「抱擁のかけら」 ペドロ・アルモドバル

ひと癖もふた癖もあるペドロ・アルモドバルである。単なると抱擁の映画ではない。嫉妬と復讐の映画でもない。それらはすべて映画の道具立てに過ぎない。これは映画についての映画なのだ。

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ファム・ファタールという言葉がある。「運命の女」と訳され、この映画の予告編でも使われている。男を破滅させる魔性の女・悪女というイメージの女だ。このファム・ファタールという存在も物語=映画の常套の道具立てだ。映画の台詞に中でも使われているが、女優志望の夢が忘れられないレナ(ペネロペ・クルス)は、映画監督マテオ・ブランコ(ルイス・オマール)のもとを訪ね、彼にとっての運命の女となり、映画出演の話が進む。メイクをして、ウィックをつけて準備を進めている時に、「オードリー・へップバーンみたい」という台詞がある。明らかにペネロペ・クルスはこのオードリーを意識して髪型は作られ、彼の映画に出演する。

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この二人の写真を見れば、そっくりである。これはオードリー・ヘップバーンが『ティファニーで朝食を』を演じた時のものだ。映画自体はだいぶソフトに脚色されたが、トルーマン・カポーティーのこの原作のホリー・ゴライトリーは、お金のために男と寝る悪女、まさにファム・ファタールだった。小説化志望のフレッドを惑わすとびきり魅力的な魔性の女。これはペドロ・アルモドバルが自らもホリー・ゴライトリー的な女として、この映画内映画『謎の鞄と女たち』の役柄を考えていたと認めている。それは同時に自らの映画『神経衰弱ぎりぎりの女たち』のリメイクでもある。

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この映画は、映画の中に映画がでてくる。映画の嘘と虚構にまつわる映画だ。映画の宣材に使われている画像のペネロペ・クルスとルイス・オマールがソファで抱き合っているシーン、見ている映画はロベルト・ロッセリーニの『イタリア旅行』だそうだ。ポンペイの遺跡で抱き合ったまま、噴火した火山の火の粉に焼かれて死んだカップルに映画の中でイングリット・バーグマンは涙し、同じようにレナも涙する。二人はそのあと抱き合って写真を撮る。二人のを刻印するかのように。そして、この映画はそのことを反復し、二人に同じような運命を味合わせる。死んでも二人が離れずし合うがごとく…。

ラスト、事故に合う彼らの後をつけて監視し続けたマルテルの息子のビデオ映像に車の中での最後の二人のキスが映し出される。その画像を止めて、目に見えなくなったマテオは、映し出された画像の上から虚像のレナをまさぐる。
見えないことと、見ることは反対のことなのか?見えないことで、昔以上に見えているのかもしれない。記憶の映像。

映画とメイキング映像。映画の中で演じる女優と生身の女、視力を失って映画監督マテオ・ブランコは、ハリー・ケイン(「市民ケーン」?「第三の男」ハリー・ライム?)となり虚構の名前に逃げ込む。あらゆるものが二重の入れ子構造なのだ。互いが互いを照射しあいながら、虚像と実像が浮かび上がってくる。金持ちのレナの人マルテル(ホセ・ルイス・ゴメス)もまた、階段からレナを突き落としつつ、自らの車で病院に連れて行くと憎悪の二重性を演じる。島で偶然撮った恋人たちの抱擁の写真は、自らの姿の二重写しだ。映画の構想として語られるヘミング・ウェイとその息子の物語もまた、そのままマルテルとその息子、さらにマテオとその息子との関係にも重ねられる。父殺しの物語は、ギリシャ悲劇から何度も繰り返し語り続けられた物語だ。

マルテルの息子のメイキング映像は、マルテルの嫉妬の視線そのものだ。映像は視線と重なる。その映像からリップ・リーディングの女が会話を解き明かすことにより、会話が現実となり、同時にそれはレナ自身の声でそのまま重ねられるシーンへとつながっていく。そして、一度メチャクチャな編集で葬られた映画は、再び編集し直される。「映画は何があっても完成させなければならない」と。映像は視線と重なリ、リップは現実とシンクロし、虚構は何度も重ねられ、真実に近づいていく。

曲折し、屈折したと人生を描き続けてきたペドロ・アルモドバル監督にしては、とても真っ当な愛の映画と見え、やや物足りない感じがする。確かに<赤>のイメージを基調としたペネロペ・クルスは美しい。でもどこか虚構めいている。だからなにか強く響くものが伝わってこない。

しかし、映画はいたるところで二重の罠が仕掛けられ、一つに側面がもう一つの側面によって重ねられ、別の意味を帯びてきたりする。すべては虚構であるかのように。それは、映画そのものがその虚構と引用の繰り返しであることと同義なのだ。映画の撮影風景を撮った映画の舞台裏によって、さまざまな嘘と真実があぶりだされるように、我々の人生もまたそのような虚構を何度も繰り返しながら生きているのだ。時には虚構に逃げ込み、時には虚構そのものを演じながら。


原題: Los Abrazos Rotos
監督・脚本: ペドロ・アルモドバル
製作総指揮: アグスティン・アルモドバル
製作: エステル・ガルシア
撮影: ロドリゴ・プリエト
音楽: アルベルト・イグレシアス
出演: ペネロペ・クルス、ルイス・オマール、ブランカ・ポルティージョ、ホセ・ルイス・ゴメス
製作国: 2009年スペイン映画

☆☆☆☆4
(ホ)
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『抱擁のかけら』 Los Abrazos Rotos

ドロドロ鮮やかフルーティで。舌鼓 2008年、盲目の脚本家のハリー・ケインは新聞記事で実業家のエルネストが亡くなった事を知る。ゲイのペドロ・アルモドヴァルが唯一ペネロペには欲望を感じちゃった発言には興味を持たずにはいられなかったよね。アメリカでラジー賞ノ...

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巨匠

こんばんは。
オードリーのイメージそのままのペネロペちゃんはとっても美しかったですよねー。
相変わらずプロットは巧妙で、心震える感銘はなかったけれど、見ごたえたっぷりでしたー。

No title

かえるさん。
確かに見応えのある映画でした。

僕もロッセリーニの「イタリア旅行」は未見なのですが、イングリット・バーグマンとロベルト・ロッセリーニ、女優と映画監督の関係は古今東西、実に多くのカップルが生まれています。この映画を見て涙を流すペネロペ演じるレナとマテオの関係も、束の間の映画の夢の延長だったのかもしれません。映画の夢は幻のように記憶の中でしか生き続けられない運命なのでしょうか。
プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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映画にまつわる雑文です。
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