ川こそが、彼にとっての生命であり、果てぬ夢でもあった。辿り着けない川=水=命。彼は愛する家族とその場所に行きたかったはずだ…。

ラスト、激しく真実の思いを叫び合う姉妹。ジュリエットは訪ねてきたミシェルに「私はここにいるわ」とつぶやく。そして姉妹は二人で美しい窓の外の雨の滴を見る。それは生命そのものの美しさなのだ。


後半、彼女が元医師だったことが分かるあたりから、なんとなく息子の死の理由については想像がつく。だから、ラスト近くにその理由が明らかになったところで意外性はない。監督は、そんな現実的な背景などどうでもよかったかのようだ。殺しの弁明をせずに無言を貫いた彼女の裁判や15年の実刑(不治の病であることなどは検死すればすぐわかるはずだし)、病院にいたのなら離婚した夫や両親は知っていたはずだし、それなのに「姉の存在を忘れろ」と言った両親の態度など、やや腑に落ちないところもいろいろあるが、きっとそんな辻褄はどうでもよかったのだろう。

フォレ警部をはじめ、言葉をしゃべらなくなった義父や、認知症の母など病んだ人が周りに登場する。病や心の闇はそう簡単に元には戻らない。それをあるがまま受け止めること、静かに見守り続けること。そのことの大切さを静かに語りかけてくれる。

心配したり、詮索したり、人の心など誰も理解など出来ないのだ。だから、大袈裟な身振りなど必要なく、静かに心の闇や孤独に寄り添うように、そばにいること。何も言わず、何も聞かず、静かに流れる川や窓辺の雨のように。


原題:Il y a longtemps que je t'aime
監督・脚本:フィリップ・クローデル
製作:イブ・マルミオン
撮影:ジェローム・アルメーラ
音楽:ジャン=ルイ・オベール
美術:サミュエル・デオール
出演:クリスティン・スコット・トーマス、エルザ・ジルベルスタイン、セルジュ・アザナビシウス、ロラン・グレビル、フレデリック・ピエロ
製作国:2008年フランス・ドイツ合作映画

☆☆☆☆4
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テーマ : ヨーロッパ映画
ジャンル : 映画

tag : 人生

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『ずっとあなたを愛してる』 Il y a longtemps que je t'aime

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